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異世界旅行は愛する娘と共に  作者: 月見ヌイ
105/162

その名も朝比奈水蓮、です。

夜、思っていた目的地よりずっと手前で会いたかった魔法使い「チヒロ」、本名ニンフ・ロード。3000年を生きる世界に名高き水の魔法使い様に出会え、ちょちょっと色々あって気を失った彼らを介抱してくれ、夕飯までご馳走になったわけだが


「折角だし泊まっていきんしゃいよ。部屋は余っとるし、好きに使いんさい」


という寡黙な主人に変わって、活発でとてもハキハキとした口調の女将がそう勧めてくれた事も起因し、彼らは団子屋の裏に併設された田舎の情緒香る平屋の屋根の下にて夜を過ごす事になった。今日はハナから地面に横になる予定だった彼らからすればとても有難い申し付けだったはずなのだが、何故だかとても空気は険悪で、誰も口を開こうとはしなかった。

それにもう一つ不思議なのは、彼らの泊まる部屋に既に寝巻きに着替えて枕を胸に抱いたチヒロがちょこん、と居座っている事だ


「………いつもこんな感じなんです?」


「いや、何時もはもう少し五月蝿い。」


答えたのはアレフだ。遠慮がちに口を開いたチヒロに対し恐らく誰もフォローを入れやしないだろうと予想したアレフが先手を打った、これを会話の口火にして空気の修繕を進めるという寸法だ。それを察してかチヒロも全くもって他愛のない質問をしてきた


「それで、何で山の方に行こうとしたんです?探し物ですか?」


「あ、あぁ……それはな……」


無知は罪というのは良く言ったモノで

正に今この瞬間チヒロは無意識下に完璧なまでに地雷を踏み抜いてしまい、アレフも言葉を詰まらせてしまった。

暫し険悪な沈黙が場を包む。今になってチヒロは今の発言が失言だった事に気付き、慌てて両手で口を塞ぐがもう遅い。遅過ぎた


「チヒロ……さん。貴女最近転移魔法使ったでしょ」


何故か先程からチヒロに対して敬語を使う事に対して躊躇いを感じながらも何とか言葉を紡いだのはサシャだった

恐らく見た目が自分と大差ない事から年上扱いしたくないのだろうが、残念ながらその差は歴然で、なんならマナ曰く魔法使いとしての実力もかなり差があるらしい


アレフとしてはこれ以上荒波立てずに話を進めたいのだが、どうやらサシャにはそんなつもり毛頭無いようで出来る限り高圧的な態度でチヒロに食いかかる


対するチヒロの姿勢はあくまで見た目相応の、正に田舎の看板娘。といった感じだ。それがもし演技なら「目」に関しては人一倍と自負しているアレフを持って見抜けない程なのだから相当なモノである


「うん、使ったよー?最初はここからもっと北の国に居たんだけどね、もう疲れたから隠居しようと思って極東の、それも辺鄙な田舎に来たの。今お仕事をしているのは単なる気晴らしと趣味だよ〜」


「やっぱり……多分、その北の国から極東に飛んだ時に何かトラブルがあったんじゃない?」


「わっ、よく分かったね。流石エルフ、そこら辺の魔法使い何かよりずっと知識が豊富だね〜……うん、実はちょっとした「忘れ物」をしちゃってね。そのせいで用意した陣にラグが起きちゃったんだ〜」


やっぱり、とサシャが口の中で呟いたのが見えた。俯いていたから表情までは見えなかったが、肩が震えている辺りどうやら怒っているらしい。その原因といえばおそらくこのチヒロの態度だろう。故意にやった訳では無いのは理解しているが、それでもこんな軽いノリで語られたミスでこっちの世界に「飛ばされた」彼女は、黙りっ放しのリリはどんな気持ちでいればいいのか。


誰よりも周りを気にかけ、優しいサシャの事だ。その怒りはきっとその優しさから来ているのだろう、本当、150歳とは思えない程に幼稚で、馬鹿で……とても温かい奴だと心から思う


「……あれ、もしかして。私、穴開けちゃってたの?」


「そう、そのまさか……です。貴女の初歩的な「ミス」で!ここに居るリリがこっちの世界に落ちてきた……んです」


サシャの怒気がはらんだその口調に気圧され、そして罪悪感が湧いたのかそれとも単純に怯えているのか目尻に涙を浮かべたチヒロはキョロキョロと部屋を見渡し、そしてアレフが視界に入った瞬間。バッ、っと助けを乞うように縋り付いてきた。文字通り、その小さな体をアレフに押し付けて


「なっ……!?」


これに当のアレフよりも早く驚いたのはその隣に座していたマナだった。サシャと同様にどこかチヒロを毛嫌いしている可能性がある彼女は、突如自分の父が押し倒されたのを視認し、それに縋るよう顔を擦りつけていた「年増」が自分の方をチラリ。と見やりそして


にやーっ、と意地悪く笑った。ちょうどアレフからは見えない角度で、その表情からは伊達に3000年生きてないという老獪さが伺えた


「お客さん助けて下さいぃ!何だか私すっごい怒られてますぅ〜!」


そんな顔でマナの方を見ながら、甘えた様子でアレフに助けを求めるのだから全くもってタチが悪い。アレフもアレフでいきり立つサシャを宥めるように「まぁまぁ……」と、手の仕草で伝える。チヒロに不信感など微塵も感じていない様だ


しかしサシャは収まっても、マナはそう簡単に矛を収める訳にはいかない。何せ今この瞬間チヒロが居るのは「普段自分が居る場所であり、自分以外は居て欲しくない場所」なのだから。チヒロの様子には気付かなくともマナの異変には気付いたアレフはこちらも何とか制止させるべく手を伸ばしたが


それよりも早く……マナは、飛んだ。


最早言葉にすらなっていない雄叫びを上げながらアレフにのしかかるチヒロ目掛けてダイブするマナの目は、何時もの可愛いソレでは無く。

完全にキレた獣の目だった


「────。」


あともうほんの少しでマナの手がチヒロの体に襲い掛かるその瞬間だった。


「あ、え……?」


「もぉ〜……隠居してるんですから魔法使わさないで下さいよぉ〜」


チヒロの体を掴むべく手を伸ばし、奇襲の意も込めて宙に飛んだマナは制止した。と言ってもアレフが考えていたソレでは無く、文字通り動きが止められてしまっていた

そう、今マナは宙に浮いている


「魔法じゃ勝てないからって即肉体言語って言うのはどうかと思うな〜、私。ねぇ、お客さん?」


「お、おい……止めろよ。」


マナの体は徐々に天井に向けて上昇して行っていた、チヒロの手に合わせて自在に宙を飛んでいるかのように


自分自身の身体のはずなのに全く思う通りに動かせない。指一本自在に動かせない恐怖を何に例えれば良いだろう

金縛りとはまた違う、チヒロが、いやこの自分よりずっと強いこの存在がその気になれば自分は為す術なく「死ぬ」そんな恐怖を例える言葉をマナは持ち合わせてなかった。代わりに出てきたのは


「ぱ、パパ……たす、けて……っ!」


恐怖を隠そうともせず……いや、もうそんな次元ではなくなっていた。チヒロが拳を少しずつ握るその度に骨という骨が軋む音をあげ、口からは嗚咽が漏れそうになる。マナはそっちを隠した

例え死んでも声だけはあげまい、と


そして娘がそんな苦しげな表情を噛み締めながら、助けを求めてきて動かない父親もそう居ないだろう。


「お、おい止めろ!主人と女将を呼ぶぞ!」


「……それは嫌ですけど、あの二人が来るのとこの子が花火みたく弾けるの、どっちが先だと思いますー?お客さん」


「ぐっ……」


しかし、打つ手が思いつかなかった。全く、と言っていい程に、そしてそれはサシャも同様で先程から複数の魔法を持ってチヒロを阻もうとしていたが何一つとして彼女まで届きやしない。


(悔しいけど、私じゃニンフに太刀打ち出来ない……やっぱり、主人と女将の二人を呼ぶしか……!)


チヒロは既にアレフの体から立ち上がり、まるでマナの身体を弄ぶかのように空中で操っていた。天井があるので高さこそ大した事は無いが、例えばチヒロがマナを床に「叩きつければどうだろうか?」

きっとマナの体は傷付き、血も出るだろう。それを複数回、チヒロが飽きるまでやったとしたら?恐らく、死ぬだろう


しかしそれが分かっていて、その上でアレフとサシャの二人は動けないで居た。どうするべきか、どうもせずに口だけで何とか出来るか、大人二人の頭は凄まじい速度で回転し、何時までも見つからない答えを探し求め……そして、立ち上がった


「いい加減にして下さいっっ!!!」


それはアレフでもサシャでも、マナの声でも無かった。

それは今の今までたった一言も発さず

ただただ俯いていた少女の精一杯の声だった。そのちっぽけな存在など頭から綺麗さっぱり抜けていたチヒロは虚をつかれたのか、驚いた様子でその声の方を振り向いた。名も知らぬ魔法で操られていたマナの身体も落ちはしないまでも、グラリ。と大きく揺れた


「……そっか、君がそうなんだね。」


それは、朝比奈 水蓮。

ちょっとした「手違い」から異世界に飛ばされた少女の声だった


続く

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