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異世界旅行は愛する娘と共に  作者: 月見ヌイ
109/162

哀しい唄は一人夢の中で、です。

四月、桜の季節。そして出会いと別れの季節


「……よしっ、行くか。」


まだ新品の匂いが取れない制服を何とか着込み、首元のリボンを綺麗に作って準備は完璧。スマフォに一つ新しい連絡が入っているのを確認してから学校指定の鞄に突っ込んで、私は部屋のドアを開けた


(いってきますっ……と)


キラキラ輝くローファーを跳ぶように履き、今度は家のドアを開ける。その時に心の中でいってきますを言うのは小学生からの名残……と、急がなくっちゃ。この話はまた今度にするね!


何せ今日は高校生活初めての授業!

つまり今日が、私の高校生活最初の日

そんな日から遅刻する訳にはいかないので少々早めに家を出たわけなのですけど……少し、寄り道をする予定があるんです


それは毎年綺麗な桜が咲き誇る川沿いの公園で、中学校の時は入学式前にフラっと行ったその場所。私はそこへ向かうべく最初こそ極力ゆっくりと、折角時間を掛けてセットした髪が崩れないよう、パリッとさせた制服にシワがいかないように歩いていたけど


やっぱり楽しみな事がこの先にあると思うと段々歩くスピードが上がっていって、最後には走り出してしまった。本当はスカートで走っちゃいけないんだけど、もうどうにも止まれない


だって、きっとこの先には楽しい事しか待ってないはずなんだから───。


▶▶▶


「や、やっと着いたぁ……はぁ、はぁ〜。」


やっぱり冬休み、春休みと全然運動しなかったのが祟ってしまったらしくもう息が切れてしまった。前までこれくらい全然へっちゃらだったのに……情けない話だけど、仕方ない

それより今は桜。もう目と鼻の先に目的地はある。昼になると人がいっぱい来て全然ゆっくり見れないけど朝なら人が少なくて好きなだけ堪能出来る私の好きな場所


(……ここからは歩いて行こ。)


流石にこれ以上は不味いと思う。仮にも女子なんだし……我ながら仮ってなんだ仮って。

スカートや制服に変なクセが着いてないか目で確認し、一応一通り手で払っておいて深呼吸を一つ。それから私は再び歩き出した

もう頭が見え始めたあの桜の木々目指して


土手沿いのサイクリングコースの坂をゆっくりと下って、私はほう………。っていう先程の深呼吸とはまた違う息を吐き出して、目の前に広がる眩しいまでの淡い桃色を静かに見つめた


ここは相変わらずのようだ、昔とちっとも変わらない……何か今のすっごいお年寄りの発言っぽいな。戒めないと


そう、私は今日から華の女子高生。略してJK……JK……JK……全然、全然と言っても良い程に自覚が湧かないけど


と、そんな無駄な事を考えながら桜の木の下をゆっくりと歩いていた私なのですが、ふと。視界の端に何か変な物が見えた気がして思わず足を止めてしまった


(なんだろう……?)

不審に思って振り返った私は桜の事が頭からすっぽり抜け落ちるほどビックリしてしまった。

だって、桜の木の下に人がうつ伏せで倒れているのが目に入ってしまったんだから


「え、えぇ……!?ちょっと!大丈夫ですか!?」


すぐに倒れてる人に走り寄って屈み、先ずは肩を軽く揺さぶる。これで反応が無かったら先ずは助けを……呼べない、何せ周りに人が居ない。ついでにAEDも無いので今出来る心肺蘇生法といえば胸骨圧迫と……じ、人工呼吸


うつ伏せでは分かりにくいし、胸骨圧迫も出来ないので少し体を動かして仰向けに体位を変えさせる。こう見ると胸が上下しているのが確認出来た


(息は……あるか、良かった)


良かった、心臓が止まってるとかそういう訳じゃ無さそうだ。これなら胸骨圧迫は勿論……人工呼吸もしなくて済む。良かった


というかこの顔、何処か見覚えがある気がする。制服もスカートも自分が今身につけているモノと全く同じっぽいし、多分同じ高校なのは間違いないと思うけど………………あ、思い出した


と、その時


「ん、んむぅ……はれぇ?」


「おはよ。「晴野さん」、こんな所で何してんの?」


その子の名前は確か「晴野 ひまわり」先日あった入学式に遅刻してきて先生に名指しで注意されていた茶髪茶髪の似合う小さくて可愛らしい子だ……ったと思う。


出来る限り自然な感じで声を掛けたまでは良かったんだけど、もしかしたら。というかやっぱり名前を間違えていたのか目の前の少女は起き抜け特有のトロン。とした目で自分の事を見つめてくる


どっちとも喋らない。緊張のあまり生唾を飲み込んじゃったのは気付かれなかっただろうか

そろそろ冷や汗が額を伝るか。という所でやっと目の前の少女が口を開いた


「おうじさま?」


「お、おうじ?」


「おうじさま、おうじ……あ、夢か!」


少女はパッと目を覚まし、勢い良く立ち上がった。対する私と言えば口をあんぐりと開けて驚く事しか出来ない

そんな私を少女は真っ直ぐ、その綺麗な目で見つめ。そしてニィッと笑ったかと思うと手を差し出してきた


「私ね、夢を見てたの」


「夢?」


「うん、夢。あのね、私が一人で泣いてたら、すっごい格好良い人が……まるでお話に出てくる王子様みたいな人が走って助けに来てくれる夢をね、見たの」


少女は楽しそうに、それでいてこことは全く違う所を見つめながらそうボンヤリと言った。これで私は確信した

彼女は間違いなく晴野さんだ

入学式に遅刻してきて先生に凄い剣幕で怒られているのに今と似たような何処かぼんやりとした表情で乗り切っていたのを思い出した


「ねぇねぇ大下地さん大下地さん」


「ん、どうしたの?っていうか何で私の名前を────」 「大下地さんは何でここに居るの?」


言葉を遮られた事に少しムッ、としたが何だかこの子相手にこのくらいの事で苛立ちを覚えていてはキリがなさそうな気がするので、それよりもこの子の質問にどう答えるかを悩む事にした


「なんでって言われても……その、習慣みたいなものだから、かなぁ」


「あはは、なにそれー」


何故だか笑われた。晴野さんは口に手を当ててあははーあははーと頻りに笑い始めてしまった。そんなに面白かったのかな、何か恥ずかしいな……って


「不味い、晴野さん!遅刻する!」


「あは……遅刻?遅刻はダメだよ大下地さん」


「このままじゃ晴野さんも遅刻するからね!?ほら、行くよ!」


その時、私は無意識に晴野さんの手を掴んでいた。自分のマメや傷の跡だらけの手とはまるで違う小さく、柔らかい手を


私は走った。懸命に走った

本当ならこんなはずじゃなかったのに

もっと早く切り上げて歩いて初登校を決めるはずだったのに……なんて、心の中で悪態をつきながら


何でか口元が緩んで、笑ってしまう自分が居るのは何でなのか。結局学校のチャイムが遠くから聞こえてきても分からなかった


▶▶▶


改めて、私の名前は大下地(おおしもじ) 球緒(たまお)と言います。

身長は165cm、体重は○1kg……すみません、体重は聞かなかった事にしておいて下さい。そしてそんな私は今廊下に立たされています


「結局間に合わなかったね」


「何で他人事なんだか……大体、晴野さんが自分の靴箱の場所を覚えてないから────」


そんな感じで無意味な話を繰り返す私たちですが、端的に言って遅刻しました。それも授業初日の一時限目を……


教科はHR、先生は担任の(おか)先生

という見た感じ二十歳半ばの女教師で

廊下まで漏れる教室内の声を聞く限りよく生徒に「お母さん」と呼び間違えられるのが持ちネタの、可愛らしさと優しさを兼ね備えた良い先生らしい

しかし如何に優しい先生といえども遅刻は見過ごされない。それで罰として一時限目は廊下で一つずつバケツ持ちを言いつけられた……と、いうわけです


「……晴野さん。腕、大丈夫?」


自分は中学の名残でこういう力の居る諸々の事に強い自負があるが、その横に居るこの晴野ひまわりという少女は見るからにそんなタイプではない。嘘でも体育会系とは言えない見た目だ

そして実際見た目通りらしく、晴野さんは罰が言いつけられて僅か十分程度で腕が細かく震え始め、バケツ内いっぱいに貯められた水が細やかな波紋を描き始めいた


「……うぅ、重いぃ。重いよ大下地さん」


「ふふっ、頑張りな〜晴野さん。私も頑張るからさ」


「で、でもぉ……」


晴野さんはぐぬぬ……!と唇を噛み締めて、顔も真っ赤になって両手で一つのバケツを握り締めていた。余程辛いのだろう…………晴野さんの顔、面白いな。梅干しみたい


「ね、ねぇ大下地さん……あのね、さっきは、起こしてくれてありがとう……」


「ん、あぁ良いよ。気にしないで、それより晴野さんは」


「ひまわり。か、ひま……」

「え?」


「どっちかで呼んで欲しいの……オススメはひまわり。だよ?」


喋るのも段々と辛くなってきたのか言葉が震え始めていた。けど、何でだか自分の唇も震えているのが今になってわかった。何でだろう、実はバケツの重さが結構な負担になっていたのかもしれない


なら、折角だしこの重さに身を任せてみるのも悪くないか


「じゃ、ひま。だね……ふふっ、私は球緒。好きに呼んでいいよ?それで、ひまは何であんな所で倒れてたの?」


自分のオススメが選ばれなかったのが残念だったのか、桃のような薄紅色に染まった頬を膨らました晴野さ……もとい、ひまはその頬の中に貯めた空気を「ぷふぃー」と可愛らしく吹き出していた。一見何を考えているのか分からないが時折眉を寄せる辺り一応質問に対しては考えてくれているらしい


「えっとね、気が付いたらあそこに居たの。起きたら球ちゃんが目の前に居たの」


「球ちゃ……んんっ!、そ、そうなんだ?でも制服とか荷物の準備とかは?」


「……球ちゃん、内緒にしてくれる?」


ひまが横目で自分の事を見つめてくる

相変わらずバケツの重さに耐えるため

全力でプルプルしている顔はとても可愛く見えて、面白かったがその目は結構真剣みが垣間見えたので、自分もいい加減からかうのを止めて真剣に彼女の話を聞いてやる事にした


誠意を見せる。とはまた違うかもしれないが、私はひまの目を見て無言で頷いた。出来る限りの優しさを見せるべく、僅かに微笑みながら………。


それは無事に届いたらしく、ひまもニコッと小さく笑ってくれた。自分のぎこちない笑みとは違う、まるで太陽のような微笑みに思えた

しかし、そんな顔でひまが切り出した話というのが


「あのね……私ね……その、楽しみだったの。今日が、それでね。昨日の夜に全部準備しちゃって、制服も着て寝ちゃってて……うぅぅ。子供っぽいよね」


「…………」


わ、わかるぅ……!本当は自分も早く制服が来すぎて、何なら早く学校に行きたすぎてうずうずしていた程だ

だからひまのその行動はとてーも共感出来た。


「な、内緒だからね?球ちゃん」


それに、そんな心配そうな顔で見られたらどうしても頬が綻んでしまう。中学生の時、こんな気持ちになった事があっただろうか……いや、多分無いな

それに、「友達」と秘密を共有するなんて事も…………


(ふふふっ、よーし!)


「ほ、ほぇ?」


私はひまのバケツを空いていた片手で掴みあげる。もうカラカラだったらしいひまの握力では私の手の力に勝てる訳もなく、すんなりと私の手に渡る


「じゃ、これも内緒だね。」


「球ちゃん……!あ、ありがとう!ちょっとしたらすぐ大丈夫になるから!」


本当にこの子は色々な表情を見してくれる。

喋って一日目、それどころか数時間でこれ程までに私の凝り固まった心を優しく解いてくれるひまわりというこの小さな少女は、すっごい変な奴だけどそれ以上に優しい、暖かい子だった。


勿論、廊下で喋り過ぎた私たちは後で岡先生に散々注意されるのでした


続く

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