4.イザベラ王女の憂鬱
イザベラは遅い朝食を済ませ、のんびりと本を読んでいた。そこへソフィアからのメッセージが届く。
ソフィアから会いたいと言ってくるのは珍しい。きっとレイモンドの事だろう。
よくもまぁこの10年間、ソフィアに秘密にできたことだ。自分もレイモンドも、彼女の周りの者達も、ソフィアには知らせないようにしてきた。けれどもソフィアも全く何も気づかないなんて、鈍すぎる。ふふっとイザベラは笑った。でもそれがソフィアのいい所かもしれない。
イザベラとソフィアが友人になったのは、3歳だったか4歳だったか……とにかく思い出せないくらい昔のことだ。
けれど国王である父の友人の娘であるソフィアが、イザベラの遊び相手として王宮へ連れて来られた時の事はよく覚えている。
ソフィアは昔からよく笑う子だった。自分が王女らしからぬ振る舞いをしても、他の子のようにひきつった愛想笑いではなく、本当に楽しそうに笑いとばしてくれた。その笑い声に何度救われたことか。それは今も昔も変わらない。
「お出かけ日和ですね」
馬車の前でイザベラを待っていたのはレイモンドだ。
また護衛を押し付けられたのね……
イザベラは少しだけ申し訳なく思った。
王女であるイザベラが外出の際は護衛がつくのだが、気になる物があると馬車を出てしまうイザベラは、騎士達に快く思われていなかった。
「じゃじゃ馬姫」
騎士達が自分の事をそう呼んでいるのも知っている。そのためイザベラとは旧知の仲であるレイモンドがお供の役を押し付けられることが多かったのだ。それはレイモンドが団長になった今も変わらない。
「ソフィアの所に行くわ。何か話があるみたい」
何の話でしょうね……とレイモンドは面白そうに笑った。レイモンドがソフィアに求婚した事はもちろん知っている。その話だと分かっているのに、とぼけた様子のレイモンドが気にいらない。
あんなにチビだったのに、ずいぶん生意気になったものだ。10年前は自分より小さかったレイモンドの端整な横顔を見上げる。
ああ……やっぱり似ている……
ツクンと胸が痛んだ。イザベラは心の中で静かに思いを寄せる人の名を呼んだ
……アルフレッド……
「アルフレッドとソフィアが婚約することになった」
そう父から言われたのはイザベラが14歳の時だった。父の言葉に頭の中が真っ白になる。
優しくてたくましいアルフレッド。そのアルフレッドにイザベラは密かに恋をしていたのだ。
大好きなアルフレッドが親友のソフィアと結婚する。こんな恐ろしいことはない。しかしイザベラにはどうすることもできなかった。できるのはただ、二人の婚約がなくなることを祈ることだけだ。
そんな時だった。学園のテラスでいつものようにお茶を飲んでいると、木々の間からこちらをのぞいている怪しい少年を見つけた。
ソフィアを見ているのね。
その子が誰だかは知っていた。レイモンド ブルースター。アルフレッドの6つ年下の弟だ。兄の婚約者を見に来たのだろう。ソフィアには気づかれないよう笑ってはいたが、イザベラの胸は悲しみで張り裂けそうだった。
毎日毎日飽きもせずやってくるな……
レイモンドの姿を初めて見かけてから何日たっただろうか……
毎日のようにソフィアを覗きにやってくるレイモンドを、半ば呆れたように見つめる。
目の前に座るソフィアはそんなイザベラやレイモンドに全く気付かない様子でお菓子を食べている。その幸せな様子にイザベラの心は癒される。その時、ソフィアの笑顔にレイモンドが表情を和らげた。
あれは恋をしている瞳だ。あの子も私と一緒で、告げることのできない想いを胸に抱いている。
なぜだか急に親近感が湧いてきた。レイモンドと話してみよう。何かが変わる予感を胸に、イザベラはすぐさま行動を起こした。
レイモンドに会いに行くと、そこにはアルフレッドもいた。アルフレッドに会えた嬉しさで幸せな気持ちになる。
イザベラがアルフレッドのことを好きだと知られてしまえば、彼女を愛してやまない父や兄は、すぐさまアルフレッドをイザベラの婚約者にするだろう。
そんな事は絶対に嫌だ。政略結婚が当たり前の家柄だとしても、自分のせいで大好きなアルフレッドに悲しい思いをさせるのは絶対に避けたかった。
風変わりだと皆に一歩も二歩も引かれている自分の婚約者なんて……迷惑がられるくらいなら、このまま密かに見つめている方が幸せだ。
自分の想いを告げられなくてもいい。
見つめているだけでもいい。
いつか誰かと幸せになってほしい。
でも……私の大好きなソフィアを愛する姿だけは見たくない。
馬車に揺られながら、イザベラは昔を思い出していた。自分はレイモンドの純粋な恋心を利用して、アルフレッドとソフィアの婚約をつぶしたのだ。
レイモンドに協力したのは自分のためだったと分かったら、ソフィアは私を軽蔑するだろうか……?
イザベラを迎えるソフィアの笑顔は、いつもと変わらず明るくてほっとする。イザベラの後ろにレイモンドの姿を見つけ、少し嬉しそうだ。ソフィアも満更でもないのかも知れないと思うと、イザベラは安心した。
このまま二人がうまく行けばいい。そうすれば、自分のしたことを責められることはないだろう。
テーブルは、プチトマトが山積みになっている。私がトマトを好きだと言ったら、自分で育てたトマトを食べさせてくれる友達なんて、ソフィア以外にはいないわ。
どうか大好きな親友が幸せになってくれますように……イザベラは心から祈るのだった。




