授業開始!
う~ん、思うように進まない……。
リクリエーションの翌日。本格的な授業が始まった。実は私、座学に関しては授業免除されてるんだよね。入学試験の成績が良かったからだって。でも私は授業に出席している。イリアナ・ミル・アダルジーザとして次代を担う人間がどのような教育を受けているのか知る必要があるから。
解き終わった計算問題のプリントを眺めながら、このあとの授業について考える。私にとって一番大切な授業、歴史の授業があるのだ。一体いつ、誰が大戦についての歴史を捏造したのか突き止めなければならない。
そこまで考えてゆっくり顔を上げる。さっきからずっと私のことを見てる人がいるの。それも真左に。
「あの、ダリオン様。私に何かついてますか?」
周りに聞こえないようにこっそりと聞く。ダリオン様も既に解き終わっていて暇をもて余しているらしい。
「解き終わるのが速いなと思いまして。私は自分の計算速度に自信があったのですが、それをあっさりと越えられたので感心してしまいました」
そういうこと、なのかな?もっとなんか目が輝いていて何か聞きたそうにしている気がするけどな。ダリオン様がそう言うならそういうことにしておこう。
ちょうど右隣のリズも解き終わったみたい。私たち三人が解き終わったことに気付いたエカテリーナ先生が近づいてきた。私たちの回答にさっと目を走らせて軽く頷かれる。
私たちのクラスはエカテリーナ先生が算学、歴史学、地理学、マナーの4つの講座を受け持っているのだ。他教科はそれぞれ担当の先生が受け持つようになっている。
「周囲と交換してくださいな。採点を行います」
エカテリーナ先生が軽く手を叩いて合図をする。後ろの方から、まだ終わってないのに……、といった声も聞こえてくる。待って。私エカテリーナ先生からシックザント家で指導されてたときは、同じ計算量でももっと時間短かったよ?先生、私をどうしたかったの……。
「イリアナ嬢、私の分をお願いしても?」
ダリオン様からいい笑顔で頼まれる。リズと交換しようと思ってたのにな。戸惑ってちょっと困ったように笑うと、右側から冷めた声が聞こえてきた。
「イルの手を煩わせる必要はありませんわ。私がします。リズは私のをお願い」
背筋がゾクッとした。リズの方を向くと冷ややかな笑顔をたたえている。顔が笑ってるのに目が笑ってないよー!
しかもそのままさっとダリオン様のプリントを取っていった。余りの早業に驚く。今手の残像が見えたよ。
私の分をダリオン様にお願いしてリズの分を受けとる。エカテリーナ先生が正答を読み上げていくのに合わせて、赤インクで丸をつけていく。最終的に三人ともミスは一つもなかった。公爵家の人間だし、当たり前か。
◇◈◆◈◇◈◆
次の授業は語学の選択授業。私は二つの選択肢からフメラニア語という言語を選択した。正直ちょっと難しい。ただでさえ魔人族の文字とは違うシェヘラザードの文字に苦労したのに、また別の言語を覚えなければないらないのだから。シックザント家でエカテリーナ先生に教えてもらったときも苦労したんだよね。でも先生すごいんだよ。現地の人ですかって聞きたくなるぐらい流暢に話すし書くし読めるし。もうそれだけで尊敬できちゃう。
実はこれ、リズとダリオン様も一緒なのだ。リズはお母様が他国出身で、もう一つの選択肢であるトルスタリン語は家でも使っているから習う必要がないらしい。私は古い歴史書がフメラニア語で書かれていることが多いと聞いたのでこれを選択した。
「ダリオン様はなぜフメラニア語を?」
何故か私たちと一緒にいるダリオン様に尋ねる。私を挟んで隣にいるリズは、ダリオン様がいることを不快に感じているのか無表情だ。いつも優しい笑顔を絶やすことがないリズが無表情になっているのは初めて見た。
そんなリズを気にすることなくダリオン様は答える。
「私は叔母が他国出身で、話しているうちにトルスタリン語が身に付いてしまいまして。だからフメラニア語を選択したんですよ」
なんだかリズと似た理由だな。
「シェヘラザードには他国から嫁いでいらっしゃる方が多いのですね」
素直にそう言うと、ダリオン様は長い三つ編みを揺らしながら苦笑する。
「私とリズはいとこですよ。叔母はリズの母上です。リズから聞いていませんか?」
「ええ。言っていませんわ。言う必要性が皆無ですもの。マクラミン様」
すかさずリズが矢のように反応した。そんなに愛称で呼ばれたのが気にくわなかったのかな。名前じゃなくて家名で呼んでるし。不愉快ですオーラ全快だよ。いとこならどうしてそんなに目の敵にするんだろう。思っても聞かないけどね。いつかリズから聞けたらいいな。
「そうでしたか」
リズの嫌味が込められた言葉に笑うダリオン様。きっと私と会う前からこんなやり取りをしていたんだろう。慣れているように見える。でも、心なしか目が寂しそう……。二人の間に一体何があったんだろう。これもいつか聞けるといいな。
◇◈◆◈◇◈◆
さて、3時限目は魔術学だ。え?語学はって?特筆することがなかったんだよね。強いて言うなら語学の先生は毛髪に呪いをかけられたんだろうなってことぐらい。ね、特に必要ない情報でしょ?
これも選択授業で、私とリズは武術ではなくこちらを選んだ。ちなみにダリオン様が武術なのでリズはご機嫌だ。授業が始まると、早速実力を一通り見ておきたいという魔術学担当のマルクス先生の意向で演技場に移動することに。
「使える属性の魔術を見せてくれ」
先生がクラスBの人たちから順に指名していく。選択授業では私たちクラスAとクラスBが合同で授業を受けることになっている。入学試験の座学の成績だけで振り分けられたクラス順なので、魔術などの実技は、クラスAよりクラスBの方が高いことなどが普通にあるらしい。
順々にやっていくうちに、ちらほらと複属性持ちの生徒がいることに気づく。人間はほとんどが単属性だと魔界でお父様から聞いてきた。全ての属性を操る魔人族は人間からすると珍しいらしい。でも人間の王族などのレベルになると全属性持ちもいるって。
突然、前の方からどよめきが上がる。どうやら二つの属性を操る生徒は何人かいたけど、三つの属性を操る生徒は今魔術を披露している生徒が初めてみたい。
「さすがドリアヌス家の血だ」
そんな言葉が聞こえてきた。三属性を操った生徒はドリアヌスという家の令息らしい。クラスAでは聞かなかった家名だからクラスBの生徒なんだろうな。
クラスAの生徒に順番が回ってきて、リズの番が来た。リズも三属性を操り、みんなに感心されている。まあ、公爵家ということもあるから、さっきのドリアヌス家の令息のときよりどよめきは少ない。
そしてなぜだろう。私の順番は最後になってしまった。私が前に出ると、視線が集まる。初めて見るからだろう。シックザント家には今まで子供がいなかったのに、そのシックザントの家名を持った私が現れたのだ。珍しいのは無理もない。
「シックザント、やっていいぞ」
何故か意味ありげに声をかけてくるマルクス先生。おそらくエカテリーナ先生から情報がいっているのだろう。楽しそうにこちらを見ている。
私はちらりと壁にかかっている時計を見た。円形の演技場の壁にかかっているその時計は授業終了時刻の五分前を示している。これは一気に終わらせなければならないみたい。
「詠唱を覚えていないので魔術書を使わせてください」
「いいぞ」
先生に断って持ってきていた魔術書のてきとうなページを開く。生徒たちの方から鼻で笑ったり小馬鹿にするような声が聞こえてくるけど無視する。私が笑われているだけだから別に構わない。シックザント家を笑ったら怒るけどね?
「火、水、風、土の四大属性に命ずる……」
私の詠唱が始まった途端、生徒たちの声がピタリと止んだ。見てはいないけど、唖然としているのだろう。詠唱も覚えることができない無能な人間が出てきたと思えば、始めた詠唱は複合魔術。しかも四大属性だ。
「……我が魔力を糧にして我が願いに答えよ。ここに命の伊吹を司りし者を」
詠唱が完了すると、四人の精霊が現れた。四大属性を司る精霊の長、つまりはそれぞれの属性の精霊王たちだ。
『久しいな、リーナよ』
『会いたかったわ。最近呼んでくれないんだもの』
『リーナ姉ちゃん今日は何?何?何して遊ぶの?』
『リーナ、久しぶりだね』
それぞれの精霊王たちは好き勝手に話し出す。と言っても聞き取れるのは魔人族である私だけだ。もしくは人間で言う古語を理解できる人間だけだ。
私は念話を発動させて事のあらましを伝える。すると四人はすぐに理解してくれた。その代わりまた呼んでね、だって。
四人が好き勝手に遊び始めると、それを放置したまま魔術書のページを捲り、次の詠唱に移る。
「光、闇の二大属性に命ずる……」
そして発動したのは空間魔術と呼ばれる魔術の一種。発動を終えるとちょうどいいタイミングで授業終了の鐘が鳴った。
発動中の魔術を消して精霊たちに別れを告げると、マルクス先生が放心状態の生徒たちをまとめて解散となった。
「イル、すごすぎるわ。言葉が出なかったもの」
駆け寄ってきて声をかけてくれたリズにお礼を言いながら演技場を後にする。そのとき私は、私に向けられていた鋭いし視線には気づかなかった。
リズ、何があったかは知らないけど(いや、作者だから知ってるけどさ)、ダリオンの気持ちを察してあげて……。
次話から魔術学メインで話が進んでいきます!




