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異世界旅行は愛する娘と共に  作者: 月見ヌイ
110/162

初めてのワガママは家族の為に、です。

そして朝が来た。誰が望むでもなく緩やかに朝が来た、むしろ来てしまった


そんな哀しい朝でも、これまた悲しい事に目は覚めて、何時もの如く習慣となった一連の行動を済ましていく

彼の名はアレフ、本日仲間の一人を失うのが決まっている男だ。そのせいかイマイチ顔が冴えなていない


「………………………はぁ。」


朝もまだ早いというのに、これで早くも溜め息の数が二桁へと突入した。仕事でポカをやらかした時でもこんなペースで溜め息を出る事は無い。少なくともアレフはこんな経験をした事は無かった


「おはようございます、アレフさん!」


「んあ、あぁ……チヒロか。おはよう」


庭の井戸で水を組んでいたらしい少女が憎たらしいまでの笑顔でこっちを見てくる。アレフが先程も着いた溜め息に大きく起因しているこの少女はその名もチヒロこと「ニンフ・ロード」。見た目こそただの可愛らしい少女だがその実、世界に数少ない頭に大を付けても名前負けしない「魔法使い」、それも使い勝手や技のバリエーションで言えば他の魔法使いの追随を許さないと専らの噂だ。


そんな少女が何故こんな冷え切った冬季の朝から手の冷えて仕方ない水汲みなんてしているかと言うと、それは今彼女がこの母屋の表に立つ団子屋の看板娘として仕えているのが理由だった

なら何故仕えているのかって?それは過去の話を是非とも振り返って下さい


……とまぁ微妙にステマをかました所でアレフは我に返った。一瞬足りともこの少女に見えてその実自分の100倍は生きているロリババ……うん、やはり少女と呼ぼう。最悪命に関わる

そんな少女だけども、この人に少しでも恨み辛みを憶えるのは全くの間違いなのだ。だってこの人こそ仲間を元の世界に帰す唯一の鍵なのだから


「それで、お腹は無事決めれました?」


「あぁ、勿論……問題はマナだろうなぁ。サシャもあれで大人だから問題無いし、リリも馬鹿みたいに落ち着いてるし……何か告げ口したのか?」


「んふふー、ナ・イ・ショ、です!それと、もう一つアレフさんに聞きたかったことがあるんですけどね?」


チヒロは一度水の入った桶を足元に置き、コホン。とわざとらしく小さめに堰を切ってアレフを見つめる

その目からは先程まで確かにそこに映っていた明るい光は消え失せ、代わりにそこには暗く、深い光の宿る怜悧な目がアレフの姿を映していた


「大概の人は私の素性を知れば多少なりとも態度を改めるんですけどね?何で貴方やお仲間さん達は変わんないんですかー?もう、気になって気になって仕方ないんですよ」


「そりゃお前、チヒロ「さん」に?殺意とかを感じないからじゃないか?それかビックリするくらい親しみやすいからとかか?」


チヒロは言葉に詰まった。それどころか目を白黒とさせて非常に分かりやすく驚いている。ここら辺が親しみやすさの要因だとツッコミたいが、寝起き一番でそんな機敏に喋るのは面倒なのでスルーを決め込む。有難い事にチヒロが今一度切り出してくれた


「……何ですか、それ。まるで私に威厳が無いみたいじゃないですか」


「崇めて欲しいなら地元に帰れば良いだろう?」


このアレフの返しにまたも口を噤まされたチヒロは流石に苛立ちを覚えたのか頬を軽く膨らませてこれまた分かりやすく感情をアピールしてくる

それまた威厳云々を損なう行為なのだと以下省略


しかし、大魔法使いと呼ばれる者がやられっぱなしに終わるのは沽券に関わるとチヒロはとっておきの切り札を切るべく膨らませた頬を引っ込ませる


「それは、貴方もそうでしょう?「アルフェンス」、さん────」


「じゃ、アイツら起こしてくるからまた後でな……あと、次にその名を読んだらお前の信者に「ニンフ・ロード」はここに居るぞ、と言いふらすからな」


アレフは素早く踵を返し、未だに寝っ転げているであろう奴らの部屋へと足を向ける。チヒロの言葉は聞かなかったフリで済ませるつもりのようで、それを察したチヒロは思っていた以上の効果とアレフを辱めた快感に拳を握りしめて喜んだが、あくまで己の威厳(笑)を保つべく腰に手を当て薄い胸を張って一言


「黙ってて欲しければ、サッサと朝食を食べに来る事ですね!ど・ろ・ぼ・うさん!」


「はいはい」


この時チヒロが既に二度とその名を口にする気を無くしていたのは何も優しさではなく、アレフの現在の職業である「泥棒」。その闇世界に通じるネットワークの広さを恐れたから。なんてのは口が裂けても言えないチヒロなのだった


▶▶▶


朝食の場は終始無言だった。気落ちしているマナらは言わずもがな、団子屋の主人や女将もこの雰囲気の意味こそ知らないが空気を読んで黙ってしまったので、折角の温かい手料理が何故か少し薄味に感じてしまう


響く音といえば食器が擦れる音や箸の音、あとお恥ずかしい事にテーブルマナーが未だに身につかないでいるマナの些か豪快な咀嚼音くらいのものだ


(いつかしっかりと教えてやらないとな……これは、流石になぁ……)


幸いといえばマナにしてもサシャにしてもその表情に悲壮感が表れてない事だろうか。寝て起きてスッキリしたか、あるいは頑張って隠しているだけなのか……アレフは、前者であれば良いと思う。送る側があまりにも寂しがってしまってはリリも行くに行けなくなってしまいかねない。


元はと言えば、リリはこの世界に触れる事すら無かったはずなのだ。勿論異世界の存在を知ることも、自分たちと旅をする事も……アレフには一つ、拙くも大事にしてきた持論がある

それは「モノは有るべき所へ」という至極シンプルな物で、故に大事な事だった。何故ならば万物には全て元居る場所が存在し、例外なくそこに居る時が「モノ」にとって最も幸せな時である。と


例え今リリがこの世界に幸せを感じていても何時か息詰まる、且つ行き詰まる。そしてふとこう思うのだ

「あぁ、帰りたいなぁ……」。なんて

もし、もしもこれをマナが聞けばどうだろう。きっとまた声を上げて号泣するんじゃないだろうか


だから、「還す」のだ。あるべき場所へ

これは何も人だけでなく、アレフ自身が盗ってきた物にも当てはまる。例えばつい最近オオエドに置いてきた「隠れ蓑」だ。あれは元々アレフが「ある物」を盗りに行くために借りていただけなので、事が終わればキチンと元あった場所に返していた。他の「宝具」も大概一時的に勝手に借りているだけなのでいずれちゃんと還す。と日頃からアレフは口にしていた


話を戻して朝食の皿の中だが、端的に言って各々あっという間に空っぽにしていった。元々とても美味い料理尽くしだっただけに食うスピードはとても早く、そして空になった皿を手早く重ねたチヒロは危なげない足取りで奥の調理場で消えてしまった。恐らく食器を洗うのだろう……魔法で出した水かもしくは、お湯で。


その間、アレフらは一度泊まった部屋へと戻り手荷物の整理をしていた。誰も喋ろうとしない、別れの言葉すら出尽くしたかのような静けさだ

そんなある意味寂しい静けさに負けそうになってアレフは何度口を開こうとしただろう、その度サシャの射殺すような視線によって無理やり口を噤まされていた。


刻々と、確かに別れまでの時間はすぐそこまで近付きつつある。


▶▶▶


チヒロは開店準備に取り掛かる店主と女将に一言断わってから脇の茂みにアレフらを引き連れてガサガサと分け入っていき、手頃な場所を見つけるや否や手馴れた様子で素早く地面に魔法陣を描いた。そのサイズは実にリリがすっぽり収まる程度


あまりにもあっさりと、そしてあっという間に準備の全行程が終わってしまった。後はもう、チヒロがたった一言だけ、転移魔法を詠唱するだけとなった


そんな時だった


『いや!』


そんな、短くもこの上なく明確な意思

を込めた悲鳴のようなその声は、何故だかアレフのすぐ隣、そのちょっと下から聞こえてきた


「……やっぱり、こうなりますよねー」


溜め息混じりにチヒロが見つめたのはやはりアレフのすぐ隣、その名もマナ

リリの友人であり、知人であり、家族なのだと心から自称する小さな魔法使い


3000はこの世を生きる大魔法使いと

産まれて未だ数ヶ月程の小さな魔法使い、二人の視線が真正面からぶつかり合い、まるで火花が散っているように見える


リリは未だ魔法陣の上に立ちすくみ、そこからえらく心配気な目でこの異常な雰囲気を見つめている


どう考えてもこのままでは一触即発は免れない。仮に戦ったとしてマナに勝算はほぼ「無い」に等しいだろう。最悪命にさえ支障が出かねない相手だ

それ故にアレフはマナの肩を掴んで無理矢理にでも押さえつけようとした。しかしその手も、アレフを挟んでマナと反対側に立っていたサシャに掴まれて阻まれてしまった


そうだ、こっちにはエルフであるサシャもいる。一対一では以前不利なのに変わりはないが、じゃあ二対一なら?

勝算はある。かもしれない

それを見越してのサシャの手


成程。多少無茶かもしれないが、やる価値はあるかもしれない。けど、ならば俺は何をすれば良い?


この場において唯一魔法を使えないちょっと身軽なだけな一般人のこの俺が

いったい、何が出来る?

そして結局、答えが出るより早くマナの炎によって戦いは文字通り火蓋を切って落とされるのであった


続く

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