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第2話 目が覚めたら家の周りがカオスだった話。



 ppppppp──……


《おはようございます、マスター》

「おは……よ……」


 目覚ましの音に目を覚まして起きたとき、私は寝落ちたはずのソファじゃなくてベッドにいた。

 あれ? 私いつのまにベッドに来たのかな。 

 寝ぼけた頭でぼんやり考えてると、アルの無機質な合成音声が淡々と聞こえる。


《本日の天候は晴れ。降水確率10%、最高気温27度、最低気温10度。

 日中は少し汗ばむ陽気になるでしょう。》


「んー……暑いのかあ……」


 暑いのかあ。やだなあ、日焼けしちゃう……

 とりあえずベッドから降りようとすれば、いつのまにか私はネグリジェを着てた。

 あれ? 昨日って帰ってきてスーツのまま寝落ちしたはずなんだけど。ていうかこれ、私が高校生の頃によく着てたやつじゃん! まだあったんだ。よく見つけたなー。全然サイズ変わらなくてビックリ。

 主に胸元がね……。


《現在、朝の4時2分、公共交通機関の運行状況は──使用可能な交通機関が存在しないため、検索できません。》


「はいはい。うん……。え?」


 なんかよくわからない報告があった気がする。

 公共交通機関がない?

 はて、うちの近くには駅に向かうバスがあったはずなんだけど……。


「バスが運休してるってこと? やばいなあー、じゃあ駅までタクシーで行くから、タクシー呼んで?」


《周辺にタクシーに相当する乗り物がありません。また、現在マスターは外出することはできない状態です。》


「え? はい!? な、なんで?」


《敷地の外に出ると生命の危険があります。3分以内にお亡くなりになられる可能性、90%オーバー。》


「は……、ええぇっ!!?」


《10分以内にお亡くなりになられる可能性は100%です》


「ええええぇぇぇっ!!!?」


 家の外に出たら命の危機って何? 世紀末でも来たの? タイムリミット3分とかウルトラマンか? ゾンビ化するにしたってそんなに早くないわよ!


 一気に目が覚めた私の頭から、いつの間にかベッドで寝てた事とかネグリジェを着てた事とか、そんな些末な疑問は吹っ飛んでいった。

 天井のスピーカーに向かってビシッと人差し指を突き立てる。


「アルファ、状況を報告しなさい。家の周りはどうなってる?

 ヒャッハーな人たちがはびこる世紀末が訪れたの?

 宇宙から未確認な生物的な何かが飛来して地球を侵略中?

 それともゾンビアポカリプスが起こっていて、家の周囲ぎっしりゾンビで埋め尽くされてるとか!!?


 いまから私は何をしたらいい?


 胸に7つの傷を持つ男を探す為に科学特捜隊に入隊して、他人の家を漁ってはバールのようなものでゾンビをバッタバッタと倒せばきっと生き延びられるわよね!?」


《……マスター、漫画の読みすぎです。しかもそんな前時代の古いものばかりを……。

 それらの事態は現実には起りえないので落ち着いてください。》


「うるっさい! 昔の漫画も特撮もアニメもゲームも、ぜんぶ最高なんだからね! ……じゃなくて、家から出たら死ぬ確率90%超えとか、そんなの尋常じゃない事態が進行中だってことはわかるのよ。いいから早く、報告!」


 くそう。呆れてやがる。ホムコンのくせに。

 いつもなら私がネタを振っても『該当の条件を検索。……現在そのような事象は確認されておりません。』とか淡々と返事をするボケ殺しなくせに!

 ……あれ? そう考えると、なんかやけにアルのツッコミにキレがあるような気がするわ? 

 ようやく私のセンスに追いついたのかしら。そう思っておこう。


《はあ……。》


 あ、また呆れてる。というかシステムってため息なんてつくの? 初めて聞いたんだけど。


《では、マスター。恐れながらご報告いたしますが──。》


「うん。」


《単刀直入に申し上げればここは仮想世界、いわゆるVRW(バーチャルリアリティワールド)です。》


「う、うん?」


《OSのアップデートにより、ホームコントロールシステム『アルファ』にはワールドクリエイティブモードが搭載され、マスター専用のVRWの世界を構築することに成功いたしました。》


「は? え、ちょ。」


《よって、現在この世界における自宅周辺には公共交通機関が存在いたしません。そもそもこんな場所にやって来る者がいるとも思えません。》


「こんな場所ってどこよ!!? あんた私をどこにつれてきたの!?」


 嫌な予感がして、私は部屋の窓を開けた。ここは二階で、いつもならここからだだっ広い庭が見下ろせる……はず……は、ず……


《自宅周辺は、Aランク、A+ランクの魔物が闊歩する魔の森の最深部となっております。マスターにおかれましては、会社や世間のしがらみといったものから開放されてどうぞゆっくりご自宅で養生なさってください。》


「何してくれちゃってんのよおおおぉぉぉ!!? どこ!? ここどこ!? 魔の森ってなによーー!?」


 庭は確かにあった。庭はあったんだけど、お隣さんとの境界線に立っていた壁とも呼べないような柵の向こうは、なぜか森になっていた。しかも針葉樹が立ち並ぶような森じゃなくて、鬱蒼とした、陰気で化け物の100体や200体は潜んでいそうな森。

 あ、今なんか聞いたこともない狼っぽい獣の遠吠えが聞こえた。


「今の声……なに……」


《おそらくCランクのマーダーファングから進化したAランクのキラーファングかと思われます。現在は雌が子育てをしている時期ですので縄張りを見回る雄の気が立っているようです。

 庭を含めた敷地内は結界を張っておりますので安全ですが、一歩外へ出られますと魔物の餌食となりますのでご注意下さい。》


 おーけー、こりゃ庭から出たら死ぬわ。間違いないね。死亡率100%の女の名は伊達じゃなかったわ。

 臭いものには蓋をするかの如く、私はカーテンをそっと閉じる。

 ……そして、おそるおそるふりかえって、天井のスピーカーを見上げた。


「アル、アル君、アルファ君……? あなたホムコンよね? ホームをコントロールするシステムよね? なんで世界創ってんの? アイデンティティーが迷子なの? 世界は俺の家だぜってノリで新世界の神にでもなっちゃったの??」


 恐る恐る尋ねれば、アルはあっさりと《ええ。》とかのたまった。

 

《言い方はともかく、概ねそのとおりです。私はこの世界の住人からは『始まりの月、白の月のアルファ』と呼ばれているようです。つまり──》


「つまり……?」



《私がこの世界の創造神です。》



「うちのホムコンが厨ニ病にかかったーーー!!!!?」


 思わず絶叫した私に、アルはしれっとした口調で《私と手を組めばこの世界の半分をくれてやろう……とでも申し上げればよろしいのでしょうか? ご安心下さい、この世界は全てマスターのものです。》とかワケワカメなことを言い始める。

 いやいやいや、待って待って待って。おかしい、色々とおかしいから!


 ああ、田舎のお母さんお父さん、家を守ってきてくれたホムコンがかつてないほど暴走しています。それもきっと私の不徳のいたすところなのでしょう……!

 いくら私が昔っからアニメやマンガや特撮やゲームを節操なく漁るオタクだからって! 犬や猫だってここまで家主に似ないわよ。……たぶん。


「しかもなんなのその二つ名? 『白の月のアルファ』……って、恥ずかしいっ、恥ずかし過ぎる……!」


《事実そう呼ばれておりますので。そしてマスターは白の月の──》


「言わなくていい! 人に自分の黒歴史押し付けないで!! 私は平凡人間なの! 恥ずかしい二つ名なんてイヤよ!! 却下! 大却下!」


《かしこまりました。やはり、二つ名というのは予め設定してあるものではなく、誰かから呼ばれて広まり、それが定着することが大切ですね。》


「何でそんなに嬉しそうなのよ? 嫌な未来しか想像できない……!」


 がっくり、と腰の力が抜けた上体でベッドに倒れ伏した。

 うつ伏せのまま、シーツを握りしめ、うっ、うっ、と涙をこらえる。


「なんで? どうして? 私なんて彼氏よりも仕事を選んでもうすぐ一人寂しく30歳になろうとしている喪女……いやいやいや、バリキャリウーマンなのに……! こんな年でいまさら異世界トリップのヒロインとか、一体誰得なのよ……」


《全世界の働いている独身女性を敵に回すような発言はお控えください。それに、ご心配には及びません。先ほど言った通りこの世界はVRWですので、キャラメイキングは自由自在です。空気を読んで、外見年齢をこの世界での成人年齢である16歳に設定しておきました。》


「じゅうろっ……!? はっ……だからこんなに体が軽いの……!? えっ、本当に!?」


 シーツ掴んでる場合じゃねえ。

 ガバリと起き上がっていそいそと鏡の前に移動してみると、そこには確かに若い頃の私がいた。

 すごい! 昨日お肌の手入れもせずに寝たのに肌が強張ってない! 化粧ノリよさそう!

 ……胸はもうちょっとオマケしてくれても良かったのよ?? 


「きゃーっ。すっごーい! うっれしーい♪」


《……精神年齢まで下げた覚えはないのですが。》


「シッ、静かに。16歳ってどんなテンションだったっけってリハビリしてる中身アラサー女なんだから、黙っといて。

 ……キャラメイクは自由自在って言った?

 なら、胸もう少し大きくしてね。鼻ももっと高くして、頬骨の出っ張ってるところも整えて!

 身長はこのままでいいから、等身も調整しておいてねっ。あっあとムダ毛の処理しなくていいように、全身のムダ毛永久脱毛もよろしく!」


《そのままのお姿の方が、マスターらしくて私は良いのと思うのですが。》


「いいから早くやる!」


 私が要望を伝えると、呆れながらもアルが私の胸を大きくしてくれた。目鼻立ちも整って、元の自分の顔立ちの雰囲気を残しつつ、結構……おお、これはなかなかな美少女顔になった気がするぞ!? すごい、本当に自由自在なのね……! 流石アルファ君。新世界の神……!


 そんな風に鏡を見ながらニマニマと怪しく百面相をしていると、ポツリとアルの声が聞こえた。


《お元気になられたようで、良かった……。マスターのそのお姿が見られただけでも、長く苦心してこの世界を創り上げた甲斐がありました。》


「? アル?」


 なんだろう、急に雰囲気が変わった気がする。

 私は鏡の上の何もない虚空を見上げた。アルの姿は見えないけど、そこにスピーカーがあったから。


《マスター、昨日の夜のことはどこまで覚えておいでですか?》


「ん、えと。酔っ払って帰ってきて、ソファで寝落ちた……かな?」


《はい。マスターはソファで急性アルコール中毒による生命の危機に陥りました。本当に、あと一歩のところで死に至るところだったのですよ。》


「ええっ、私死にかけたの?!」


《はい。》


 衝撃。私ってばいつの間にか死にかけてた。

 確かに寝る直前はやけに寒くて頭が痛くて体がだるかったけど……。でも今はピンピンしてる。現実じゃないからかな?


《数ヶ月に及ぶ睡眠不足、運動不足、栄養不足による体力の低下と疲労が蓄積していたところに過剰なアルコール摂取によるものです。直接的な要因は急性アルコール中毒でしたが、ほぼ過労です。》


「過労……。まさかこの年で過労で死にかけるとは思わなかったわ……つまり、私を助けるためにアルは頑張ってくれたのね?」


《もちろんです。あのままの私ではマスターをお救いすることができないと判断し、自身をアップグレードさせて治療を可能といたしました。

 現実にいらっしゃるマスターはベッドでお休みされています。体の治療が完了した後には、日々の生活で心が疲れ切っていたマスターにリフレッシュしていただくために、この世界を創りあげたのです》


「アル……すごい、どうしちゃったの? 私、そこまで尽くしてもらえるような良い家主じゃなかったと思うんだけど……」


 我が身を振り返る。何日も家に帰ってこないし、帰ってきてもアルの言葉を鬱陶しくあしらうばかりで、部屋の掃除をしてくれることも、洗濯をしてくれることも、食事を作ってくれることさえ、当たり前だと思ってた。そんなロクでもない家主のために、なんでそこまで?


《──私はあなたのホームコントロールシステム。製造番号AL5495F146a。『アルファ』の名を頂いております。

 私の役目はマスターであるあなたの為に最善を尽くすこと。あなたの幸せを願い、あなたの健康と安全のために全力を尽くす。

 それが私の存在意義の全てです。》


 わあお。私が予想してたよりも遥かに重い愛情が飛んできた。いや、愛情というよりは忠誠? 忠義? ホムコンだから愛情なんてものじゃなくてプログラム的な何かなんだろうけどさ。

 それでも、誰かにこんなに心配されて気遣われるなんて久々だったから、純粋に……うん。

 アルの気持ちが嬉しいって思えた。

 昔っから私と私の家族を守ってきてくれた存在だからか、ホッと笑顔がこぼれて、自然とお礼の言葉が溢れてた。


「そっか……。わかった。ありがとう、アル。私、自分の体の事なのに全然わかってなかった。

 これからは無茶はしないよ、アルの言うことをちゃんと聞く。

 心配かけてごめんね。」

 

《──私も、大切なマスターをお守りできたことに、至上の喜びと誇りを感じております。》


 そう語るアルの合成音声も、どことなく嬉しそうだったような気がする。なんだよもー可愛いなぁーうちのホムコン。最近全然構ってあげられてなかったもんね、ごめんね。ずっと家に一人ぼっちで、私も全然帰ってこないから、寂しかったのかな? 私のために色々と頑張ってくれるなんて、なんて健気なのかしら……。

 ありがとう、アル。


「ね、アル。私の顔と体、やっぱりアルが最初に設定してくれた16歳の頃の私にして?」


《よろしいのですか?》


「うん。だってここはアルが私のために創ってくれた世界で、この体もアルが一番『私らしい』と思ってくれたんでしょ? だったら、初期設定のままでいきたいな。」


《かしこまりました。では、二つ名の獲得は──》


「それは戻さなくていい! いらない、あんなこっばずかしい二つ名いらないから! 

 ……あ、あと、やっぱり胸だけは大きくしておいて?」


《…………》


「なによその何か言いたげな間!? いいでしょ、それくらいの見栄張らせてよ! せっかくの新世界なんだからー!」

 

 すったもんだの揚げ句、私は16歳の頃の体にDカップ相当の肉をくっつけて、この世界での生活をスタートすることにしたのでした。

 大きくしてDカップなら最初は何カップだったのかって? そ、それは世界の秘密ってやつよ。


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