あぁ悲しきかな少女の悪夢、です。
シスタータマとの話は実に夕暮れ時まで続いたのだがその全てを話すとこれまた時間がかかるので要点だけ掻い摘んで話すとしよう
まぁ先ずは当然の如くマスターをからかう所から始まった。アレフが昔の事を弄り、タマの口から昨日聞いたばかりの話に乗じて少女らも囃し立てる。意外だったのはタマも同じようにマスターを弄り、共に笑っていた事だ
どちらかと言えばこの件に関しては赤面し倒して終始黙りこくってるだろうというアレフの内心あった予想は完全に外れ、寧ろ自分からマスターを追い詰める言動まで見て取れた。会わなかったこの十数年間というのはやはり人の中を少し変えてしまうくらいには長い時間だったのだろうか、だとしたら面白い話だ。とアレフは笑った
そうして一頻り満足のいくまでマスターを弄り倒したタマは、アレフとサシャが抱え、持ってきた林檎の皮を向いて皆に振る舞うべく一度自室へと引っ込んで行った。泊まり込みをしているのは知っていたが、本当に教会の一部分が一人暮らし用には充分過ぎる程の部屋になっているとは思いもしなかった
待っている間、彼らは昔はここがこうだったああだったという昔話を交えて教会の景観について和やかに語り合っていた。そして、教会に入った当初アレフが気にかけたあの強固な鍵は何ぞや、という話になった頃合でタマが戻ってき、林檎に手を伸ばしながらの説明を受けた。と言ってもアレフの予想が大方当たっており、少し前に泥棒が押し入ってきたらしい。タマも起き抜けだったので相手の形相を確認する間もなく逃げられ、確認しても大した物は取られて無さそうだったので、念の為ドアの鍵だけ奮発してグレードアップし、それ以上気にかけていなかったらしい。どうせ旅の貧乏物が食い物目的に夜盗を企てたのだろうが、場所が悪い。入った所は食い物なんてからっきしのボロ教会だというのだから残念な話だ。
きっと、今もその泥棒はキリキリと痛むすきっ腹を抑えて何処かを彷徨いている事だろう
次はつい最近亡くなったという司祭の話に移っていった。アレフも知るこのヒュウガに長年仕えていた痩せぎすの老父は、その体に見合わず恐ろしい程に元気で、特に口喧嘩は屈強な海の男(素面)をそこらのか弱い少女の如く泣かせてしまうという逸話を何個も持つような偉人ならぬ立派な異人であった
街の司祭たる者が口喧嘩?と思われるかもしれないが、実際の所口を開けば説教か布教といったお堅い聖職者は街に馴染めず、好かれないというのが相場だ。その点ヒュウガの司祭はとても好感を持たれ人に、そして街に愛されていたのだから文句のつけようもない
そんな気丈な老父だったが、亡くなる時は本当に一瞬だったらしい。タマを教会の自室に呼びつけたかと思うと一言「後は頼んだぞ」、とだけ言って静かに息を引き取ったというのだから実に潔い散り様。葬儀も彼の少ない身内と心通った友人らのみ呼んでしめやかに行われたという
と、まぁこんな所だろうか。後はマスターがタマの普段について心配している様子を見せる度にアレフがつついたりしたくらいだ。
マスター曰く「いや、普通に女一人暮らしがこんなボロいとこじゃ色々不便だろうがよ?なぁタマ」。との事だった
後は……そうですねぇ、最近少し遠くの山の上に「まほーつかい」なる者が住み始めたという噂話についてくらいでしょうか……えっ、それ大事な事じゃね?ですって?
……まぁその辺はアレフらが考えるでしょう。以上、地の文の独壇場でした
▶▶▶
結局、思った以上に長居してしまった彼らが教会を後にしたのは既に空が赤く染まりつつある夕暮れ時だった
タマに手を振って別れた後、彼らは一度宿に戻るか、このままの足で夕食へと向かうか。という所で意見を割っていた
宿派はサシャとマナとリリ、夕食派はアレフとマスターという風にある意味綺麗に別れた
「もう疲れた!ちょっと休んでからでもご飯は行けるじゃない!」
「「そーだそーだ!」」
「お前ら一度腰を落ちつけると全然動かなくなるじゃないか!俺はサッサと食って色々ゆっくり考えたいんだよ!」
「そーだぜ。それに、もしかしたら飯食ってる時に色々気づけるかもしれないぜ?……リリの事とかよ」
このマスターの意味深な言葉に宿派の女三人は思わず反論を止めた。特にマナとサシャはマスターの滅多に見せないやや真剣そうな表情に臆され奥歯を噛み、振り上げた拳を下げるような心持ちで言葉の矛をそのまま収めきってしまった
「それって……やっぱり、あの魔法使いという人が関係しているのです?」
アレフは頷いた。お前の横に立ってる二人も、ましてやお前もその魔法使いだろうよ。とは言外に留めておく
とにかく、こうして一行は夕食を得るべく適当な飯屋を探し街の中枢部分を彷徨く事になった
そうして見つけたのはヒュウガ特有の麺料理を出す飯屋だった。リリがセレクトし、他にめぼしい店も見えなかったのでそのまま入店したのだったが
端的に言ってその店は大当たりだった
「ちゃんぽん」と呼ばれる比較的太く、そして具沢山な一皿は特にマナが気に入ったらしく朝の魚とは打って変わって物凄い勢いでかきこんでいた。どこで覚えたのか見事な麺の啜り具合で店主も極東人以外が見せる見事な啜りっぷりに感銘を受けたのか嬉しい事に水の一杯を無料でサービスしてくれた
「ねぇリリ、これすっごい美味しいわ!貴女、見る目あるわねー!」
「えへへ、ありがとうございます。これ、このちゃんぽんという料理は自分の居た所にもあったので」
「え、あったのか?この料理」
リリはこれまた上手に……というか単に慣れているのか自然な様子で麺を啜りながら頷く。驚いたのはアレフだ
リリの居た異世界と今ここにある世界による文化の邂逅にも驚いたがそれ以上に驚いたのは、先程タマから聞いた魔法使いの事と妙な引っ掛かりを覚えた事だ。もしかしたら自分は意識しない内に色々な事を考えてしまっていたのかもしれない。おかげで若干ちゃんぽんの味付けが薄く感じる、頭を使うと極端に感覚がそっちに引っ張られてしまうのだ
そもそもリリがこっちの世界に飛ばされた要因である転移魔法は、制限距離がある。と昔盗んだ馬鹿みたいに分厚い本に書いてあった。ならばその失敗で異世界から何かを引っ張ってくるにしてもその「魔法使い本人」から結構近い位置でそれは行われるのではないだろうか
逆に言えば、リリが居たそこからそんなに遠くない所にその魔法を使った本人が居るという事になるのではないか
(だとしたら、きっとその魔法使いに会えば……リリの帰り道が分かるはず)
今思えばマスターは自分より先にこの事を感づいていたのかもしれない。それこそタマの話を聞いた直後にでも
腹立たしいが馬も馬で頭が回る時がある。だから先程あんな仄めかすような事を言ったのだろう
もしかしたら、本当に可能性の話だが
リリの帰り道が分かるかもしれない、それは同時にリリと居る時間もそう長くないかもしれない、という事になるのではないだろうか……だとしたら少し嫌だな。なんて思いながらいつの間にか汁を吸ってしまった麺を、一口啜るアレフなのであった
▶▶▶
その夜、リリは夢を見た。自分の元居た世界、通っていた高校の自分の教室
何でもない普段の生活。周りの友人らに混ざり、他愛のない雑談に勤しむ
今日の自分の役は「ピエロ」、敢えて笑い者になって場を盛り上げる役だ
……だが、何でだろう。何か妙な違和感がある。例えば今日はそのピエロ役が二人も居る事とか……何時もなら一人を囲むようにやるのに、何故だろう
何時しか授業が始まっていた。現代文の授業らしく、それなりのイケメンなのにオタク趣味全開で台無しにしている若い男教師が今日も熱心にチョークを奮っている
だが、何でだろう。何故自分の机が無いのだろう……自分はここに居るのに、静かに立っているのに誰も私に気づかないのだろう。先生も何も言わないのだろう
自分の事が見えていないのかな、だとしたら嫌だな。だってそれじゃ………
最初から自分なんて存在しなくても良かったんじゃないかって思えるじゃない。
続く




