教会大惨事、です。
ヒュウガ。島国でありながら全世界にその存在感を存分に示す貿易の架け橋
その名も極東。ヒュウガはその極東の門の役目を担う商人からすれば宝の山のような所だ
初めてここに訪れる者は何もかもが栄えてみえ、見慣れぬ建物の背の高さに目を晦まし、常に上を向いて歩いてしまう事からよくスリのカモにされてしまっているというのはこの辺りの飲み屋で盛んに行われる酒のツマミ、人気の与太話の一つとなっていた
勿論。街全部が栄え、潤い、何不自由無い思いをしているかと言えばそうではない。どこかで贅沢をすれば必ずどこかで被害を被る者が現れる。それこそがこの世の常であり、この世が不条理だと嘆く異教が現れる一因となっている……さて、そんなヒュウガの中心街から少し離れた小高い丘の上、そこに一件の古い教会があるのだが
アレフとマスター、あと教会に仕えるシスター……まぁ司祭が居ないのでシスターもへったくれもないのだが、とにかくボロいシスターの服を着て首に十字架をぶら下げる彼女の名は「タマ」
この二人と一匹が、教会の一室にて歓談に勤しんでいた。といっても喋るのは主にマスターとタマで、アレフは何も喋らずにただ俯いているだけなのだが
「でな、そこで俺が言ってやったわけよ!さっきその藁の上で牡馬が糞してたぞ。ってな!」
「うふふふっ、流石マスターさんです」
「そうだろ?なぁ、アレフ。お前もそう思う……だろ。ってお前まだしょげてんのか」
「……うるせぇ、気にすんな」
とまぁずっとこんな調子なので、場の空気は冷えたり温まったり大忙しだ。
マスターも時々話を振るのだがアレフは全てすげない態度で返してしまうので所謂取り付く島もない、という奴だ
おかげで折角タマが淹れてくれたお茶もすっかり冷めてしまった。
そんなアレフの冷めた様子を受けて多少遠慮がちな仕草で手を挙げ、それから小さく、か細く声を挙げた
「あの、今日はお泊まりになられますか?宿、とってないんですよね……?」
「え、あ、あぁ……そうだな、頼むよ」
外を見れば既に外は暗くなりつつあった、気が付かない内に随分と長い間塞ぎ込んでいたらしい。もし誰にも声を掛けられなかったら死ぬまでこうやってそうな気配を我ながら感じる。恐ろしい話だ
と、タマの有難い配慮を少し構内で吟味し、一つ気に掛かりかねない事があることに気付いた
「あいつらの事探さないと……」
あいつら、というのは今ここに居ない自らの家族。マナとサシャの事だ
いや、今ここに居ないというと「彼女」もそうなるか……とアレフは自分で苦笑してしまう。自分で墓穴を掘ってどうする、という自責の微笑みだ
マスターは言外にアレフのその笑みの意味に感づいたからか、アレフが立ち上がるより早く彼が大仰な仕草を持って立ち上がった
「今から食い物の買い出しに行くつもりだったんだ。ついでに拾ってきてやるよ」
「え、いや……だけど」
「うるせぇ、それよりお前はあいつらに見せれる面にしておけよ。そんなシケた面してたら流石にあいつらも笑ってくれないぜ?」
「……あぁ、わかった」
アレフがあまり食い下がってこなかった事が少し彼の肩を透かしたのか、元から荒い鼻息をより一層荒くさせ、溜まった鬱憤でも晴らすかのように吐き出してから背を向け、部屋を後にした
「あ、私も行きます!」とタマが着いて行ったのは予想内、顔見知りとはいえ教会内に関係者でもない男を一人残していくのは如何なものかと思いかねないが
儚い恋路に追い縋る少女に文句を垂れるほどアレフは腐っていなかった。再び黙り込んで椅子に深く腰掛け直した
(……けど、このままじゃ「また」物思いに耽り過ぎるか)
流石に二度目は良くないかと思い直したアレフは、椅子を軋ませながら立ち上がり二人の後を追うように部屋を後にした
とは言っても教会から出て買い出しに行くわけではない。またナハムの御姿とステンドグラスが丁度重なって見える所にある長椅子へと腰掛け、アレフは大きな欠伸を一つ着いた。眠る為では無く、ただ単に歌う為だ
「〜♪〜〜♪」
最初こそ小さなハミングから始まった独唱も、段々と声量が、次に熱量が上がってきた。歌声にも力が篭もり始める、その独特のテンポからなる曲は教会にてよく歌われる賛美歌のそれではなく、どちらかと言えば民族的なモノだった。聞くものが聞けばきっと懐かしさに打ち震えるその曲は、アレフの意外だと思ってしまう程に透き通った歌声に見事彩られていく
しかし、彼による一時の癒しも突然終わりを迎える。ドアが、開いたのだ
それもタマがやるような慎ましやかなモノではなく、爆音。ドアが壊れるんじゃないかと心配になる程の音にアレフは歌うのを止め、ドアのある背後を振り向く
そこには見慣れた大小二つの影があった。マナとサシャだ、その後ろには紙袋を背中に幾つも括りつけたマスターと、それを支えるように横に立つタマの姿が見えた
「おかえり」
「「………………………………………」」
二人は教会に足を踏み入れるでもなく
かといってアレフに対し恨みの視線を送るでもなくただ、ただ静かに見つめた。その緊張感についアレフは生唾を飲み込んでしまった
「あ、あの……?」
「……タマ、ごめんなさい。私、部屋に居るわ……マナはどうする?」
「……おてつだい、したい」
タマに促された二人はきっとここに辿り着く直前までタマの手伝いをするという話をしていたのだろう。残念ながらサシャは気分が変わってしまったらしいが……まぁその理由といえば明らかに自分のせいなのだろうが
マナもそうだが、サシャもまたアレフの口から説明を受けてショックを受けていた。その時は静かに首肯し、荷台の奥隅で塞ぎ込んでいたマナを元気づけていたサシャなのだが、大方段々と怒りの感情が噴き上がって来たのだろう。マナより長く生きている分、正直に話の「顛末」を伝えるだけではきっと機嫌を直してくれないのが目に見えて分かる。歳を重ねると思考や感情は複雑怪奇なモノになっていくのが世の摂理……なのだろうか?なのかもしれない
結局サシャは一人今晩タマが貸してくれた部屋の一つへと向かい階段を登って行ってしまい、マナもそそくさとタマの手を引いて調理場へと向かっていってしまった。マスターは一瞬逡巡していたが、アレフが「行け」と手をヒラヒラさせると口の端を片方上げてそれからマナとタマを追い掛けるように調理場へと消えていった
また、アレフは一人になってしまった
ただ今の彼にとってそれは孤独のソレではなくとても有難いモノであった。歌はもう歌えやしないが
と言うのもアレフは自分の歌声にあまり自信が無い類の人間であった
それは……彼の幼少期に起因する所が大きいのだが、それについて話すのはもっともっと後にしよう。何故なら
ドォン。とまぁ景気の良い爆発が調理場の方で響いてき、思わずアレフの思考が中断されてしまったからだ。爆発の原因も誰がやったのかも彼は手に取るように察する
そう言えば、娘に料理なんて教えた事なかったな……なんて具合に
そっと、笑いながら。
続く




