9.新婚生活
「……んんっ……」
眩しさを感じ目を覚ます。これだけ明るいということは、また寝過ぎてしまったのかもしれない。
起きなきゃっと思いながらも、何だか気だるくて体を起こすのが面倒だ。
「ふわぁ……」
欠伸を一つして寝ている間に固まった体を伸ばす。
あっ!!
レイモンドのクスクス笑う声で、一気に目が覚めた。
「ソフィーの欠伸は世界一可愛いね」
レイモンドがちゅっと音を立てて私の瞼にキスをした。
結婚式から数週間、レイモンドとの新婚生活は順調だが、一緒に寝るのだけは未だに慣れそうもなかった。
「おはようソフィー。今日も最高に可愛い寝顔だったよ」
レイモンドはそう言うと、今度は私の頬にキスをした。
「ソフィーの寝顔は天使、いや女神のようだよ。こんなに美しい寝顔を毎日見れるなんて幸せだね」
そんな大袈裟な。
真面目な顔をしてそんな事言われたら、私の方が恥ずかしくなってしまう。
「もぅ! 寝顔は見ないでって言ってるのに!!」
私がどんなにぷぅっと膨れても、レイモンドは私の寝顔観察をやめてくれそうもない。それどころか、私がむくれるのを見て楽しんでいるような気もする。
「あぁ本当に、ソフィーの怒った顔はたまらないね」
私の方を向いて肘枕をしたまま、レイモンドが反対の手で私の髪に触れた。腕を伸ばしたせいか、はだけた夜着の隙間からレイモンドの厚い胸板が見える。
一体何を食べたらあんなに色気が出るのかしら?
目のやり場に困ってレイモンドと反対の方へ寝返りをうつ。
「きゃっ!!」
背後から伸びて来た腕につかまり、あっという間にレイモンドに腕の中に閉じ込められてしまった。背中にレイモンドの逞しい胸板を感じ鼓動が早くなる。
「ソフィー」
色気のあるレイモンドに耳元で名前を呼ばれると、頭がぼうっとして何だか気持ちよくなってしまう。
ダメダメ!!
このままじゃ、またレイモンドに流されてしまう……
体をよじり、レイモンドの束縛から逃れようとするがうまくいかない。
「だ~め。逃がしてあげないよ」
レイモンドが私を抱く腕に力をいれた。これじゃ逃げ出すどころか、身動きすらとれそうもない。
「そんな事言わずにそろそろ起きなくちゃ。今日は大切なお茶会の日なんだから」
今日のお茶会にはアルフレッドとイザベラ王女を招いているのだ。
「やっぱり納得いかないわ」
一緒に朝食をとるレイモンドに、つい愚痴を言ってしまう。
「イザベラ王女の気持ちを私じゃなくて、レイ知ってるなんて悔しい」
レイモンドから、イザベラ王女がアルフレッドのことを好きだと聞いたのは5日前のことだ。
小さい頃から親友だと思っていたイザベラ王女の気持ちに気がつかなかったことが本当に悔しかった。
「仕方がないよ。イザベラ王女だってソフィーにだけは知られたくなかったんだと思うよ」
アルフレッドとの婚約話が出た私に言うのは辛かったのかもしれないけど、やっぱりイザベラ王女の恋心に気づいてあげられなかったのは残念でならない。
「今日は二人の関係が進展するように一緒にがんばろう」
まだむくれている私に、レイモンドは優しく笑いかけた。
☆ ☆ ☆
「ソフィア、久しぶり」
「お久しぶりです、イザベラ王女」
「新婚生活はどう? そろそろレイモンドに飽きてきたんじゃないの?」
イザベラ王女はセピア色の大きな瞳をクリクリさせてお茶目に笑った。
「一生飽きさせませんから、ご心配なく」
いつの間にかすぐ後ろに立っていたレイモンドが私の肩に両手を置いて、イザベラ王女に挨拶をする。
と、そこへアルフレッドがやって来た。
「今日はお招きありがとう。これ、ソフィアにお土産」
ポンっと手に乗せられた四角い箱を開けてみると、中にはブラウニーが入っていた。
「おいしそう……」
思わず声が出てしまった。
「ブラウニー好きだったよね? 料理長にソフィアの好きなくるみをたっぷり入れてもらったから……」
本当に美味しそうなブラウニーに目が釘付けになっていると、ヒョイっと箱が取り上げられてしまった。
「後でサラに切ってもらおうね」
レイモンドが私から奪いとった箱を侍女のサラへ渡す。
そんなレイモンドの様子を見てアルフレッドはフッと笑った。
「おい、レイモンド。あんまり嫉妬深いとソフィアに愛想つかされるぞ」
アルフレッドの冗談に、レイモンドの顔がかっと赤くなった。
うわっ!? 何あの顔、めちゃくちゃかわいいんだけど!!
いつもと違い、幼い少年のような表情のレイモンドはとても新鮮だ。やはりアルフレッドの前では弟の顔に戻るのかもしれない。
っと、いけない、いけない。本来の目的を見失うところだった。今日はアルフレッドとイザベラ王女がうまくいくようがんばらなくては!!
4人でテーブルを囲みながら会話に花を咲かせる。
困ったわ……
レイモンドに求婚されるまで恋愛に縁のなかった私には、二人をくっつけるために何をしたらいいのかさっぱり分からない……
「それにしても、二人がここに住むとは思わなかったわね」
イザベラ王女の言葉にアルフレッドも頷いた。
ここ、というのは私が結婚前に住んでいた屋敷のことだ。私達は今、私の両親の屋敷で新婚生活を送っている。
「私は夜帰れないこともあるからね……可愛い奥さんが一人だと思うと心配で仕事なんてできやしないよ」
レイモンドが私を見つめながらそっと手を握った。
「ちょっと……見つめあうのは二人きりの時にしてくれない?」
呆れたようなイザベラ王女の視線を感じて恥ずかしくなってしまう。
「……そう言えば、アルフレッド様はトリスマチラン王国の方に求婚されたとお聞きしたのですが……」
しまったぁぁぁ!!
私ってば、馬鹿じゃないの!? イザベラ王女とアルフレッドの仲をとりもとうとしているのに、他の女性の話なんかしてどうするの!!
話題を変えたくて、考えなしに口に出してしまった事に激しく後悔する。アルフレッドとイザベラ王女の雰囲気が少しだけ固いものになった気がした。
「……その話はお断りしたよ」
アルフレッドは優しい微笑みを浮かべた。
「やっぱりこの国が好きだからね。これからもこの国の騎士として生きていくつもりだよ」
「もったいないわねぇ。あんなにかわいいお姫様と結婚できるチャンスだったのに」
あれ? あれれ?
イザベラ王女は心底もったいないという顔をしてるけど、これは演技なのだろうか?
だめだ……
やっぱり私にはイザベラ王女の気持ちが全く分からない。イザベラ王女は本当に、アルフレッドのことを好きなのだろうか?
「ふっ」
小さな笑い声のような物が聞こえ顔をあげると、私と目が合ったレイモンドが口元を押さえて咳払いをした。きっとレイモンドは、悩める私の姿を見て笑っていたに違いない。
もうレイモンドってば!!
私の非難めいた視線を受け取ったレイモンドの目尻が下がる。私は睨んだつもりだったのに、デレるってどういうことよ。
そんな私とレイモンドの無言のやりとりには触れる事なく、アルフレッドが口を開いた。
「かわいいお姫様と結婚するより、この国でじゃじゃ馬姫をお守りする方が私は幸せなんですよ」
その瞳はまっすぐにイザベラ王女を見つめている。
「なっ!? じゃじゃ馬姫って誰の事よ!!」
口調はいつも通りだったが、ぷいっと背けたイザベラ王女の顔は誰が見てもはっきり分かるほどに真っ赤だった。
こんな可愛いらしいイザベラ王女を見るのは初めてで、見ている私までつられて赤くなってしまう。
「……どうすれば二人はうまくいくのかなぁ?」
結局二人の距離を縮めることができないまま、お茶会は終わってしまった。はぁっと大きなため息をつく私に、「本人同士が素直にならないんだから、うまくいかないのは仕方ないよ」とレイモンドはあっさりだ。
それはそうなんだけど……
「レイも見たでしょ。アルフレッド様がイザベラ王女を見つめる時のあのお顔。あんなに優しい瞳で見つめているなんて……うっとりしちゃう」
目は口ほどに物を言うとはこのことかと思うほどに、イザベラ王女を見つめるアルフレッドの瞳からは、イザベラ王女に対する愛情がダダ漏れだった。
「アルフレッド様もあんなに分かりやすい顔をしてるくらいなんだから、さっさと気持ちを伝えちゃえばいいの……んっ!!」
不意にレイモンドによって唇を塞がれた。突然の口付けに驚いてレイモンドの体を手で押しのける。
「レイ、ちょっと待っ……んんっ」
逃げようとする私の言葉も呼吸も食べ尽くすかのように、レイモンドが激しく私の唇を奪う。
「私以外の男にうっとりしたお仕置きだよ」
離れた唇の隙間から、レイモンドの囁きが聞こえる。
こうなると私の負けだ。レイモンドのキスに抗えるはずがない。強引で刺激的なキスが私をとろけさせていく。
「仕方ないなぁ。ソフィーがこのまま兄の事で悩むのは癪だから、奥の手を使おうかな」
奥の手って、何する気なの?
そう尋ねる前に、再び唇を塞がれてしまいう。レイモンドの愛情のこもったキスにとらえらた私は、もうレイモンドのこと以外何も考えられなかった。




