ウィルにとっての…
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さぁ~て、今日は待ちに待った月の日!今日何を話そうかとこの10日間考えていたんだ~。
朝食を終えて後片付けをして、皆で今はまったり休憩中。私が窓を開けるとふわっと優しく風が吹き込んできた。夏の真っ盛りで空は快晴。雲ひとつ無く、どこまでも澄んだ青空が広がっている。でもやっぱり太陽ギラギラと容赦なく照りつけてくる。だから吹き込んできた風はとても爽やかに感じられる。
ウィルと会うのはと~っても楽しみ。でもそれは午後のことだから、午前中はお使い。私はここに来た頃と違ってもう一人でもお使いに行けるようになった。最初はいろんな所に迷い込んじゃったけど、それはまあ、置いておいて…。
カラ~ンともう今では聞き慣れた鐘が鳴り響く。これは十の刻の鐘かな。そろそろお使いに行こうかな。
食堂の端に置いてある籠を手に取り、エルマー院長先生から硬貨を受け取る。
「お使い行ってきまーす!」
ちょっと元気良く言ってみる。
「はい。気を付けてくださいね。」
「「「「「いってらっしゃ~い!」」」」」
「う~ん…。いってらっしゃ~い…、ふわぁぁ…。」
エルマー院長先生とトゥーリたちが返事をくれる。若干一名すん~ごく眠そうだね。誰々…?…ディーンですか。お休みー。ってもう寝てるし。
◇◈◆◈◇◈◆
「いらっしゃい!イリアナちゃん今日もお使い?」
「はい!お姉さん、このお魚ください。あっ、あとこの海草も。」
私は絶賛お買い物中です。シェヘラザードは海に面しているから魚介類が沢山、安く売ってある。しかも朝の釣りたてで新鮮な上に美味しいからお得なのだ。
「もう、イリアナちゃんったら私なんてもうおばさんよ~。お姉さんなんて言っても何も出ないよ。」
「え?私からすればお姉さんですから何もおかしく無いですよ。」
うん。何もおかしくない。だって四十歳って魔人族の私からすればお姉さんの年齢。でも人間として考えるとおばさんだって。そんなもんなんだね~。
私はお姉さんから魚と海草を受け取り、中銅貨を一渡す。お釣りの小銅貨六枚をもらった。
◇◈◆◈◇◈◆
孤児院に戻って買ってきたものを台所の簡易的な氷室に入れる。これは少し大きめの氷が入っている金属の箱。私が魔界で使っていた魔力が原動力の氷室とは全然似ていない。
お昼にはエルマー院長先生が魚を捌いてくれた。残りは夜食べるんだって。
食べた後は皆で後片付けしてまたまったり休憩タイム。私も少しは休憩したけど後は外に出て地面にエルマー院長先生から教わった字を練習していた。人間界と魔界の字は少し違うけどだいたい似てる。だから案外簡単に覚えられた。
ひたすらに本で読んだ文を思い出しながら書いて時間を潰した。だって折角読んだ内容を忘れるなんて嫌だからね。
耳に心地よい鐘の音が響く。
────時間だ!
私は手に持っていた木の棒をほっ放って立ち上がり、足でささっと書いていた字を消す。
────うう、足が痺れてる…。
ずっと座り込んでいたからかな。でもそんなの今は構ってられない。私はゆっくりとあの場所に向かって足を進める。早く行かなきゃと気が急いて段々と足が速くなる。歩いていたのが早歩きへ、そして小走りになって歩幅が大きくなり駆け出す。
街中を駆け抜けていると、皆から声を掛けられた。
「おー、急いでどこに行くんだい?」
「あ、お兄さんこんにちは!友達のとこに行くの!」
通りざまに返事をする。お兄さんって年じゃないと思うけどなぁ~、という声は私には届かなかった。
あっという間に公爵に着いた。見渡してもウィルはいない。まだ来ていないみたい。荒れた息を整えるためにひとつ大きく深呼吸をする。
「ス~…っ?!ケホッコホッ!」
息を吸っているところでドーンと背中を押された。その衝撃で変な吸い方をしてしまい思いっきり噎せる。少々涙目で振り替えると…。
「やぁ。イル!」
「ウィル!」
若葉色の髪を棚引かせた爽やかな笑顔のウィルがいた。ちょっと恨めしそうに見てやる。驚いたんだから…!
「あ~、その、ごめんね?まさか噎せるとは思ってなかったから…。」
ばつが悪そうに頬を掻きながら言うウィル。別に怒ってるわけじゃないんだよね。
「ううん。別にいいの。それより、ここじゃ暑いからあっち行こう?」
私はあの日座っていたベンチを指差す。今日も木陰になっているから多分そこまで暑くないと思う。
私たちはベンチに並んで腰かけた。ふとウィルの首元に目がいった。
「ねえ、ウィル。その首のやつなぁに?」
ウィルの首には赤い宝石のようなものが埋め込まれた首輪がある。でもその赤い宝石のようなものは宝石じゃない。魔力を感じる。だから、魔石だと思う。
「ああ、これね。僕はまだ魔力が制御できないからこれで押さえてるんだ。そういえば、イルは魔力あるの?」
「あるよ。ほら。」
私は右手を前に出して魔力を具現化する。魔人族は詠唱せずに魔術が使えるけど、人間はそうではない。でもこれぐらいだったら詠唱は必要ないんじゃないかな。うん。何もおかしい所はないはず。
「へぇ~…。使えるんだ。凄いね。僕なんて自力で制御できるまで使えないんだ。」
苦笑いしながらウィルは言う。その横顔は少し憂いがあるように見えた。
私は小さい頃から魔術を使えるのが当たり前の環境で生きてきた。物心付いた頃にはお父様や家の人たちから魔力の扱いを教わっていたから、呼吸をするように魔力を扱える。でもウィルはそれが出来ない。人間に魔力持ちが少ないからかな。こんな所でも違いがあったのは驚きだなぁ。
「ほら、帰るわよ。」
「や~だ~!まだここにいる~!」
小さな男の子が公園に唯一ある遊具にしがみついている。それをその子の母親らしき女性が咎めている。でも何度言ってもその子は遊具から離れず寧ろもっと強くしがみつく。
「もう、置いて帰るわよ。魔人族に食べられても知りませんからね!」
「い~や~だ~!」
終いには母親は諦めたようだ。でも、ここでもまた魔人族か…。だから食べになんて来ないってば。
私はそのやり取りを見て苦笑する。隣からは小さく笑う声が聞こえた。
「…フフッ。頑張るね、あの子。あんなことまで言われてるのに。」
「…ねえ、ウィル。魔人族は本当に人間を食べに来ると思う?」
気づいたらそう口にしていた。しまった、と思った時にはもう遅かった。ウィルは私を見て少し驚いていたみたい。でもそれはほんの一瞬のことだった。
「僕はね、思わないんだ。だって魔人族なんて見たことが無いからね。聞いたことだけで判断するのは良くないかなって…。それにさ、イルはこの国の誕生の話知ってる?」
「知ってるよ。確か魔人族を追い払ってできたんだっけ?」
「うん。そのときに魔人族は人間を喰らったってあるんだけど、嘘だと思うんだよね。そんなことが本当だったら今僕はここにいるのかな。もしかしたら僕もイルもいないかも知れないんだよね。」
真剣な顔をして話してくれる。そんな考え方をしてくれる人間がいるんだ…。私はこちらに来てから魔人族の話を聞いてきて溜まっていた蟠りのようなものがすっと消えていったような気がした。
二人の間に沈黙が落ちる。
「…って言ってもこれは僕の、何て言うか、えっと…そう!持論!持論って言って良いのか分かんないけど…。別に真剣にとらなくても良いんだよ?だからその~、そんな顔しないで?」
気遣うような顔で覗き込まれる。はっとして我に返った。そんなに真剣な顔してたのかな…?
「アハハ!ごめんごめん。ちょっとボーッとしてたみたい。そっか。ウィルはそう思ってるんだ。…ありがと。」
「え?何でイルが感謝するのさ。」
「あっ、その、ね?私も食べに来るなんてあり得ないって思ってたから、同じ考えの人がいて、安心したの。だから。」
「ふ~ん。変なの。」
「そうかもね。」
二人顔を見合せて声を上げて笑う。屈託のないウィルの笑顔に感謝と少しの罪悪感を感じた。
────ありがとう。ちゃんとそうやって私たちのことを考えてくれて。凄く嬉しい。…ごめんね。やっぱり本当のことを話す訳にはいかない…。
その後も魔人族について話した。時々冷や汗をかきながらも自分たちの考えを交わし合った。前回と同じように時間はあっという間に過ぎていった。
ウィルと別れて帰る途中、準備していた話題に一切触れていなかったことに気付いたのは余談だ。
来週は何について話そうかなぁ──……。
次は時が進んで約一年後からです。
次話もお読みいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。