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異世界旅行は愛する娘と共に  作者: 月見ヌイ
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林檎入りの昼下がり、です。

朝はとっても晴れた。快晴と言っても過言ではない程に太陽は空に輝き、商人や各国の役人らが今日も今日とて忙しなく往来の道を行き来する。その名もヒュウガ。極東の「門」であり行商と貿易が盛んに交わされる街だ


そんな訳でとってもいい朝なのだが、何故だか沢山ある宿の一つ。小さいがそれなりに綺麗なその宿の一室では不穏な雰囲気が漏れ出ていた。窓は閉めきっているのにその端々から黒く禍々しい怒りのオーラがヌラヌラっと滲み出ている。その怒りの主は「アレフ」過去には「大泥棒」等と世界中に悪名を轟かし、今も尚各地で賞金付きの指名手配されている。いわば曰く付きの有名人である、そんな彼は今、旅の仲間たちが思わずチラチラと目端で様子を伺い、そして目を逸らしてしまうくらいに怒っていた


その最もたる原因は昨晩の一幕。

「大泥棒」の相棒であり、馬の体ながらに人の言葉を自由自在に操るマスターは別としてもその他。娘のマナにエルフのサシャ、そして異世界人のリリ。とこの三人が昨晩、アレフが眠りについたのを見計らい手紙一つ残さず勝手に外を出、そして夜分遅く教会に上がり込んでいたのだ。ドアも壊していた


特に三人の内、最も年長者であり首謀者であるサシャに対しては「朝ご飯抜き」という本人からすれば死刑宣告に近からず遠からずといった罰まで出す程にはアレフは怒っていた。何に、別に勝手に外へ出た事ではない……いやまぁ多少ならずともそれが原因ではあるのだけれども、それならば「次からは手紙を書いて置いとけよ」、で済むのだ。


ならば何故アレフは未だに怒っているのか


「……何で手ぶらで、それも教会に。全く……はぁぁぁー」


それは実に単純な事で……アレフはとても信心深く、泥棒家業を営む時から何処の教会に訪れる時も手土産を持ち司祭やシスターに振る舞い、その上で祈りを捧げるという独自のルールを決めているほどだった


(いや〜……にしても、アレフが神様を信じてるなんてねぇ……意外だわ)


(キリスト教……こっちだとナハム唯一神教でしたっけ?それって、どんな神様なんです?)


最近の若者は神を軽視し、まるで自分の都合の良い時に湧いて出てくる存在だと思ってるかのような者らが増えているような気がするが、リリも例に漏れない人種だろうか?まさかの「それ」呼ばわりである。もしもアレフの耳にまで届いていたとすれば恐らく烈火の如し猛りを見せただろうが、幸運にもそれは免れたらしい

サシャは曖昧な苦笑いを持って彼女の質問に答えるべく耳に口元を寄せる。


曰く、唯一神ナハムは万物を……それこそ目に見えない物まで自在に操りこの世界全てをその片手で作り上げ、もう片手で己の庭の手入れを行ったというお茶目で無敵な神様。それがナハムを信じる敬虔な信者らの見解

ナハムは様々な言葉を残し、それは様々な国で翻訳をされているのだが、そうすると国によって見解に多少の齟齬が生じる。それは仕方の無い事なのだが、アレフの齟齬は人一倍のズレだった


最後のは別として、サシャは実家であるエルフの里にあった「聖書」なる物で知り得た知識を一から十までキチンと無知な異世界人なる少女に教えた。少女もそれなりに理解した様子で深く、そして何度も頷いていた


さて、そんな最中姿の見えない者らが一人と一頭程度見えない。マナとマスターだ

マスターは日頃からよく自由に街を闊歩するような馬なのだが、今日ばかりは事情が違った。適当な酒場にて全員で朝食を食べ始めて早一時間、なんとマナがまだ食べきれていないのだ。

理由は朝食のメインである「魚」、マナは今までの旅路で何度も口にしているはずのそれだが、味付けが合わなかったのか中々に苦戦していた。すると、意外にもアレフが一番先に切り上げてサッサとこの宿へと足を向けてしまったのである。その時のマナの悲しげな表情と言ったら、アレフの怒りが思わず削がれかける程だった


それでも食べれないマナに、サシャとリリの二人はマスターに促されてアレフ同様宿へ戻り、そうして残ったマナとマスターは未だに戦っているという訳だ


(あの子が帰ってきてくれたらこの空気も少しは軽くなるのに……まだかしらねぇ)


(まだでしょうねぇ……ご飯って一度苦手意識を持つと中々苦労しますもん)


そうして二人はアレフの見えない所で深い、深い溜め息をつくのでした。


▶▶▶


それから暫く、太陽が一番高い所から少し下り始めた頃。アレフらは揃って昨夜の教会へと向かうべくせこせこと

足を運んでいた。今は丘の麓、サシャは両手に袋一杯の林檎を持ち歩いていた。旬は少し過ぎているとはいえ、それでも美味しいのが林檎の良い所だ


「おもいぃ……!」


それでも袋一杯に詰めれば立派な荷物

エルフとはいえ見た目か弱い女性のサシャは腕をプルプルと震わし、林檎に負けないくらいの真っ赤な顔で泣き言を言っていた。これで実に十二回目


見かねたアレフは遂に折れて、片方持ってやる事にした。既に怒りは削がれすっかり普段通りに戻ってしまったのだが何となくバツが悪くなってしまっていた。おかげでアレフの顔も林檎ほどでは無いにしても薄桃くらいには頬の色を染めていた


「ねぇねぇおうまさん、タマちゃんとあうのたのしみ?」


「別に?楽しみなんかじゃないな」


マナは首を傾げる、何故だか口調が強すぎる風に感じてしまった。そんなに会うのが嫌なのだろうか?昨日はそんな風には見えなかったんだけどなぁ、と言った具合だ。これは「ツンデレ」という萌え・カルチャーの一種を示す反応にとても似通っているのだが、残念な事にマナはそれを知らず、その代わりにリリがこっそりと、それでいて非常に頬を紅潮させて一人静かに盛り上がっていた。そういう反応を見せるという事はつまりマスターはタマの事を心憎からず────────、と


「変に勘繰ってんじゃねぇやい、アイツが勝手に俺に対して恩を感じているだけだ。それ以上はなんもねぇよ」


無いわけないだろう。

今まさにマスター以外の内心が合致したのだった

そんなこんなをしている内にいつの間にか小高い丘を登り終え、壊れたドアもそのままにされた教会が彼らの前に立ちおおせる。暗い時は酷く不気味に思えたこの建物も、明るいうちに見るとやはり神の末端に携わっているだけあり荘厳な雰囲気も醸し出している。

寂れているのも長い間そこに存在し続けている事を指し示していて、ある種の美しさまで映し出していた


「じゃ、入るか」


そう言ってアレフが先陣を切る。片手には林檎入りの袋があるので空いている手で鍵の壊れた半開きのドアを押して開ける。勿論なんの抵抗も無くドアは開ききり、教会のその中を見せてくれる


「にしてもまぁごつい鍵だな……ピッキングにも手間がかかりそうだ」


アレフが先ず見たのは教会のメインである唯一神ナハムの御身でも実に目麗しい一枚のステンドグラスでもなく、手元のドア、その内側にぶら下がる形でくっ付いてあるえらく強固で頑丈そうな「鍵」だった。思わず声に漏れてしまったが、すぐ後ろに控える娘に聞かれては面倒なので頑張って声量は抑えた


それにしても前来た時には無かったコレだが、この教会に盗人でも入ったのだろうか?

だとしたらとんでもないな〜、なんて呑気に考えながら一度鍵の事は頭の隅に追いやってまず一歩中に踏み入る


それから全員が教会内に入った所で待ち構えていたかのようなタイミングでタマが現れた。手に箒を持っている辺り教会の何処かを掃除していたのだろう


そんな訳で、全くもって何でもない昼下がりの邂逅が幕を開けた


続く

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