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異世界旅行は愛する娘と共に  作者: 月見ヌイ
106/162

きっと月灯りのせい、です。

「……そっか、君がそうなんだね。」


「止めてください、チヒロさん。マナが痛そうな顔をしています」


アレフとサシャが突然の事で呆気に取られている間、この客間は今彼女ら二人しか存在しなかった。いや、居るのだがそれくらいに空気を二人が独占しているのだ


チヒロは流石と言うしかない程に余裕の笑みで勇気ある「一般人」を真正面から見据える。意外なのはそれに対するリリの方で、今までに見せた事が無いほどに怒気のはらんだ表情を浮かべていた事と、その矛先が決してチヒロ「だけ」に向けたモノでは無かったという事だ。その証拠に、リリは口をあんぐり開けてフリーズしているサシャを指差し、言い放った


「サシャさんや、マナの失礼な言動については謝ります。すみませんでした、でもチヒロさん、これ以上この人たちに手を挙げないで下さい。この件は元々私と、貴女の話なはずじゃないですか?」


「ふぅーん、初めて会ったけど。普通の子供にもこんな肝の据わったのって居るんだね〜……ふーん、へぇー」


チヒロは過度な程に頷き、執拗なまでに納得した様子のまま天にかざしたままだった自らの片手を下ろす。

すると見えない手に掴まれていたかのように宙にフラフラと浮かんでいたマナの体はたちまち保つ力を失い、驚く間もなく床へ落ちた。アレフの咄嗟の判断によって床との激突こそ防いだものの、余程疲労したのかマナは既に意識を失っていた


「魔法を使えるモノですら、私の前には総じて無力。それが分かってて何で喧嘩を売ってきたのか……聞かせてもらえませんか?怒りませんので」


「そ、それは…………。」


矛先を突如向けられて困惑したのはサシャだ。アレフが今までに見た事が無いほどにアワアワと慌てて、もう見るからに何かを隠しているのがわかった


分かってしまったが、それが何かを言及するつもりは無いのかサシャは口をモグモグとさせるだけでそれ以上何かを言おうとはしない


「そっちの子は……気絶しちゃいましたか〜。じゃ、仕方無いですね。お客さん、リリさん。貴方らの予想だけでも聞かせてもらえませんか?」


てなわけで、遂に俺の方にもチヒロの矛先が向いてしまった。その顔は既に団子屋の店員のソレでは無く、歳相応の老獪さと闇を狩る獣のような鋭さを感じさせるもので、思わず生唾を飲み込んでしまう程だった


しかし、問題の答えが分かっている時の学生は総じて先生に強く出ると相場が決まっているように、この時のアレフもまたチヒロの思っていたよりずっと締まった面持ちで口を開いた


「……これでお前が納得してくれるか分からないし、全然自分で自信の持てない推理だが……サシャ、そしてマナ。お前らは────。」


一度、深呼吸をした。そうしないとこの不可解で、それでいて健気なこの結論を口にするだけの勇気が震えなかったから……そして、アレフは再び口を開いた


「────リリを帰したくないばかりにこんな事をしたんだろ?」


そして、これがこの日で一番チヒロの表情が笑み以外で崩れた瞬間となるのだった。それは、そう驚きの表情で


▶▶▶


驚きはリリも同じだった様子で、口をあんぐりと開けたままにアレフの予想を前提とした話を黙って聞いていた。

その内容を至極簡単にまとめ上げると


「恐らく、サシャとマナはリリに帰って欲しくなく。ここで唯一リリを「元の世界に戻す方法を知るであろう」チヒロの機嫌をわざと損ねさせ、話そのものを破談にさせてしまおう。なんていう魂胆」


だった、のではないだろうか。というのがアレフの見解だった。大体あっているのかサシャの顔がバツの悪い何だか泣きそうな顔で斜め下の床を静かに見つめているので、チヒロも幾らか納得してくれたらしい

アレフもまさか信じて貰えるとは思えなかったので、少し安心した。

問題はリリだ


彼女は、泣いていた。


「ちょ、お、おいリリ?あくまで予想の話だから……泣くなよ、おい。」


「だって、だってそんな……私なんかのためにそんな!……危ない、事を……」


リリは泣きじゃくった。泣き崩れた

それを意外にもチヒロが静かにその小さな背中をさすり、静かにアレフを見つめた


いつの間にか、後ろからも涙をすする声が聞こえてきた。サシャだ、すんでの所で堪えていた涙がリリに釣られて決壊してしまったらしい。言葉も無く静々と涙を流していた


「ねぇ、お客さん。お名前、何でしたっけ?」


「ん、あ、あぁ。俺は……アレフだ」


「アレフ、アレフさん。何だか聞いた事のある名前ですね、何か大きな事でも成されていましたか?」


この何気ないようにされた質問にすらアレフの心臓はビクリと震えた。何せ今自分の事を見つめるのは見かけ通りの団子屋を手伝う少女などではなく、自分の約百倍は生きている魔法使いなのだから……純粋に怖い、この少女。


しかし、そこまで興味は無かったのか

キョドるアレフを見たチヒロは気を取り直すように横向けに首を振って話を一度無理やり切り上げる


そして、恐らく今彼女が最も聞きたかった事なのであろう話題をゆっくりと口にし始めた。


「そこの……エルフさんと、女の子の二人は体を、最悪命まで脅かされる恐怖に掛けてまでリリちゃんと共に居ようとした訳ですけどぉ……なら、アレフさんはどうなんです?この子と、リリちゃんと死んでも一緒に居たいの?」


「なっ、そ、それは……!」


アレフはまたも口ごもった。一日にここまで答えにくい質問をされた事も、やり込められる事も無かっただけにその点でもアレフは慣れぬ事に冷や汗を垂らした。それも、偶然とはいえ旅の仲間となった少女についての小っ恥ずかしい質問となれば、下手に歳をとってしまっているアレフとしては答えにくさ極まれる所だ


さて、アレフは悩んだ。悩んでしまったのだ。リリの様々な感情の込められた視線を受けて、アレフは悩んだ


この少女に、本来この世界に居るはずでは無かったこの少女に、自分は果たして命を掛けられるのかどうかを


彼は、悩んだ


▶▶▶


魔法使いと少女は二人、外に出た。

アレフに問うたまでは良かったが、中々答えが出そうになさそうだったので気分転換、と後は単なるチヒロの気まぐれでだ。玄関で主人に声を掛けられた時は思わずビクッとしてしまったが、チヒロが「ちょっとそこまで」。と言うとすぐに理解を示した辺り普段からフラっとこうやって外出しているのかもしれない


「わぁっ、見て下さいリリ!今日は綺麗な満月ですよー!」


「そう、ですね。すっごい綺麗ですね」


「?どうしたんです、リリちゃん。別に私は失礼な口を聞かれた事も、貴女の仲間の行いも全く怒っていませんよ?」


思わず息を飲んでしまった。何故なら今、目の前の彼女が言った事は全て自分の心でたった今この瞬間までわだかまっていたのと全く同じだったから


そんな間抜けにも口を開いて、驚きを隠せていないリリの表情を見ていたチヒロはニヤーっと意地悪く頬を歪めた


「……心、読めたりしますか?」


「さぁ〜どうですかね〜♪」


チヒロは機嫌良く鼻歌を歌いながら暗闇の中足を進めていく。何の灯りも無い道中をなんの迷いも無く進んでいくので、リリも慌ててその後をついて行った


それから暫く、二人の間をチヒロの忍び笑いの音だけが響いていた。再び口を開いたのは、突如笑うのを止めたチヒロだった


「さっきの、タネって気になります?」


さっきの。と言われてピンと来なかったリリは何度も首を傾げるばかりで、チヒロが「さっきの魔法ですよ」。と言葉を足してやっと合点が行った様子


余程リリが顔に出やすいタチなのか、それともチヒロが本当に心を読めるのか、無言の内にチヒロはリリが自分の話を理解してくれたのを察し、そして得意気に話し始めた


「私はですね。ちょっと前まで水の魔法使いを営んでいたんですよ〜、それでですね。水の魔法と言っても色々あるんですよ────」


そうしてチヒロが語り出した内容というのが、もうちんぷんかんぷんで話の一割ほども頭に入ってこなかったリリは、科学の授業でも聞いているかのような心持ちになってしまった。

一応リリに代わって掻い摘んで説明するならば、先程マナの体を浮かしていたのは決して超能力などではなく「水蒸気」らしく、それを何ぞ桁外れに無茶苦茶な理論に基づいて魔法を駆使し、結果的に自由自在に相手の身体を操れる。という訳らしい

何とも訳の分からない話だ


「────、というわけなんですよ〜って、その顔。もしかして理解できませんでしたか?「向こうの世界」では似たような理論を教えると聞いたのですが」


「え、す、すみません……って!チヒロさん、「向こうの世界」を知っているんですk……」


チヒロはリリの口に人差し指をそっと置いた。背丈だけなら同い年か、何ならリリの方が高いまであるのに、何故だか今のチヒロはとても大人で、一人の美しい女性に見えた。


きっと、月灯りのせいだ


「大きな声は好きじゃないんです。それに……どれだけ叫んでも自分が至らなければ決して想い人には振り向いてもらえません。決して、ですよ」


「……っ、す、すみません。」


「ふふっ、構いませんよ……それに、謝るのは私の方です。私のミスで貴女に多大なる迷惑をかけました……そこで提案、というかお願いなんですが」


チヒロは月灯りのよく見える川沿いの土手に音も無く腰をかけて、そのすぐ横にリリも座るよう手で促す

釣られてリリもストン、と座った。こう見ると気の良い友人か、もしくは姉妹に見えなくもないかも。とリリはふと思う、がすぐに頭の中で否定した


自分を横目で見るチヒロの顔が一瞬とても怖かったからだ。息をすれば殺されかねない程の緊張感がリリの体を駆け巡る


しかし、チヒロはそんな表情をふと弛め、代わりにあの人懐っこい看板娘の笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた


「私が姉で、リリちゃんが妹ですかね」


「……っ!、も、もう!絶対私の心読んでるじゃないですか」


「えへへっ……それで、ですけどね。どうか私の昔話と、なんで私がこんな辺鄙な田舎に「転移」して来たか、聞いてもらえませんか?それが何も無い私の今出来る精一杯のお詫びなんです……ダメ、でしょうか」


……ほんのついさっきまで恐ろしいまでに鋭く目を光らせていた少女とは思えないまるで夜空に浮かぶ満月のようなまん丸で、儚い光を宿した目でチヒロはリリを見つめた


見つめられたリリは、チヒロの目の中に自分が映っているのを見て慌てて目を逸らした、間違って見つめ合いでもしたらこちらが吸い込まれかねない


「…………い、良いですよ。」


なんて答えるのが精一杯で、赤らむ頬も震える声も何一つ隠せていない。

そんなリリをより一層楽しげな微笑みでもって見つめ、トドメをさすべく今一度口を開き、一言だけポツリと呟いた


「……きっと、月灯りのせいですよ。」


あぁ、しまった。と額に手を当てるリリを見て遂には思い切り吹き出してしまうチヒロなのであった


続く

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