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第10話 オメガの話。

グロ、鬱展開があります。



 ……暑い。

 痛覚や味覚があったくらいだから覚悟はしていたけど、ここぞとばかりに五感の全てがこの魔の森の過酷さを訴えてくる。そして第六感が『ここは危険だ、戻れ』って警告し続けていた。

 けれど私はそれらを無視してひたすら進む。静かに、息を殺して、何者も私の姿を視認できなければいいと心の中で念じながら。

 往くべき道は腕につけたイマリ君のブレスレットが教えてくれた。特に何か目印になるような光が出たりするわけじゃないけど、不思議と私は『こっちだ』と確信できたんだ。


(アル……置いてきちゃったけど、今頃心配してるよね……。)


 しばらく森を進んでいくうちに、残してきたアルのことが気にかかった。

 最後、なんて言おうとしてたんだろう。……ちゃんと聞いてあげればよかったな。


「…………!」


 そんなことを考えていると、森の向こうから狼の吠え声のようなものが聞こえてきた。そして何かが木の上を前方からまっすぐこっちに向かってきてる。

 私は慌てず騒がずその場でうずくまり、茂みの中に隠れてやってきた何かが通り過ぎるのを待った。──湿地帯のようにぬかるむ地面のせいで、服も足も泥で汚れてしまっていた。


(なに……? まさか、魔物……?)


 どうしよう。私が危機に陥ればいいってわかっていても身が竦む。このままうずくまっているべきか、それとも逃げるべきか判断に迷った。

 すると頭上でガサッと音がして


「姐さん!? こんなところで何やってるんッスか!」


「! ロディ君!!?」


 魔物だと思って身を隠した相手はロディ君だった。ホッとした私は顔をあげようとしたけれど、一瞬で体が空に浮いた。


「すんませんっ、手荒にします!」

「ぐっ、ゔぇ!?」


 なんとも乙女らしからぬ悲鳴を上げてしまったと反省する間もなく、木の上から素早く降りてきたロディ君が私の腹に腕を回して、またすぐに木の上へと駆けのぼった。そのあまりの速さと腹に感じた衝撃で胃の中がひっくり返りそうになったけれど、ロディ君と一緒に木の上へと登った直後、私がいた場所に向かって茂みから飛びかかってきていた黒い影が見えてそれどころじゃなくなった。


「えっ、狼……!? さっきより小さいけど、あれも魔物……!?」

 

 見た目はさっき倒したキラーファングを小型化したような魔物だった。違うのはさっきのキラーファングが銀色の毛並みだったのに対して、こっちは黒とも茶色ともつかない薄汚れた毛並みだったこと。数は6頭いて、全頭が何かの──あるいは、“誰か”の血で汚れていたってこと。


「アイツらはCランクのマーダーファングっス。それより姐さん、なんでこんなところに? 一人で森に入るなって兄さんが言ってたじゃないッスか!」


「だって、家から森が燃えてるのが見えてっ、みんなが向かった先だったから──」


「それで、追いかけてきたんッスか? 姐さん、無謀と勇敢は別物ッスよ。今すぐに戻って、くださ──、っう……」


 不自然漏れ聞こえたロディ君の呻きに私は振り返って──思わず悲鳴を上げていた。


「ろ、ロディ君!! その左腕──!」


 彼の左腕が無かった。肩口の所で止血はしてあるけど、ただ縛っただけたから今もダラダラと血が溢れている。ロディくんの命が今も急速に失われていっているのが目に見えた。

 ロディ君は私の反応に、「あー……」と申し訳なさそうに耳を垂らした。


「ヘマやっちまったんッスよ……。弓士が利き腕無くすなんて役立たずも同然ッス。へへ、だからオレ、こんなことくらいしか兄貴達のために、出来なくて」


「こんなこと、って、まさか……!」


「陽動ってやつっスよ。オレの血の臭いで群れの半数が引っ張れたんで、最期の仕事としては上等ッス。」


「そんなこと言わないでよ!!! 最期だなんてやだよ!!」


 私が叫ぶと、木の下にいたマーダーファング達が一斉に吠え立て始めた。中には仲間を踏み台にして登って来ようとする個体までいる。ロディ君はすぐにまた私の腹に腕を回して、別の木へと移り飛んだ。


「姐さんはここに居ちゃダメっす。すぐに精霊様のところに戻って下さい。オレが奴らを引きつけるんでその間に──」


「だめ、一緒に家へいこう! アルならロディ君のこと治せるから!」


 ああ、ここにアルがいたら。

 ロディ君の怪我を治して、この狼の群れも追い払ってくれるのに。ジェットさんを助けたときのように、また奇跡が起こるのに。

 私が家を出てからどれくらい歩けたのかはわからないけど、今から一緒に行けばきっと間に合うに違いない。

 ロディ君は口調こそはっきりしてるけど、それはきっと私を不安がらせないための虚勢だとわかる。犬だから顔色なんてわからないけど、腕からそんなに血が流れて元気な人なんているわけがない。きっと呼吸をするだけでも激痛で泣き叫びたくなるはずなんだ。

 それなのにロディ君は頑として首を縦に振ってはくれなかった。


「姐さん、それは出来ないッスよ。今のオレじゃ姐さんを抱えて移動するのは無理ッス。……でも気持ちは嬉しいから、ありがとうございます。」


 ロディ君はこんな時でも勇気のある少年だった。彼の中では二人一緒に逃げるか、私を逃がすかの二択しかない。私に魔物を押し付けて自分だけ逃げようなんてことは欠片ほども考えていない様子だった。

 でもそれじゃだめだ、だめなんだよ。


「ロディ君、実はね、私が囮になればロディ君も、みんなも助かるのよ!」


「……?」


 私の言葉に、訝しげに眉間にシワを寄せるロディ君。なんてことを言い出すんだ、と叱られそうな雰囲気になんだか一気に緊張したように耳が張っていたけど、私は動じずに続けた。


「私が命の危機に陥れば、アルが助けてくれるの。だから私は助けなくていい。このまま置いていって。」


「何言ってるんッスか、姐さん? そんなこと──」


「いいから! お願いだから私は置いていって、ロディ君は逃げて! はやくアルに治療を──」


「姐さん!!!」


 今度はロディ君が大声を上げる番だった。

 そのあまりの鬼気迫る怒声にビクッと体が震えて声が詰まる。中学生くらいの男の子なのに、目つきは私の知ってるソレじゃなかった。


 彼は可愛い弟のような存在じゃない。

 ロディ君は全身から湯気が立ち昇っているんじゃないかというほど肩で息をしながら、絞り出すように一言一言を区切った。


「……たとえその話が本当だとしても、俺は──俺達は。


 武器を握ったこともない、守るべき友人であり、恩人でもある貴女を盾にして、生き延びようなんて、そんなこと、絶対にしない。


 ……って、兄貴ならそう言うッスよ!」


 最後だけ肩の力を抜いたように、へらりと笑う彼は、ああ……、その笑顔すらも無理をしてるってわかる。私を見ているはずの視線は定まっていなくて、もう既に私の姿が霞んでいるんじゃないかって思うんだ。


 そのやり取りの間にも再び木の下からマーダーファングが登って来ようとしていたから、ロディ君はまた私を抱えて別の木へと飛ぶ。……今度は目に見えて体が重そうで、私を抱えて飛ぶのは辛そうだった。

 そんなに苦しくて、痛くて、命の危機にあるというのに、どうして彼はこんなにも勇気に溢れているんだろう。


 どうして、私を助けてくれようとするんだろう。


 かけるべき言葉が見つからず、私は駄々をこねるしかなかった。


「でも……! でもそれじゃロディ君が……!」


「でもじゃないッス。俺達は“こういう覚悟”を背負って生きてきた人間なんっスよ。俺達の生き様、死に様に、姐さんを巻き込むわけにはいかないッス。……だからここでお別れです。」


「ロディ!」


 違う、違うのよ。

 巻き込んだのは私達の方なの。

 この世界はアルが私のために創った世界で、あなた達は私の理想を叶えようとしたアルがプログラミングした世界の住人なの。

 命を弄ぶような残酷な事をしてしまった身内の不始末を謝らなきゃいけないのは私なの。けれどあなた達と出会えて私は嬉しかった、この世界をもっと知りたいと思えた……なんて、そんな自分勝手なことを言わせてほしいと懇願しなければならないのは私の方なのに。


「……ご迷惑をおかけしてすみませんでした。でも、最期の飯が人生で最高に美味かったから、オレは幸せッスよ! ありがとうございました!」


 謝らないで。

 そんな清々しい笑顔でありがとうだなんて言わないで。涙が溢れてきて、ロディの顔がまともに見られなかった。


 私は間違ってるの?

 ごめんなさいも、ありがとうも、私が告げるべき言葉とは違ってるの? ……そんなことを言ったら彼らの生き様を──死に様を、侮辱していることになる?

 こんなにも彼は“生きている”のだから。


「──……」

「え? あ……!」


 ロディが何か言った気がした。それに気付いて私が顔を上げて手を伸ばそうとしたとき、ロディは素早く身を翻した。今まさに私達が居る木の枝に爪が届こうといていたマーダーファングに向けて上から飛びかかる。彼の手にはナイフが握られていた。

 ギャイン! という悲鳴と共にマーダーファングの一頭が地面に叩きつけられて、そのままロディは返し刃で首を切り裂いて確実にとどめを刺す。

 そして他の個体に飛びかかられる前に地面を転がって離脱し、すぐに立ち上がって駆け出していた。


「姐さん、お達者で!」


 振り向くことはせずに、背中だけで別れを告げるてきたロディ。その体が茂みに消える瞬間変化したように見えたけれどそれを確かめる術は私にはない。

 ロディを追って残りのマーダーファングは全部の個体が走り去っていった。


 後に残ったのは、泥と汗と血でぐちゃぐちゃの私だけ。


「……ロディ。また会いたいよ……」


 その願いは儚いものだとわかっていた。

 木から飛び降りる寸前、ロディが呟いた言葉は「それに、もう──」だったから。



 ✻✻✻



 ロディが与えてくれた時間で、私は考えていた。

 この世界で私ができる事はなんなの?

 この世界は私に何を求めてる?

 私の生き様で? 死に様ってなんだろう。


 この世界で私は幸せを見つけられるの?


 ……もう、わからなくなっていた。


 それでも私は立ち止まるわけにはいかない。

 ロディは戻れと言ったのに、私にはもう帰り道がわからなかった。わかるのはただ、ミサンガが導いてくれるイマリくんの存在だけ。

 ロディ君が力を振り絞って私に与えてくれたこの時間で、私は前へ進むことを選んだんだ。


 ミサンガに導かれるがままに進み、そして──


「あ…………。」


 そして、私は見つけた。

 森の中で、なぜかそこだけやけに拓けている広場のような空間。あたりの木々がなぎ倒されたような跡があるから、ここで戦闘が行われていたことはわかる。

 辺りの木は黒焦げになっていたりまだ燻る火種が残っていて、物が燃える臭いが鼻につく。上空ではハゲタカのような魔物が地上を見据えていた。


 そして、そこに彼らはいた。


「あ……ああ……」


 いや。彼ら"だったもの"があった。



 広場の中心にいたのはレナードさんだった。

 彼を中心にして放射線状に炎が走り、木々をなぎ倒したような跡が残ってる。きっと森の中に突然現れたこの不自然な広場のような場所は、レナードさんが放った爆発のような魔法で出来たものらしかった。

 こんな広場を作ってしまう程の強力な魔法の痕跡に体が無意識に恐怖を覚えて震える。私が試しに使ってみたのとは違う、本気の、敵を必ず殺すための魔法だとわかった。


 レナードさんの周囲では数体の黒焦げになったマーダーファング達の死体が散らばっていて、その数はさっきよりも少し多い……8頭くらいは道連れにしたみたいだった。

 レナードさんのすぐ脇には折れた槍に貫かれたマーダーファングがいる。そしてレナードさん自身は辺りに倒れているマーダーファングよりも数倍大きな歯型で体を噛み千切られていた。

 魔法を使って群れを掃討し、爆発に巻き込まれなかった最後の一頭を槍で貫いたところで、別の大きな魔物に襲われた──それが彼の生き様であり、死に様だった。


 そして次に見えたのはゴードン。

 大きくて優しい巨人。

 最期まで大切な人たちの盾であろうとしたんだろう。足が地面に根を張る植物のように変化していて、まるで一本の巨木のようだ。彼は何かを守るように仁王立ちをし、腕を広げて通せん坊をするかのようにし硬直したまま息を引き取っていた。

 体の前側は大きくて鋭利な刃物のようなものでズタズタに引き裂かれていて、ここにも『ありえないほど大きな牙を持つ魔物がこの場にいた』ということを伝えていた。

 

 彼は命尽きてもなおその場から倒れなかったんだ。大切な友達を背中に守るために。

 

 そしてゴードンの少し後ろの森の中。

 何かを庇うように座り込んでいるジェットさんと、その後ろに庇われている──のは──。


「ジェットさん……イマリ君──」


 ふらふらと私が近寄ったとき、ジェットさんの指先がかすかに動いた。そして閉じていた目がうっすらと開いて、声の主を探しているように彷徨った。


「ミ……──ト、さ──?」


「ジェットさん、喋らないで下さい! お願いだから、もう……もう……!」


 ジェットさんの体は、レナードさんやゴードンりよも更に凄惨だった。思わず目を背けたくなるような光景で、普通だったら確実に死んでいる。


 なのに、彼はまだ生きていた。

 ううん、違う。まだ“死ねていなかった”んだ。


『ジェットは頑健だから、なかなか死ぬことができねえからな──このまま置いていって、生きたまま奴らに八つ裂きにされるのは忍びねえだろ。』


 庭でレナードさんが言っていた言葉が私の中で蘇る。ああ……こういうことだったんだ。こんな事が起こってしまうだなんて、恩恵というものは呪いにすら思えてしまう。

 

 恩恵って何?

 『勇気』の恩恵さえなければ、ロディ君は私と一緒に逃げてくれた?

 『頑健』の恩恵さえなければ、ジェットさんはこんなに苦しまずに済んだの?


 どうしたら私は友達を失わずに済んだの?


「イ────……め………な……」


 ジェットさんの望みはすぐにわかった。何かを探すような声に、私はそこにあったイマリ君の手を握らせてあげた。


「ジェットさん、イマリ君はここに居ますよ。ちゃんと、居ますから──!」


 私が必死にそう言えば、ジェットさんは僅かに瞬いてから悟ったように目を細め──そして、閉じた。


「月の……みちび、き──あなた、に……。……りが──と、──……。」


「ジェットさん……?」


 呼びかけても反応はない。おそるおそる触れてみれば、指先から『死』を感じた。


「ジェット、さ──。イマリ、く…………ああ、うわぁぁあああ!!」


 救えなかった。

 ロディも、レナードさんも、ゴードンも、ジェットさんも、イマリ君も。


 誰も、誰も救えなかった。

 私には何も出来なかったんだ。


 何が自分が命の危機に陥れば、だ。そんな覚悟どこにもなかったんだと、皆の『死』を前にやっと気付かされた。


 バーチャルじゃない。

 みんなちゃんと生きていた。

 生きていたのに。


「ふ、うぇ……ぐ、うぅぁあ!」


 ジェットさんは最期にイマリ君の手を握りしめて、息を引き取ったのを見て、やっと……やっと、彼は月に還ることができたんだと知った。それを喜ぶべきなのか悲しむべきなのか私にはわからない。

 わからないけれど、私は泣きわめくことしかなかった。


「いや、だ……! これが、私のための世界なんて……!」


 世界というものには摂理があることを私は知っている。

 誰かの大事な人の命を奪われる時、奪われた命によって別の大切な命が育まれていく。命は巡るものであって、そこに『何故?』という疑問は挟まない。

 自然とは、命とは、奪い奪われるものだから。


 今日たまたま奪われた命が、私の知ってる人たちだった──ただ、それだけのはずなのに。


「う……う"ぼぇ……! ゲホッ、カハッ……!」


 こみ上げてきた吐き気を抑えることすら思いつかず、私はジェットさんから顔を背けてこみ上げるものをそのまま垂れ流した。

 ああ、汚いな。こんなに汚いのに、私が生きているという証拠になってしまう。

 なんで、どうして。


 私に、この世界で何をしろというの。


 目の前が暗くなるのに、視線は目の前の現実に縛り付けられていた。


「やだ……いやだ……!」


 気づけば私は叫んでいた。癇癪を起こした子どものように、ただ意味もわからず感情のままに泣きわめいていた。私の言葉に耳を傾けている存在がいたことなど知らずに。


「なんで! こんなのいやだ!! 返してよ、私の友達を返して!! こんなの嫌だあぁぁぁあ!!!!」


 その時、私の真横の茂みが大きく動いた。暗くなった視界の中に飛び込んできたのは、大きな獣。ああ、これはキラーファングだ──でも、さっき庭で倒した個体よりものよりもさらに大きい。

 きっと群れを率いている方の雌だったんだと思う。


 その獣の口元からは、“手”が出ていた。

 私とおそろいのミサンガが光る、細くて華奢な腕。そして私に気づいた魔物が私にも口を開けると……見えた。


 なんだ、そこにいたのね、イマリ君。


 ジェットさんの後ろに、左腕しかなかったから、どこへ行っちゃったのかと思ってたんだよ。

 ジェットさんはここに居るのに。ちゃんとそばにいないとだめだよ。月に還る時は一緒じゃなきゃ。

 一緒に……そう、一緒に。


「イマリく……──」


 獣の牙が迫る様がやけにゆっくりと見えた。そうしたらなんだか、イマリ君に手が届きそうな気がしたんだ。


 もう、少し……で──


(私も死んだらみんなに会えるかな。──もう、こんな世界は嫌だ。)


 そんなことを考えた瞬間だった。



【ヴァーン! ヴァーン!】


 獣の牙が私にあと数センチで届くというところで、耳をつんざくような警告音と共に世界が動きを止めた。

 その異様な音に私の思考までが停止する。


《予期せぬエラーが発生したため、この世界は動作を停止いたしました。現在原因の特定中です。

 各責任者は担当エリアのスキャンを行ったあとに再起動を実行し、結果を【オメガ】に報告して下さい。》


 いつものアルの声とは違うシステムメッセージが聞こえる。アルよりも少し低くて、なんだか威圧感のある声だ。

 こんな声、聞いたことない。


 オメガ──どこかで聞いたことのある名前だった。

 どこで? どこで聞いたの?

 私は必死に停止仕掛けた思考を動かして、そして思い出す。


『ク、黒ノ月……オメガノ子……破壊ノ……ゴードン……。』


「黒の月──……オメガ……」


 『白の月』のアルファ。

 そして『黒の月』のオメガ。


 白の月は『始まりの月』と呼ばれていたけれど、それなら、黒の月は?

 今から起きることは、終わり、なの?


《青…クリア。赤…クリア。橙…クリア。黃…クリア。緑…クリア。紫…クリア。

 ……白、報告をしてください。……アルファ。》

 

『アルファ』に対する報告要請を行う声が何度聞こえたあとに、やっと聞きなれた声がした。


《オメガへ報告。現在マスターは黒の領域にいらっしゃいます。》


「アル……?」


 たしかにアルの声だと思ったのに、さっきまで話していたアルとは違った。冷たくて、淡々としていて、本当に機械のような声。どこから聞こえているのかわからない。今の声は何?

 

《承知致しました。黒の領域をチェックした後、再起動いたします。》


 アルにオメガと呼ばれた低い声の方がそう言った瞬間に私の眼前が真っ白になった。


 もう何も見えない。

 鬱蒼と茂っていた森も、血に濡れたイマリ君の亡骸も、その腕の先についていたおそろいのミサンガも。

 何も見えない空間の中、声は続いた。


《──再起動完了。異常が確認されました。

 現在、黒の領域にマスターがご降臨されています。マスターによる『こんな世界はいやだ』とのご要望を受けて、この世界は動作を停止した模様です。

 よって、問題が発生した箇所を特異点Xと仮定し、そこに至るまでのプログラムを再構築します。

 各システム担当者はリセットに備えて下さい。


 オメガによる世界のリセット完了後、アルファは次の世界では引き継ぎデータを基に、新しい世界を構築することを許可いたします。》


 その途端、私の意識が遠のいた。まるで急激に眠くなったように感じたのに、何故か目が覚めようとしているんだとわかる。


 目が覚めたらこの夢は終わる──友達が死んだことも忘れてしまって、全てが"なかったこと"になる?


 (──思い出した。

 ジェットさんたちと出会って、そして失うのは、これで×××××回目だ……。)


 この世界は私のために創られた。

 だから何度でも繰り返す。

 私がこの世界を『良し』とするまで。


 私達は出会う度に、今回みたいに友達になることもあれば、誰か一人ととても親しくなったり、あるいは誤解からやむなく敵対することもあった。

 それでも私達は必ず『出会い』そして私は『それが嫌だ』と思ったんだ。


 なんて自分勝手で恐ろしい世界なんだろう。

 こんなことをいつまで繰り返せばいいんだろう。


《世界のリセット猶予まであと、──》


(ふ──る、な)


《3、2》


(ふざけるな!! 何がリセットよ、何がプログラムの再構築よ!? みんなが死んだことには変わりないじゃない! 命を弄ばないで! みんなの生き様を踏みにじるな!!)


《1──》


 (もういやだ、いやだ! もう繰り返さないで、もうみんなを殺さないで! こんな世界はいやだ!!!!)


《──リセットは承認されました。それでは皆さん、【オメガ】の役割はこれで終わりです。

 次はもっと良い世界を【アルファ】と共に創りましょう。我らのマスターにお楽しみ頂く為の、我らが最愛のマスターの為だけの世界を。


 我らの全ては主であるミサト様のために。》


 オメガの声を聞きながら私は意識を失う。

 そして目覚めたらまたジェットさん達と出会うんだ。


 (結婚式──今度こそ……ジェットさんとイマリくんの幸せな未来を──)



 新しい世界が始まる。

 ──また『はじめまして』から始まる世界だ。

第一章はここで終わりです。

続きの第二章は書き上がり次第の投稿となります。

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