恐るべき道中の団子屋、です。
とある一本道、田舎の情緒を思わせる静けさの中に虫の鳴き声が響くそんな道に、場違いな程大きな荷台車とそれを引くこれまた大きな馬の姿があった
そう、我らがアレフ一行だ。見た目不信感を持たれないように旅の商人の形相を模しているが、その実積んでいるのは魔法使いというある意味どんな商品よりも高値がつきかねない貴重なモノだ。それも三人、一人は自在にとはいかないがそれでも世にも珍しき爆発の魔法を扱えると来ている
さて、そんな彼らは極東の門と呼ばれる巨大な港町「ヒュウガ」から今朝出発し、とある山を目指して歩を進めている所だ。そこに居るはずのとある魔法使いに会うために
「んでよー、本当に居んのか?そのチヒロだかなんだかいう魔法使いってのはよ」
「可能性としては半々……いや、四六くらいか?居ない方が六でな」
「ちっ、くたびれ損になんなきゃ良いんだがな」
マスターは振り返りもせずそうどこかの誰かへ向けて悪態を着くように唾を吐く。因みにヒュウガを出て「チヒロ」を目指して山へ行くのに最も反対の姿勢を見せたのは意外にもこのマスターだった。と言っても直ぐに折れたのだが……理由はヒュウガの教会に一人住むシスター。タマという名の物静かなその少女は彼が昔とある縁で保護し、教会に紹介したという昔話があるので彼も必要以上に気にかけているのだろう。だが、そのチヒロが居るらしい山そのものがヒュウガからそんなに距離も無いという事で直ぐに合意し、今に至るという訳だ
なら現在「積荷役」に徹している彼女らはどうか。三人にもなる大中小と順に並んで床に座り込んだ彼女らは今、静かに本を読みつつ思い思いの心を秘めて暇な道中を過していた、そんな中でアレフと多分、マスターが気付き、考えている事を言外に理解しているのは一人。大中小の大であり、一番の年上であるサシャ。長寿と博識で知られるエルフの、その中でも優れた知識者で生粋の魔法使いでもある彼女はここに居るだれよりも魔法について深く理解しており、それは突如異世界から「落ちてきた」リリに起因しているであろう、いわゆる転移魔法についても例外ではなく、そしてそれはこの先。今まさに目指し進む山の中に住む魔法使いが深く、深く関係している事も察していた
それがつまりどういう事で、行った先で何が起こるのかも理解した上で静かに、そして誰よりも冷静に努めて本のページをまた一枚捲った。会話の無い彼女らの中には最早紙を捲る乾いた音しか存在せず、アレフもマスターも会話を振りにくい空気のまま暫くの時間が過ぎた。その凍りついた時間が再び軋みだしたのは道中にポツンと一件のみ建っている極東特有の背の低い家屋が見えた時だ。もしそれがただの民家ならば素通りするだけで終わるだろうが何せその家屋から、とてつもなく良い香りが漂って来たりすれば……そりゃ誰ともなく本から顔も上げるだろう
「こりゃ……団子、か。随分と懐かしい香りだなぁ」
「だんご!?だんごたべたい!」
アレフの呟きに最も分かりやすい反応を示したのはやはりマナだった。読みかけの本を放り投げて勢いよく立ち上がり目をランランと輝かせて食い気を叫んだ。因みに本はサシャが見事な反応を見せてキャッチしていた、マナは自らの背中で行われたスーパープレイには終始気付いていなかったが
そんな訳で誰からの異議も出ないままに一行は団子屋にて荷台車を止めることになった
「いらっしゃいませぇ!見ての通りお客さん以外に席を取る人らはいませんので、お好きな所に座って待って下さいね!」
蹄と車輪の音が止まるのが聞こえたからか、団子屋の奥からそんな元気な声と共にこれまた明るい笑顔を引っ提げて彼らを迎えに外へと出てきた。服装を見る限り「看板娘」という役割を背負った少女、恐らく16、7歳程度の少女
しかし面白いのは見た目だけで言えばサシャも全く同じくらいの年齢に見えるという事だ。その実彼女は150もの年齢を重ねるとても少女とは言えない存在なのだから、この団子屋の娘も実は100を超えるとんでもない存在なのかもしれない……。
(ま、そんな訳無いだろうけどな)
「ね、パパ。はやくすわろうよ!マナここがいい!」
マナに促されて座ったのは店の外に置かれた横に長いベンチ、背もたれ無しのソレだった。そこに皆仲良く並び座って暫しののんびりタイムと相成った
因みにマスターはペットの馬扱いという事になった。万人が万人喋れる馬を受け入れる訳では無い事を理解していないアレフでは無かった
それからどれ程経っただろう。他愛のない会話を絶え間なくやった所で団子屋の娘が片手に頼んでもない人数分の団子とお茶を載せた盆を持ってやってきた
「ねぇねぇ、お客さん達は何処からいらっしゃったんです?見た感じ極東の人間じゃなさそうですけど、やっぱり海の向こうからですか?」
「うん、そーだよ!マナたちね、うみのむこうからきたの!」
団子を食べようと口を大きく開けていたマナは律儀にもその手を一度引っ込めて彼女に負けない笑顔を持って応えてやる。流石は俺の娘、と内心ガッツポーズまでして娘の行儀の良さを喜び倒すアレフは、勿論顔にも体にも出さず団子を頬張った。
それからマナと団子屋の娘の二人はまるで古くからの仲か、もしくは姉妹なのかと言うくらいに和気あいあいと笑い合い、色々な事を喋っていた。分からないことだったり補足だったりでサシャやリリも度々会話の輪に入っている。完全に蚊帳の外と化したアレフとマスターは仲間の彼女らが要らぬことを口にしないか気が気でなかったがそこは流石にサシャが上手くフォローしていっている。まさかこんな所で魔法使い云々でひと騒ぎ起こしたくはない
それくらいに魔法使いというのは貴重で、希少で、危険な存在なのだから。
だが、終始その心配は杞憂に終わり、一頻り話し終えた団子屋の娘の関心はアレフ……ではなくてその奥、マスターへと向いた。
一言も喋ら……もとい鳴かずに、黙って縄で適当な所に繋がれた馬があまりにも不細工だったからか、はたまた不細工だからかは知らないが、団子屋の娘は無駄にデカいその馬の一点をじっと見つめた
「……綺麗な馬ですねぇ、脚もしっかりしてるし、さぞかし大事にしてるんでしょうね。ねぇ」
「え!?……あ、あぁ、そうだな。マスターという名の馬なんだが……どの辺が綺麗だ?」
「そりゃもう顔立ちが、ですよ!静かで、落ち着いていて……凛々しい。まるで王子様の乗る白馬のような……!」
あぁ、これはいけない。なにがいけないって彼女の目がヤバい。これは恋に恋する純情かつ面倒な女性の目だ。アレフは過去の様々な経験則からそれを感づいた、が当のマスターは唐突な褒め殺しに既に殺られてしまったらしく
頬を赤く染めてそっぽを向いてしまった。マスター上最もレベルの高い照れ具合だ。タマに関する弄りと同じくらいの照れ具合と言えばその度合いが分かると言うものだろう
(てめぇ、シスタータマに限らずこんな田舎のいたいけな少女にまで欲情してんのか。おい駄馬野郎)
(う、うるせぇやい。日頃褒められないから慣れてねぇんだよ……!)
といった具合で本当に長い付き合いである一人と一頭は慣れた様子で「目」のみの会話をこなし、完璧に意思を疎通していた。結構無意味なやりとりではあったが
しかしまぁ多感な年頃である少女の興味なんて何時だって一時的な物だ。マスターに対する憧れの含んだ興味なんていうのもすぐ薄れ、最後にこんな話になった
「で、これから何処へ向かわれるんです?北に昇って何か買いに行かれたりとかですか、やっぱり」
「いや、山へ向かってるんだ。噂にないか?山に魔法使いが住んでいるって」
アレフの言葉を受けた団子屋の娘は小さな顎に手を当てて暫し頭を捻り始めてしまった。余程客足が少ないのかボロ教会ですら得る噂話も耳に入ってきていないのかもしれない。と、流石にそんな訳では無かったようで娘はハッとした様子で手を打った
「それ、チヒロの事だよね!きっと!」
そんな言葉を最初と変わらない笑顔を浮かべたまま言い放った少女の指先はまさに笑顔、自分の顔を指していた。そんな時、アレフ含め一同はどんなリアクションを取ったか分かるだろうか
驚きの声を上げるでもなく、何じゃそりゃと大道芸人さながらにずっこける訳でもなく。うん、絶句。絶句するしかないでしょう、だって今まで普通に喋っていた少女が目的の人物「チヒロ」であり、だとすれば一角の魔法使いがこんななんでもない田舎の団子屋で働いているという事なのだから
結局、アレフらはそのまま数分間その場から動く事が出来ず、心配した団子屋の妻と店主の手によって店の奥に寝かされるのでした。
一人、残った団子をコソコソ隠れながら食すチヒロを咎める者は、もうそこには居なかっ────「なぁ、勝手に食うと怒られるぜ?」
「うわっ!?び、ビックリした………しゃ、喋れるんだねマスターさん……!」
少女の本気で驚いた表情に今日一番の喜びを覚える性根の腐ったマスターなのでした。
続く




