アレフは神に祈らない、です。
荷台、その車輪の音が響く。田舎道に響く。それは来た道と同じ景色
来た道を静かに帰る見かけ旅の商人一家は、敏感に感じ取っていた。
確かに、来た時よりも車輪の音が軽くなっている事を
▶▶▶
日が充分な高さへと昇り、街が一際活気づいて来る頃。一行は極東の門である「ヒュウガ」の入口へと辿り着いた。
そこからは誰が喋るでもなくそれぞれが別れ、思い思いの場所へと散っていった。まだ幼い自分の娘も同じように黙ってどこかに行こうとするのを、父であり一人の商人でもあるアレフは止める事が出来なかった、出来るわけがなかった。
何せこの街の中で……いや、アレフの知る世界の中で今最も哀しんでいるであろう少女はまず間違いなく自分の娘マナ、だからだ。理由は明白で、家族を一人……それも自分が寝ている間に失ってしまったからなのだろう
失った。と言っても決して死んだ訳では無く、元の世界へと帰って行ったのだが少女からすれば失ったことに違いは無いし、決して納得出来るモノでも有りはしなかった
時に子供とは理屈なんてスレたもので縛る事の出来ないくらい芯の強い存在に化ける。総じてその子供はそこらの大人よか自分自身を持っている事が多い、少なくともアレフはそう思っているし自分の娘もそれに近しい子だと親バカ根性紛れに感じている
そして、何時しか残ったのはアレフとマスターだけになった。元はと言えばこの一人と一匹だけで世界中を渡り歩いていたのだ、黙っていても彼らの心は心の奥底から通っていた
「なぁ……馬公、俺、ミスったかなぁ」
「どーだかな……とにかくよ、俺は行きたい場所があんだ。分かるだろ?」
「あぁ、分かるさ」
そこからは彼らも会話らしきものは一切無くなった。傍から見ればきっと異常な光景だっただろう、何せ馬が手綱一つ握られず持ち主らしき男の横を静かに歩いているのだから常識知らずというか世間知らずというか……それでも誰一人として彼らに注意しなかったのは
彼らが纏うその雰囲気が悲壮極まりないモノで、話しかけるのすら躊躇われるほどだったからだ。故に結局マスターは何物に縛られる事も無く自由に己の目的地に辿り着く事が出来た
教会だ。もしかしたら、マナ達も居るかもと心配していた彼らだが幸か不幸か見知った顔は一切見えず、逆に目当てのシスターが居るかすら怪しく思えてくるほどだった
「取り敢えず入ろうや……座んねぇとゆっくり出来ないしよ」
「あぁ、任せる」
任されたマスターは器用に口を使ってえらく古い教会の造りの中だと異質に思えるほどピカピカ輝く新品のドアを開けた。つい先日マナが叩き潰したモノを取り替えたのだろうそのドアの先は見慣れたものだった
ボロい長椅子、ボロ過ぎていっそ荘厳さすら感じさせる神の御姿。場違いな程に美しいステンドグラス……こんな小汚い場所に落ち着きを覚えてしまうのはそれ程疲れているからだろうか。
はたまた敬虔な信仰心からだろうか
「……多分、前者なんだろうな」
「?」
「いや、こっちの話だ。それよりタマはどこに行ったんだろうな?」
「あー……予想だけどな、多分今裏庭の掃除じゃねぇかな。花壇とか」
アレフの言葉にあまり興味が無かったのかマスターは特別深追いもせず、素直な様子で疑問に答える。こういう気持ちのいい馬鹿っぷりはこういう沈んだ時かえって有難い。普段はただただウザったらしいだけだが
そして、長椅子に座って暫くほうける事にしたアレフを置いてマスターは裏庭の方へ向かってしまった。彼は変に優しくしてしまう気概があるから、きっとこういう所でタマというヒトの女を誑かしているのだろう
根本的に彼、マスターはとんでもない不細工なのでそんな優しさくらいで靡く女性(牝馬含む)が揺らぐというのもレアケースなのだが、幼い頃窮地を彼に救われているタマという名の少女はそのレアケースに含まれてしまうのだろう
そんな事はさておき、アレフは見るものの心を激しく、且つ優しく揺さぶるステンドグラスを見つめ……ふと、物思いに耽っていた
(果たして、俺の判断は合っていたのか……なぁ神様、ナハム様、教えてくれよ……なぁ、頼むよ)
アレフは目を瞑った、祈りの手は決して作らない。それはアレフが信じるナハム神の望む作法ではないと彼は信じているから
だからただ静かに、目を瞑った
人は悩む、よく悩む。何時までも何時までも……深く、より深く思考と後悔漂う海に沈んでいく
その海に底なんてもの有りはしない
有るのは全てを飲み込む漆黒の闇。
或いは全ての始まりともなる純血の白
黒の更にその下、そこに全てを産み出す奇跡の白がある。しかしそこに辿り着けるヒト……もとい生物はごく僅かなもので、かの魔法使い達ですら中々その領域には達する事が出来ないと言う
アレフは、一人のヒトは教会にてそこを目指した。全てを産む、問の答えすら産む「神域」を
そして、いつしか涙を流していた
続く




