第一声は「パパ」でした。
「よーし。こんなもんだろ」
とある民家の中
一人の男が、自ら持参した袋に金品を詰め込んでいた。どうやら一区切りついたようで、腰を上げ、家の中を再び見渡す
「しっかし、こんな小さい家によくこんだけ金目のもん隠し持ってたな……」
パンパンに詰まった袋を叩き、満足気にほくそ笑んだ男は、家主に見つかる前にと近くの窓を開け、そこから路地裏へ飛び降りる
(人気無ーし。アレをやったらさっさとトンズラしないと)
アレ、とは。男はポケットから小さなペンを取り出して家の壁に小さく文字を書く
『犬、注意』と
ちなみにこの家には犬はいない。一匹たりとも飼われていない、ならばなぜ犬、注意なのか。簡単だ
「マーキング。空き巣の不思議な縁を繋ぐ不思議な呪文……ま、盗まれる側からすりゃ迷惑でしかないけどな!」
ワッハッハッハッハー!という明るい笑い声と、重い荷物を背負っているとは思えない軽快な足音が路地裏に響いた
▶▶▶
そこは「レヴィオン城 城下町」
世界有数の商業都市であり、スリや泥棒がわんさか横行している所。
本作の主人公「アレフ」30歳、男、未婚
職、泥棒。いわゆる人間のクズはこの街を根城にしている訳では無い
放浪、行く先行く先で物を盗み、それを金に変えてまた別の街へ移ろう。という生活を生まれてこの方、永遠と繰り返していた
「っと、目的地はここか。この街のは分かりにくいな……メモしとくか」
『レヴィオン、質屋分かりにくい』と
手早くメモをとったアレフ、30歳は
目的地、盗んだ物を金に変えてくれる
質屋のドアをゆっくり開ける
派手にバン!と開けてやるのも良いが
店主の機嫌を損ねて、金をケチられてはこちらが困る……というわけでゆっくりと開ける
「いらっしゃいませぇ」
「一見なんだが、大丈夫か?」
一応断りを入れてみる。一見を断る質屋もザラじゃない、信頼が全てなのだ
「構わないわよぉー。あんた中々良い男だからサービスもしちゃおうかしら!」
中々、ハイな店主である。ちなみに男
それも中々巨体、筋肉質。超強そうだ
(警戒しなきゃ、だな……)
こういう色物店主もまた名物だ。驚きはしない、逆にこういうのが一番厄介だから、少し腹を括る
「結構量がある。奥で離さないか?」
「ひゅー……自ら個室で二人きりを選ぶとか、あんた中々好色家ね?」
店主はニコニコ笑顔を浮かべ、奥の部屋へ繋がる扉を開ける
アレフは扉をくぐり、中の部屋をサッと見渡す
(窓は一つ……テーブル一つに椅子二つ……出入り口はドア含め二つだけか)
こういうのに時間を割いてはいけない
店主に少しでも不審な姿を見せたくない。足元は見られたくないのだ
「じゃ、早速見せてくれる?あ、あんたの立派なモノじゃなくて商品の方ね」
どうやらこの店主、色物が多いこの界隈の中でも中々ヤバい部類の人種らしい。まぁ構わない、対等に話が出来るなら問題は無い
アレフは持っていた袋をオカマ店主の目の前、あまり大きくないテーブルにドサッと置く
「ふーむ。本当に結構あるわね、一つずつジックリ見たいからちょっと待ってくれる?」
「構わないさ。その代わり公平な判断で頼むよ」
実際、盗んできた商品の数はかなり多い。時間がかかるのは予想がついていた。わからないのは値段、この商品の価値だ。長くこの仕事をやってはいるが何分、相場というものがわからない
と、自らの弱点を脳内で反芻していたアレフは部屋の隅、ポツンと置かれた棚の上、これまたポツンと一つ置かれた「卵」それも結構大きな物を見つける
(何だあれは……あんな柄の卵見たことないぞ?食用じゃないよな、だったら少量でも市場に流れているはず……)
本当に見た事が無い。世界中色んな所を巡って今まで生きていただけに、様々な卵……いや、それに限らず様々な「モノ」を見てきたが、あれは初見だ
「なぁ、店主さん。あの卵って―――」
「シャラップ!話は後で頼むわよ」
一括された、そりゃそうだ。興味が湧いてつい聞いてしまったが、そりゃ見てもらっている途中に声をかけるのはいけなかった。反省しよう
その後も、特にやる事のないアレフは
謎の卵がなんの卵なのか、どれくらい貴重なのか。を考えて時間を潰していた
そして、店主が全ての商品、金品に目を通し終え、遂に今日の稼ぎがわかる瞬間が来た。待ちわびた
「んー、占めて100,000G……といった所ね」
「うーん……なるほど、なるほどな」
一応事前に予想はしていたのだが、それより少し低い。数はあるが特に珍しい物は無かったのだろうか。少しカマをかけてみるか
「なぁ店主さん、もう少し弾んでくれないか?待遇がこんなに悪いなら他を当たる」
「んー……まぁ文句言われるのはわかってたけど、でもねー……」
店主が低く唸る。今更だがこの
店主(男)メイクをしている。特に口と目元。オネェ口調はキャラかと思ったがどうやらガチな方らしい。
「あ、そうだ。あんた、さっきあの卵に興味持ってたわよね」
「あ、あぁ。それがなんだ」
店主が椅子から立ち上がり、棚に置かれた謎の卵を持ち上げ、テーブルに置いた
「これ上げるわ。これプラス100,000Gなら納得できるんじゃない?」
なるほど、それなら。とアレフは頷く
自分でも見た事のない卵。中身は分からないが希少価値の高さは保証付き
売るべきところで売れば、高値で取引も可能だろう
「わかった、それで頼むよ」
「毎度ありがとうー、いやーこの卵、扱いに困っててね。引き取って貰えてありがたいわ」
「何だ、私物じゃないのか?」
店主が笑う
「流石の私も、どんだけ力んでもこんな大きいのは捻り出せないわー」
そう言って、店主は金を持ってくると一度部屋から出ていった
残されたアレフは、卵を手に取ってみる
(案外重いな……孵化が近かったりするのか?)
となると不味いな。この正しく金の卵
それが蓋を開けたらそこらの鳥の卵だったりしたら全くもってこっちの丸損だ。これは迅速に動かなくてはならないかもしれない
と、店主が部屋に戻ってきた。手には金貨がパンパンに詰まった皮袋を持っている。それを見たアレフは思わず頬を綻ばせてしまう
「はいこれ、しっかり確認してね」
「いや構わない。信頼しているからな
それより、この卵の事何か知っているなら教えてもらえるか?」
アレフは渡された皮袋を腰に空いた大きなポケットに突っ込み、店主に質問してみる。何か知っているなら、聞かない手は無い
「さぁ……前にあんたと同業者の人が商品として持ってきたんだけど、これはどう扱えばいいか迷ってたのよ。売りに出すにも中身がわからないんじゃねぇ……」
「なるほど、よくわかったよ」
まぁ予想通りだ。中身がわかっているなら常連ならともかく、こんなフラっと現れた一見客に渡しはしないだろう
「えぇ。で、次の行き先は決まっているの?何か手伝える事とかあるかしら?」
「いや大丈夫。えらく親切なんだな」
「あんたが私の好み、ってだけよ?チュッ」
店主の投げキッスを掻い潜り、アレフは部屋から、そして店から出る
一度中を振り返ってみると、店主が明るい笑顔で手を振ってきていたので
片手だけ上げてそれに応じ、アレフは素早くそこから去る
人気のない路地裏をしばらく通り、行き止まりの気配を感じると、人気のある……というか人まみれのこの街一番の大市場、レヴィオン市場の方へ向かう
気を隠すなら山の中、人を隠すなら人の中。その効力を深く理解しているアレフはフードや顔を隠すものは敢えて何もせず、堂々と街中を闊歩する。時折露天にも顔を見せ、あくまで一般の客を演じる
「ようおっさん、オススメは何だ?」
「あぁ?……何だ、客かよ。オススメは全部だ。だから全部買ってけよ」
いかつめの店主が、冗談なのか本気なのか判別しにくい事を言ってくる。数ある露天の中でこれはハズレの部類だ
ちなみに当たりの露天は二、三言話したら売り物をタダでくれたりする
「旅、気ぃつけてな」くらいの言葉を添えて
「なんでぇ、買わねぇのかよ?」
「あぁ、すまねぇな。持ち合わせがそんなに無くてよ」
アレフの言葉を聞いて、んっ。と厳つい顔の店主が指を差す。その先を見てみると「冷やかし厳禁。コロス」なんて物騒な事が書いてあった。なるほど
「じゃあ、オレンジ一個くれ」
「まいど」
結局、僅かながら無駄な出費をしてしまったアレフは、それ以上の無駄を出さないためにサッサと目的地を目指して歩く
この街がそもそもデカいので、アレフは目的地、この街の名物である四つの大門の内一つ、「西大門」まで辿り着くのに結構時間をかけてしまった
まぁだいたい卵が重いせいなのだが
「よーマスター、随分待たせちゃったな」
ブルルルル……と、茶毛の馬、マスターは不機嫌そうに返事をする。アレフは先程買ったオレンジを取り出し
「ほれ、お土産」
『ひゅー!この俺様が果物一個で機嫌を直してやると、本気で思っているのかこのボケナスぅ!?』
マスターは歯茎を剥き出して激昂する
その際に唾が大量にかかり、一瞬でアレフの顔がベタベタになってしまった
「……じゃあ、いらないんだな?良いよ俺が食うから」
『いらねぇ訳ないだろ、早く寄越せ』
この茶馬、マスターはこういう奴なので以後お見知りおきを。今後ともよろしく
▶▶▶
『そんでよアレフ、その卵なんなんだよ』
「知らん。けど高く売れそうだろ!」
西大門からレヴィオンを出て数時間
日もすっかり落ち、闇が空を埋め始める頃。ギリギリまで進む事を選んだアレフは、進行を全てマスターに任せ
自分は屋根付き車輪付きの荷台のど真ん中に座り込んでいた。卵を膝の上に乗っけて
『はぁ……こんな大層な荷台買って金欠気味なのに、そんな詐欺まがいに騙されんなよ。仮にも泥棒だろ』
「はっはっは!言っとけ言っとけ、今にこれで大儲けしてやる」
マスターがブルヒヒヒ……と大袈裟な溜め息をつく。言っている間に日が暮れきった。明かりも何も無いので真っ暗だ
『おい』
「ん、あぁ。わかった」
マスターに顎で促され、アレフは荷台の端に置かれた。小石を一つ手に掴む
「そー…れっ、と!」
そして投げた。真っ黒な空に向かって
すると、小石がピカっと発光しだした
『何度見ても不思議なんだけどよ、光るのもそうなんだが、何で宙で止まるんだろうな』
そう、宙で止まった。高すぎず低すぎず程よい位置で。通称「光る石」
因みに、そんなに長持ちはしない
ので、アレフは手早くキャンプの準備をする
…………
「テントよーし、火ぃよーし、マスターは不細工」
『黙れ。死ね』
と、準備しきった頃。タイミングを合わせたかのように「光る石」が効力を失い、ただの石として地面に落ちてきた
「一個100G……燃費が悪すぎる」
『必需品だから文句言うなよ』
傍から見るとアレフは馬と会話する悲しい男なのだが、この場には一人と一匹だけなので誰もツッコんだりしない
アレフはお気に入りの保存食をモサモサと齧りながら、空を見上げる
何一つ遮るものがないからとても綺麗だ、星が夜空を埋めつくしている
『なぁ』
……一つ、ワガママが言えるならばこの絶景をこんな不細工な馬ではなく綺麗な女性と共有したい
『なぁってば』
俺はこの景色がとても好きだ、気に入っている。だから街の宿には止まらない……まぁ止まれないが、これでも犯罪者だから
『おいこの野郎、聞いてんのか!』
はぁ。生まれ変わったら超金持ちの超美人に生まれ変わって好き放題をしよう。出来るなら半分伝説と化した魔法も使えたらとても楽しい人生になるだろう
『えぇい!聞けっつってんだろ!』
マスターが前足で、土を蹴飛ばす。狙いはアレフの顔面
「んがっ」
クリティカルヒット。アレフは顔にかかった土を払い、何事かとマスターを睨みつける
「何だよ、飯ならさっきオレンジを渡しただろ」
『ちげーよバカ!』
マスターは後ろ足で自分に繋がれた荷台を差し、歯茎を剥き出して叫ぶ
『荷台が何か動いてんだけど!超怖いんだけど!』
「荷台が……?ふむ」
何か野生動物が入ってしまったなら退けてやらねば、何かの間違いで商品を傷つけられでもしたらその野生動物と心中しかねない。特に置きっぱなしにしといた卵とか…………卵、とか
卵
「……もしかしてっ!?」
アレフは慌てて荷台の中を覗き込む
『な、何だよ!?お化けとかじゃねーよな!?』
「……いや、お化けより厄介だぜ……卵が、孵化しかけてやがる」
最悪だ、最悪。孵化しそうとは思ったがこんなに早いとは……不味い、本当不味い
(ど、どうする?いやどうしようも無いが)
とにかく、荷台から出す。
外で孵化させる。じゃないと孵化した瞬間バケモンみたいなサイズの赤ん坊が出てきて、荷台をぶっ壊してしまうかもしれない
取り敢えず、先程まで自分が座っていた火の前、小さな丸太に腰掛ける
「……っ、出るぞ」
卵に大きなヒビが入った。そこから次々と連鎖的にヒビが入っていく、中から光が漏れているようだ。「光る石」とは比べ物にならない、目が眩む
(頼む。珍しい動物で頼む……これでそこらの鳥とかなら……あぁもう頼む!)
ピキリ。ヒビ割れが止まる
ゴクリ、アレフとマスター。一人と一匹が生唾を飲み込む音がシンクロする
瞬間
バァン!
「うおっ!?」
「光」が凄い勢いで夜空に打ち上がった
『ひゅー……』
ギュン、ギュンッ!と自由に光が飛び回る。それをアレフは唖然と、マスターは絶景かな。と見つめる
しばらくして
ズドォン……
アレフの向かい、火を挟んで正面に光が降り立った。段々形が変わっていっている
『なぁ、これって……』
「あぁ。これは……」
光の形が変わる。手足が生え、頭も出来てきた、髪の毛もある
こ……こ、これは、これは
「人だ……人だぜ、マジかよ……」
徐々に光が薄くなり、「人」の見た目が顕になってくる。四肢含め体の線がとても細い、色は薄い肌色
髪の毛は真っ赤。最後に顔だが……
「ん……ふぁ、ここ……どこ?」
高い声。長いまつ毛、可愛らしい目、鼻、口。んで、細い腕や足
「お、女の子……?」
アレフが驚きも隠さずボソッと呟く
すると、女の子はアレフの事に気付き
急激に表情を変える
「パ……」
「パ?」
目を輝かせ、頬はみるみる紅潮していく
「パパ!」
「パパぁ!?」
長らく平和に、そして静かに闇の中を進んでいたアレフの旅がこの時、この瞬間、大きく揺れ動く