最期は大切な人と手を繋いで逝きたいんです。
いつも通りの二人と一匹。アレフら一行は様々な花が咲き誇る綺麗な野の道を進んでいた
「もーパパ、げんきだしてー!」
「あぁ……」
しかし、絶景を前にしてもアレフのテンションは普段と比べても数段低かった。以前タキアに告げられた「お前バカなのか」的な発言を未だ引きずっているのだ。事情をマスターから聞いたマナは何とか元気を出そうと色々するが効果がない。八方塞がりとなっていた
(んんー……どうしたらパパのげんきもどるんだろ……)
ていうか、いつもげんきなときってどんなのだったっけ……たまにわらってるけど、うーん…………………あ
「パパ、おみみかしてー?」
「ん……あぁ、どうぞ」
アレフはマナに顔、耳を近づける。一瞬本当に耳を引きちぎってマナに渡そうかと思ったが流石に引かれそうなので止めておく
と、マナは内緒話をするかのように両手を添え、小さく、甘い声で耳打ちしてくる……それは
「パパ、マナね……パパのことだいすきだよ」
何て言葉だった。一瞬脳の動きが完全に停止した。心臓、その他諸々の臓器が止まり、今度は今までにないほどのスピードで動き始めた
「え、え、マナすまん。もう一回言ってくれ」
「パパのこと、だいすきだよ?」
何て甘く、素晴らしい響き。異国の録音機を入手して無かった事がひたすらに悔やまれる……悔やんでも仕方ないので、耳にこびりつくまでやってもらおう
と、いうわけでアレフの気が済むまでマナの甘〜い耳打ちは延々と続いたのでした
▶▶▶
さて、一行は現在どこに向かっているのかと言うと、簡潔に言うならばタキアの写真、その撮られた場所だ
タキア曰く、場所は大まかになら憶えているとの事で、意気消沈していたアレフに代わってマスターが地図に印を付けていた
現在、その印に当たる場所に巡っている。という事だ
「さぁマスター!日が落ちる前にもっと進みやがれ!」
「はぁ……沈んでたと思ったら今度はウザイ位明るくなりやがった……」
「あ、あはは……」
何だか若干マナまで引いているような気がするが、今は良い。血が落ち着くまではもう少しこの高揚感に浸っていたい
「あっはっは!あっはっはっはっはっ!あっはっはっはっはっはっはっはっ!」
数分後
「パパ、もとにもどった?」
「あぁ、悪かったな」
落ち着いた。いや実に良い気持ちだった。あれ程はしゃいだのは生まれて初めてだろう
何せ生まれてこの方初めて人に、それも愛する娘に「だいすき」と言われたのだ
「ま、マナ……もう一回」
「だめー。パパおかしくなるからもうやんない!」
ぐ、ぐう……まぁこういうのは強制するものではないか。仕方ない
まぁとにかく、マナのおかげでクヨクヨした気持ちは何処かへ飛んでいってくれた
とにかく、これでようやく元通りの二人と一匹、主に一匹による長い長い探索が始まった
「手掛かりは海が見えるって事だけか……」
荷台に揺られるアレフは唯一の手掛かりの写真をジッと見つめ、何か他に無いか探してみる
「とにかく海沿いを進むしかないだろうな。せめてもうちょいタキアが憶えていれば良かったんだが」
「そうだな。俺はもう少しこの写真に何か無いか探す。その間はマナ、お前が外を見張っててくれないか」
「ん!わかったー!」
マナが元気に返事をしてくれる。そう、わざわざこんな事をするのは全てこの子のためだ。様々な街や景色を、もっともっと余す所無くマナに見せてやりたい。その為には一切の苦労も惜しまない
「さて、じゃあ進路を変えて海沿いに出るぜ」
「おぉー!」
▶▶▶
アレフは写真を凝視していた。何か浮かび上がるかもしれない……というのは置いといて、純粋に見落としを一切無くすためだ
(……観察眼、これも鈍ったな)
何もピンと来ない。もしくはもうこの写真から得られる情報は無いという事なのか……いや、手掛かりはこれしか無いんだ。簡単に諦める事は出来ない
と、その時
「あ!パパあれ見て!」
マナが声を上げた。遠くを指差している、見ると派手に水しぶきが上がっていた
「ありゃ黒鯨だな……いやはやしぶきだけでも拝めて良かったぜ」
全くだ。黒鯨と言えばかなりの上玉
一匹捕まえて、捌いて市場に流せば表ルートだろうが裏ルートだろうが半生は遊んでくらせる値段になる
(……ま、もうそんな事しないけどな。それより)
「マナ、よく見つけたな。ナイスだ」
「うん!あ、でもしゃしんとはかんけいないよね……ごめんなさい、じゃましちゃった」
アレフはマナの頭を優しく撫でる
別に気にする事は無い。むしろレアな光景を共有する事が出来てとても有難い……なんて、シラフに戻ってしまった口からは中々言えないのだが
しかし、俺の自慢マナは極めて聡明だ
何も言ってないのに俺の気持ちを汲み取り、また外を注視し始めた
(……俺も何か見つけないとな)
と、いうわけで写真観察の再開だ
白っぽく光る幻想的な海……やたらと青い空、邪魔なくらい顔が近いタキア
(……ダメだ。他に何も無い)
と、その時
「あ、パパあれ見て!」
またか
アレフはマナが再び指を差した方向を見る。今度は黒鯨と水しぶきなどでは無かった。もっともっと……一行の求める物に限りなく近い、者がいた
「タキア、とリドリー……か?」
「おぉーーーーい!!」
マナがを手をブンブン振って気づいてもらおうとしている。今更だが今このタイミングで行っても良いものだろうか。いやもう遅いんだが
どうやら二人も気づいたようで、小さく手を振り返してくる
申し訳ない気持ちもあるが、やはり当人らに聞くのが一番手っ取り早いので
マスターに頼み、すぐ側まで近寄ってもらう
「すまないな。邪魔してしまった」
「いいえ。それより貴方、もうこの人を見つけ出すなんて……私、嬉しくて嬉しくて……その、ありがとうね」
どうやらリドリーは先程まで泣いていたようだ。目元が赤く、胸を抑えて呼吸を整えようとしている
タキアはと言うと照れて赤く染った頬をポリポリと掻ている。こうして見ると写真と似通った顔立ちだと思う。いやまぁ本人なのだが
「ちょ、リドリー。もう泣くなってみっともない……ほら」
「みっともないなんて……やっと会えたんですよ!?もう私、お婆さんなんです。お婆さんは涙脆いんです……!」
タキアが何処からか取り出したボロボロのハンカチを受け取り、リドリーは再びボロボロと泣き出す
「……ま、無事に会えたようで良かったよ」
「あぁ。おかげさまでな……ありがとよ。感謝してるぜ」
タキアもうっすら涙ぐんでるように見える。全く、幽霊のくせに感情豊かな奴だ
(にしても何故こんな所で……?)
会うにしてもこんな辺鄙な海岸じゃなく、さっきの花畑の方が幻想的でイメージに合っている、と思うんだが
聞いてみるか?いや、そんなの野暮だよな
「じゃ、俺らは失礼する。後はごゆっくり」
「あ、ちょいまち」
これ以上邪魔してもアレだとせっかく気を利かしたのに、タキアはそんなの気にも止めず静止を求めてくる
「お前ら、写真の撮影場所知りたがってたよな?」
「うん!きれーなうみさがしてるの!」
「それ、ここだぜ」
……あんぐり、思わず口を開けっぱなしにして惚けてしまった
この幽霊は一体何を言ってるんだ?何故その隣に立つ老婆は「うんうん」と首を縦に振ってるんだ
え、もしかして本当にそうなのか?
「良かったら一緒に見るか?」
「ぜひ頼む」
一も二もなく事は決まった。写真を見続けていたせいで生の海がより一層綺麗に見えた……まぁ至って普通の海なので、これから更に綺麗になる(らしい)のだが
▶▶▶
そして、その時は来た
「パパ!そらが!すっごいあかるい!」
マナが言うより早いかどうか、アレフもマスターも空の異変に勘づいた
今までも雲はあれど、快晴。美しく晴れ上がっていたのだが、今は更に明るい。青が過ぎて目が痛くなるレベルだ
「来たな。おいお前ら海をよーく見ておけ」
タキアとリドリー……そして、いつもの二人と一匹は海を凝視していた
そして、期待に応えるべく海も徐々に変化していく
「うみが、しろくなってる……?」
そう、白くなってきた。濁っているわけではなく、純粋な白で海の水が染められつつあるのだ
「このド快晴のせいで海の小さい生き物たちが一斉に異常反応を見せる。すると海が白く染っていくんだ」
それはそれはとても美しく、思わず声を忘れ、見とれてしまうような……
「あ、タキアさん!」
「あ、あぁそうだった。忘れてた!ナイスリドリー!」
アレフ一行が静かに見とれている横で
タキアとリドリーは慌ただしく何かの用意をし出す
何をし出したのかと思ったが、こんな絶景をそっちのけでやり出すような事なのだから余程この二人にとって大切な事なのだろう。ならば邪魔してはいけない
「おいアレフ、これ持て」
「お前ほんと人の好意を尽く無下にするな」
タキアはアレフの抗議など気にも止めず、しきりに何かを突き出してくる
仕方ないので渋々受け取ると、それは数回行った東洋の国で見た「暗箱」というものだ
「操作は何となくわかるだろ。ほら、時間が無いんだ、早くしろ」
「へいへい……」
アレフは荷台から飛び降り、海をバックに二人をレンズの中に捉える
(あぁ……これ「写真」と同じ構図なのか)
タキアは全力の笑顔でピース、その横
体がくっつく程体を近づけたリドリーは薄く笑う。さて、海の白化も絶頂を迎えてきた
「じゃ、撮るぞ」
「あぁ」「えぇ」
ボタンを押し、高らかに暗箱の音が鳴った
▶▶▶
海の白化が終わると、それと同時に日の傾きで今度は空も海も薄赤く染まる
もう夜も近いのだろう
「……良い写真だな」
タキアは写真を見つめそんな事を呟いた。何処か憂いを帯びていて、哀愁を感じさせる
「アレフさん、マナちゃん……そしてマスターさんも、本当に今日はありがとうね。心から感謝してるわ」
「……いや、俺もこの子も良い物を見せてもらえた。ありがとうな」
アレフは、心から礼を言ったが顔は笑えなかった。どうしても笑えない
何せ、元々薄かったタキアの足元ともう一つ、タキアの体が段々と光になって消えていっている。天に昇るのだ
「……何で黙っていた」
「うふふ……だって聞かれなかったもの……。なんて、本当は言うのが怖かっただけよ」
マナが繋いだ手をギュッと力を込めて握ってくる。肩が震えている、泣いているのか、怖いのか……泣いているのだろうな。優しい子だ
「そろそろ迎えが来る……この写真は俺らが消えた後、ここで燃やしてくれ」
タキアが写真を手渡す。俺にでは無く
その横のマナに
マナは最初こそ受け取ろうとしなかったが、最後はちゃんと受け取った
「じゃあな。お前ら……心から感謝してるぜ」
「さようなら。また何時か、会いましょう……」
―――二人は、光になった。天に昇った。二つの光は互いに絡み合い、まるで長年会えなかった時間を埋めるように……そして、何時しか見えなくなった
「……パパ、これでよかったのかな」
「多分な。それに、きっとあいつらは向こうの世界で仲良くやるさ……今度は手を離さないように、遠くに行かないように、な。マナ、最後はお前だ」
アレフはマナの肩に手を添える
その後、いつもの二人と一匹がいた場所には白く、淡い煙が立ち昇り、その煙はユラユラと天まで届いたとさ。




