6.パーティの夜
あぁ、こんな雰囲気なんて久しぶり。
トリスマチラン王国との国交150周年記念で催された夜会は、とても盛大で賑やかだった。最近レイモンドが忙しかったのは、この記念行事のためだったと聞いている。
私はこういった人の多い夜会があまり好きではない。前世の記憶が戻った当初、混乱して何度かヘマをやらかしてしまったのだ。
これ以上私の言動で父の侯爵としての評価を下げてしまうわけにはいかない。どうしても出なくてはいけない夜会では、特におしとやかにぶりっ子を……そう心がけている。
そんな私でも、ダンスにだけは自信があった。できればレイモンドと踊りたいが、会場警備で忙しいだろうか? 仕事なのは分かってはいるが、一曲踊って欲しいとお願いすることくらい、許されるだろう。
うふふ。レイモンドは何か言ってくれるかしら?
今日は淡いピンクのドレスを着てきた。長い髪は軽く編み、花飾りをつけ、いつもはつけない宝石類も身につけている。自分ではかなりいい感じに仕上がってると思うんだけど。
レイモンドに可愛いと言ってほしい。期待に胸を膨らませながら、人の溢れる会場の中でレイモンドの姿を探した。
なのに……困ったことになってしまった。
レイモンドの姿を見つける前に、見知らぬ男性に捕まってしまったのだ。しつこくダンスに誘ってくるけど、なんとかならないかしら?
トリスマチラン王国の方だろうが、誘いを断ってもいいのだろうか?
もし高い身分の人なら、断っては失礼になってしまう。
悩んでいると、
「失礼、彼女は私の連れなので……」
そっと肩に手を置かれた。
私を助けてくれたのは、レイモンドの兄のアルフレッドだった。
「アルフレッド様、ありがとうございます。助かりました」
「久しぶりだね、ソフィア」
アルフレッドの笑顔はとても穏やかだ。
「せっかくだし、踊ろうか」
優しく差し出されたアルフレッドの手をそっととった。
「レイモンドとのことは聞いたよ。弟のことよろしく頼むね」
アルフレッドの優しい微笑みにつられ、私も笑顔になる。
「アルフレッド様がお兄様の顔をしてらっしゃるところなんて、初めて見ましたわ」
アルフレッドは楽しそうに声を出して笑った。
「レイモンドは君のことが本当に好きだったから、私も二人の婚約が本当に嬉しいんだよ」
そんな風に言われると何だか照れてしまう。
曲が終わり、私達のダンスも終わる。
「これからもよろしくお願いしますね、お義兄様」
アルフレッドはふっと笑い、そっと私の手にキスをした。
モテるわけだわ……
アルフレッドのあまりにスマートな仕草に、令嬢達が群がるのも無理はないなっと納得する。去っていくアルフレッドを見送り、今度こそっと愛しい人の姿を探す。
レイモンドはどこかしら?
また知らない人に話かけられる前に見つけなきゃ。
会場内を見回すと、こちらを見ているレイモンドとイザベラ王女が目に入った。近づいて二人に挨拶しようと思ったのだが、何だか様子がおかしい。
「ごめんねソフィア……私、もう行かなきゃ……」
そう言うと、イザベラ王女は私と目も合わさず立ち去ってしまった。
何かあったのかしら?
「イザベラ王女はお疲れなんだよ。ほら、挨拶とか色々気を使うから」
レイモンドはそう言ってるけど……
う~ん。どんな時でも自分を貫くイザベラ王女が、挨拶ごときで気疲れとかありえるのだろうか? きっと何かあったのだろうが、私には言えないことなのかもしれない。
「レイも疲れてない?」
いつもより暗い表情のレイモンドが気になり、そっと頬に触れた。レイモンドがビクっと体を固くしたのを感じ、パッと手を離す。
「ごめんなさい」
「いや……」
レイモンドが私の両手を掴んだ。
「……」
二人の間に沈黙が流れる。
本当にどうしたのだろう?
レイモンドの表情は複雑すぎて、いつものように感情が読めない。
「レイ、私と踊ってもらえますか?」
今これを言っていいのかの分からないが、沈黙に耐えられず切り出してみる。
「喜んで」
レイモンドに少しだけ笑みが戻った。
自分で誘っておいてなんだけど……レイモンドと踊るのって非常に緊張する。
私は上手に踊れているかしら?
腰にまわされたレイモンドの手を意識してしまって、なかなかダンスに集中できない。今までダンスなんて何百回もしているのに、こんなことは初めてだ。
「ごめんねソフィー、私はダンスはあまり上手くないんだ。私とじゃ踊りにくいよね?」
私が体を固くしているのに気づいたのか、レイモンドが申し訳なさそうな顔をしている。
私のダンスがぎこちないのはレイモンドのせいだが、レイモンドが思っているような理由ではない。
「そうじゃなくて……」
恥ずかしくてレイモンドの顔を見れない。
「好きな人とダンスをするのは初めてだから緊張しちゃって……」
レイモンドの手に少しだけ力が入った気がした。
「ソフィーには敵わないな……」
ボソっとレイモンドがつぶやいた。
「えっ」
うまく聞き取れずレイモンドの顔を見つめる。私を見るレイモンドの眼差しはとても優しい。
「ソフィー、愛してるよ」
! !
こんな時にそんな事言うなんて……
嬉しさと緊張と何だか色んな感情が混ざり合って、とにかくぐちゃぐちゃだ。何故だか瞳にじんわりと涙がにじんでくる。
最後まで優雅とは言い難かった二人のダンスは幸せな気持ちで終了した。
☆ ☆ ☆
「ねぇ、レイ……」
「なんだい、ソフィー?」
「これって絶対におかしいわ」
夜会が終わるのを待たず、送ってくれると言うレイモンドと一緒に屋敷に戻ってきた。何となく離れがたかったので、私の部屋で少しだけお話することにしたのだが……
どうしてこうなっちゃったの?
レイモンドは長椅子に腰掛けると私を膝の上に座らせた。まるで座ったままお姫様抱っこされている感じで恥ずかしい。こんな状況は心臓に悪すぎだ。
「お願い……おろして……」
「ダメだよ」
レイモンドはいたずらっ子のような顔で楽しそうに言った。
「やきもちをやかせた罰だよ」
左耳に触れそうな程近くで囁かれる。耳にかかる息で体が固まり、緊張で口から心臓が出てきそうだ。
それにしても……
「やきもち?」
思い当たることがないんですけど……
う~んと考えこんでしまう。
「ソフィーが私を見ていなくても、私はソフィーの事をいつも見ているからね」
レイモンドの言葉に、ぞくっと鳥肌が立つ。さっきとは全く違う真面目な顔をして私を見つめている瞳が、レイモンドが本気である事を表していた。
今日の私の行動の中で、レイモンドがやきもちをやきそうなことはあっただろうか?
まさかとは思うけれど……
「くるみパンのこと?」
「はっ?」
レイモンドから変な声が聞こえた。
よかった。意味が分からない所を見ると、見られていたわけじゃないようだ。
「くるみパンって、一体何のことだい?」
「な、なんでもないの」
しまった。余計な事を言ってしまったみたいだ。
「教えてくれないのかい?」
言いたくありません……が……
近い、近すぎる!
レイモンドは微笑んではいるが、私を見つめている表情は隠し事は許さない、そう言ってるかのようだ。
「くるみパンにやきもちやいてるんじゃないかと思ったの。私、今夜食べすぎちゃったから……」
さすがにレイモンドが、パンにまで嫉妬するわけないか……自分で言っててバカバカしく思えてきた。
「食べすぎって何個食べたの?」
レイモンドはとても楽しそうだ。
「3個だけ」
本当は5個だけれど、ちょっとだけ減らして言ってみる。5個食べたなんて、食い意地はってるみたいで言えやしない。
「そんなに美味しいくるみパンがあったなら、私も食べればよかったな」
私の食べた数を特に気にする風もなく、レイモンドは笑った。
「他には思い当たる事ない?」
そう言って、レイモンドは私の手の甲にそっとキスをした。
「あっ!!」
思わず声が出てしまった。
「やきもちって、もしかしてアルフレッド様と踊ったこと?」
「当たりだよ」
「でもアルフレッド様はあなたのお兄様だし……」
「分かっているよ」
切ない表情を浮かべるレイモンドはとても綺麗で胸がキュンとなる。レイモンドが私の頬に触れ、優しいキスをくれる。
「かっこわるいね……でもソフィーのことになると余裕がなくなってしまうみたいだ」
苦笑しながらレイモンドは私の髪に触れ、前になびく髪をそっと耳にかけた。その自信のなさそうな姿は、いつも余裕たっぷりのレイモンドとは別人のようだ。
「今すぐに結婚できればいいのに……そうすれば、ソフィーは私だけのものなのに」
私の肩に額を置いてそう呟いたレイモンドの事を、とても愛おしく感じた。
「もう私はレイだけのものよ」
一緒にダンスをして緊張するのも、胸が痛いくらいドキドキするのも、会えないと寂しいのも、全部レイモンドだけだ。それを伝えたくて、私はレイモンドの頬にそっとキスをした。
か、かわいい!!
真っ赤になったレイモンドを見るのはなんだか嬉しい。だって私がレイモンドにこんな顔をさせているのだから。
「嬉しい。ソフィーから初めてキスしてくれたね」
ギュッと抱きしめられると、今度は私が真っ赤になる番のようだ。
「あぁ、このまま戻りたくないな」
レイモンドはこの後、また夜会へ戻らねばならないのだ。
「お仕事頑張ってくださいね」
レイモンドが頷き、二人の視線がぶつかった。レイモンドの熱を帯びた瞳に見つめられていると、体が燃えるように熱くなってくる。
「レイ……んっ……」
優しいレイモンドの口づけに体中の力がぬけてとろけてしまいそう……
あぁ……ずっとこうしていたい……
レイモンドが言うように、今すぐ結婚できればいいのに。そうすればこのまま離れずにいられるのに。
繰り返されるレイモンドのキスに夢中になりながら、私は幸せと興奮でいっぱいだった。




