新しい日常
少しだらだらとなってしまった気がしますが、気にしないでいただけたらと思います。
誤字脱字や内容のおかしなところがございましたら、ご指摘いただけると嬉しいです。
6/29 改稿致しました。内容を大幅に変更しております。
────ん……。重い……。……?……!
お腹に感じる重さに耐えられず、私は気力を総動員して重い瞼を押し上げた。
すると、見慣れた自室の天井ではなく、くすんだ白い石造りの天井が目に飛び込んできた。驚いて周りを警戒したところで、昨日のことを思い出した。
「ああ、人間界に来たんだった。ここは孤児院ね。いけないいけない、忘れてた。」
私は頭かぶりを軽く振ると、お腹の上に目をやる。
────そりゃ重いよ…。
お腹の上には藤色が散っている。二つのかたまりの藤色が。そう、メリルとケイルの頭がある。二人ともまだすやすやと夢の中だ。
私は魔法で二人の頭を退けて、皆を起こさないようにそっとベッドから降りる。そして着替えようとして気が付いた。
────私、服ない?!ピ、ピ、ピンチ~!
昨日に続けてまたもやピンチがひょっり顔を出した。私が今着ている服は、トゥーリが大きくなったら着られるようにと用意してあったワンピース。でもこのサイズは一着しかない。
まさか寝間着と普段着が一緒になる日が来るなんて…!今までイリアナ・ミル・アダルジーザとして生きてきていたから考えられなかった。でも今の私は孤児。受け入れるしかない。
◇◈◆◈◇◈◆
全員が起き出してきて、昨日自己紹介をしたところ──食堂──に集まった。早起きの私と大人のエルマー院長先生はそうではないが、トゥーリやディーンたちはまだ、おねむのようだ。トロンとした目を擦っている。
いつの間に用意されたのか。エルマー院長先生が朝食を出してくれる。皆で美味しくいただいて、昨日と同様後片付けをする。それらが終わる頃には皆の顔はシャキッとしていた。でも顔は洗おうかってことで水で顔を洗った。冷たいけど冷た過ぎない水が心地よかった。
トゥーリたちは今から着替えてくると言って、共同寝室の方へ戻っていく。
そこで私はエルマー院長先生に訊こうと思っていたことを訊くことにした。
「院長先生、歴史書ってどこにありますか?」
「歴史書ですか…。基本的に本の類は王宮にしかありませんから、王宮ではないでしょうか。しかし、どうしたのですか?唐突ですね。」
長い睫毛で縁取られた目をしばたかせながら答えてくれた。いちいち、外見詐欺な院長先生だね。
「読んでみたくなったので。私これでも読み書きはある程度できますから。」
えっへん、と胸を張りながら答える。
魔界で人間についての本を読み漁っていたので私は知っている。人間は識字率が低いのだ。貴族は愚か者でもない限りほとんどが読み書きができる。でも、平民は管理職や商人などのごく一部の仕事で必要な人しかできない。これを見た私がどうやって生活しているのかと驚いたのを今でも忘れられない。
「あっ、でも読めませんよ。王宮図書館に入れるのは貴族と宮仕えの人だけですから。あとは特例で貴族からの推薦状と国王の許可証がある平民も入れます。これをてに入れるのは至難の技です。色々手順を踏まなければなりませんから。」
────……………………へ?
ハイレルノハキゾクトミヤヅカエノヒトダケ……?それは何語ですか、院長先生。
────はい。ごめんなさい。呆けました。分かってます。分かってる。分かったって!そんなぁ~……。
ということは、今の私は歴史書さえもお目にかかれないということなんだ。一歩目からずっこけてるよ。っていうか、スタート地点にさえ立ててないよね、私。
仕方ないかな。取り敢えず……
宮仕えの侍女になろう!
「じゃあ、院長先生、私宮仕えの侍女になります。」
「…あ、そうですか。分かりました。応援しますよ。」
エルマー院長先生、反応遅れてるよ。その間は一体何だろね。
トゥーリたちが戻ってきたところで、今日する事の話になる。メリルとケイルはお使いに行くそうだ。ダンとフレアとディーンはお庭の掃除と花壇の世話だって。
じゃあ、トゥーリと私はって?エルマー院長先生は私の服がないことに気がついてくれていたみたいで、私の服をエルマー院長先生と買いに行く。良かった良かった。
◇◈◆◈◇◈◆
「こっちのはどう?」
トゥーリが涼しげな白いワンピースを持って来てくれた。今は初夏。6の月の後半だ。トゥーリの選んだワンピースはキャミソールになっていて、胸元のレースと小さなボタンが可愛い。私は一目でそれを気に入った。
「それにする!」
今のワンピースに加えてもう三着買ってもらった。ありがとう。院長先生。
帰りに町を案内してもらった。ついでにこの国についても。私は山の方から出てきたことになっているから、色々教えないと大変だって思ったんだろうね。お陰で迷うことは少なくなりそう。
この国については魔界にいた頃から知っている。200年前にフラウデン皇国からシェヘラザード王国へと改名した国だ。大戦の引き金となった国だったフラウデン皇国から。地理だってある程度理解してる。本で読んだからね。ちなみに孤児院のあるこの街は王都。ぅわお。私凄いところに転移してたみたい。
孤児院は王都の中でも南よりにある。北には貴族の住む区域があるんだけど、それは大きな大きな城壁に囲まれていて、その中に貴族の屋敷がある。そしてその中心にもうひとつ城壁があって、そこに王宮がある。
一言で言わせてもらうと、凄い。魔界の王城は城壁なんて存在しなかった。魔神王による結界が張られていたからね。結界は目に見えない。だから始めて見る城壁は圧巻なのだ。何て言うか仰々しいね。
それから目に入るものを、あれは何か、これは何かとひたすら聞いていると孤児院に帰り着いた。
◇◈◆◈◇◈◆
「ダン!ゆっくり!溢れちゃうから!」
「フッ、フレア!手!手、気をつけて!切れそうだからっ!」
トゥーリとディーンの焦った声が聞こえる。院長先生は何か行かなきゃいけないところに行っていて、今私たちは昼食の料理をしている……んだけど、さっきからダンとフレアが危なっかしくて仕方がない。
まだダンには包丁は危ないってことでトゥーリの指導のもと、サラダのドレッシング作りをしている。でも、思いっきりボウルの中身を引っ掻き回しちゃっているから今にも溢れそうになっている。当人は楽しそうでいいんだけどトゥーリはさっきから青ざめっぱなし。
フレアは庭で取れた野菜を短冊切りにしようとしているんだけど、何か上手くいかない。最初は両手で包丁を握って野菜に叩きつけようとしていた。慌ててディーンが止めに入って事なきを得たんだけど、次は野菜を片方の手で握って切ろうとする。もう怖くて見てられない。
ふとメリルとケイルの方を見ると、二人は市場で買ってきていたチーズの端っこをつまみ食いしようとしている。
「…メ~リ~ル~ケ~イ~ル~。なぁにやってるのかな?」
そっと後ろに回って声をかける。ここで声を低くするのがポイント。二人はビクッと肩を震わせると同時に手を引っ込める。
「ど、どうかした?」
「僕たち何もしてないよ!」
「そう。私たち何も食べてなんかないよ!」
「まっ、まだ触ってもないからね!」
「ねっ!」
まるで打ち合わせでもしていたかのように、ふるふると頭を横に振りながら声を上げる。その慌てっぷりまでもがそっくり。
「そうだよね。つまみ食いなんてしないよね!チーズの端っこならいいかな、なんて思わないよね!なんだ~。ごめんごめん、私の見間違いだよ~!」
ニッコリ笑ってそういうと次はコクコクと首が外れんばかりに頷く。見ててすっごく面白い。
さて、私はどうしよう。実を言うと私は料理をしたことがない。包丁なんて持たせてもらえなかったから。料理の仕方は知識としては知っているんだけど…。
目の前にある果物とにらめっこする。確か、これは皮を剥いて中の種を除いて切り分けるんだっけ。どうやって剥くんだろ。
────そうだ!魔術使えばいいんだ!
解決策を見つけ出して安心する。指先に魔力を集めて小さな刃を作り出す。その指で果物の表面をなぞると、するすると綺麗に皮が剥けていく。皮は薄くて、一本に繋がっている。台の上に置くと二つの渦ができる。
────やった!
そのまま八等分にして中の種を除く。これで完璧。
他の皆も何とか終わったみたい。皆で喜んでいるとグ~ギュルギュルル~と誰かのお腹が大きく空腹を訴えた。