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それから騎士団の出発まで2週間お互い怒涛のように忙しいというのにエリオットは隙間を見つけてはアルタを説得しようと必死に言葉を重ねた。
危険だ、おまえはうちの領地に来た事ないからどれだけ危険を伴うのかわかってない、しかも先発隊に混ざって森の調査に行くなんて命知らずもいいとこだ、その辺の男に変えてもらえ、魔物と対峙したことがあるのか、おまえが想像も出来ないぐらいその、なんかグロくて怖いんだぞ
わかってる、どんなにグロくて怖かろうがその辺の男に比べたら私の方マシだわ、忘れたの?あんた16歳まで私に一度も乗馬や狩りで勝ったことなかったの、前線で戦うわけじゃなくてあなた達騎士に守られながら土地の調査をするだけよ、怪我しないようにエリオットが守ってくれればいいわ
言ったことを全て打ち返され追い討ちの一言で何も言えなくなってしまったエリオットは結局しぶしぶアルタの同行を許した。まぁエリオットの許しがあろうとなかろうとすでに決定事項である人材派遣が変わることはないのだが。
とばっちりで貶された研究室にいたその辺の男達はなんとも言えない顔で2人の会話聞いていた。実際、研究室から同行するアルタともう1人補佐役の人選はいざという時、騎士団に負けず劣らず馬に乗れるという条件で選ばれた為、あながち間違えてもいなかったのである。
そしてエリオット率いる騎士団が帰還するまで2年、エリオットは常に前線で戦い、アルタの調査には必ず自分が同行し、護衛役を誰にも譲らずアルタ・スウェーグの側にぴたりと張り付いてるその姿はいつのまにか領地での名物と化していた。
魔物の凶暴化
これには一つ見つかった魔道具が魔力を土地から吸い上げ増幅させる作用があることがわかり、さらにそれが隣国から持ち出されたということがわかった。
隣国とは始まりの森の向こう側にある魔術の盛んな小さな国だと言うがその全貌はほとんど知られることなく、辿り着こうにも魔物が生息する森を抜けねば行けず、さらに国の周りには深い霧が人を惑わすという。50年以上公益もなく、いままで公式に人や手紙を送っても鳥も人も帰ってこない。
森の中腹の土地を調べた結果、隣国に近づくほど魔力が漏れ出しており、あったはずの霧はなくなっていた。
どうやら隣国は数十年前に王族による内乱が起こり、その頃から半壊状態であったらしい。国民が逃げようにも大半の国民は森が深く逃げられず、だんだんと魔物からの防衛も難しくなりついに数年前防衛壁が崩壊し、壁に埋めていた魔道具もいつしか獣や人に掘り起こされ、あちこちの森に点在していた。
アルタの仕事はそれを地道にひとつひとつ魔術探知で探し、無効化していくことだった。
それを繰り返すうちに魔物の凶暴化は少しずつ収まり、領地内で魔物の被害がほとんど出なくなるまで2年が経過していた。途中から研究室からの人数を増やして探索したがやはり魔物を討伐しながらというのは時間のかかる作業であった。
発見した魔道具の使用や改造はこの国では難しく、おそらく過去の遺物として処理されることになるだろう。
これから国としては隣国で生き残った人達の支援をしながらこの国にはない魔術の研究にも力を入れる予定のようだ。
「帰るの思ったより時間がかかっちゃったわ…」
「それは仕方がないだろう。まさか隣国があのような事になってるとは誰も思わなかったのだから」
2人は2年半前に王都から来た道を今日は揺れも最小限に抑えられたフカフカの馬車に乗って王都へと目指している。
エリオットは騎士団が帰還した後も負傷者の治療やこれから流民を受け入れる為の護衛や国境の警備の為に派遣されてきた別の小隊への引き継ぎの為半年程領地に残っていたが、母に再三王都への帰還をうながされ今日日2人で帰宅する所であった。
「次の町が見えてきたぞ。そろそろ休憩にしよう」
「また?さっきもしたじゃない。まだいいわよ、王都まで3日で行けるのにやたら休憩するからもう5日も立ってるのよ。あと半日もかからないんだからさっさと帰ったほうがエリーも休めるんじゃないの」
「だめだ、なにかあったらどうする。それにこの旅は悲しいことに新婚旅行も兼ねてるんだぞ!目一杯長引かせてやる!!」
狭い馬車の中、エリオットは力強くアルタの手をとり正面から隣へと移動してくる。あまりの暑苦しさにさりげなく距離をとるがすかさず詰められた。
「いくら安定期に入ったからといって無理をするのはよくないだろう。今日は次の町に泊まろう。アルタが好きな鮭が美味しい店があってだな」
そう言って今日も今日とてウキウキと浮かれてるエリオットを横目にアルタは妊娠6ヶ月目に入り出てきたお腹を撫でた。
妊娠がわかったのは4ヶ月前だった。実を言うと2ヶ月程月のものが来ていなかったが戦地を出入りしてる間にもよく来ないことがあった為気にしていなかった。だがどうにもここの所あまり食欲もなく、ふとした瞬間に吐き気があるなと思っていたらエリオットがえらく慌てて医師を呼んできたのである。
妊娠していることがわかるとエリオットは大号泣し、それをたまたま見た使用人が離婚の危機かと勘違いして慌ててマーテス侯爵を呼びに行き、それを聞いたマーテス侯爵が部屋に突撃してくるという、もう屋敷中が大騒ぎであった。
2年半前、アルタも騎士団に同行する直前、エリオットと共にエリオットの母、侯爵夫人に挨拶をした。
「アルタにプロポーズした」
出発前にマーテス家邸宅に呼ばれ、夕食を食べていたところエリオットが肉を切り分けながらなんてことない声音で爆弾を落とした。
それに思わずむせたのはアルタだけでマーテス夫人もエリオットの弟夫婦も大きな動揺は見せなかった。
「ようやく…」「一体何年かかったのか…」「おめでとうございますエリオットぼっちゃま!」「でもOKもらえたとは限らないわよ」「流石にこの流れで振られてたらなんてお声をかければいいのかしら」「でも兄上だったらありえる」
使用人も混ざりひそひそと囁き合う中、夫人がドンっとグラスを置いた。
「それで、アルタちゃんにお返事は貰ったの?」
「もちろんだ。アルタは俺のお嫁さんになる」
「まぁ、まぁまぁまぁ素敵!!籍はいつ入れるの?」
上品に口元をハンカチで拭いながらキラキラと目を輝かせる夫人にアルタは口をはくはくと意味もなく動かすことしか出来ない。
「明日にでも、と言いたいが2日後には出発しなければならない。それにアルタの母君や父君にも挨拶をしなければ」
至極真面目な顔で切り分けた肉の皿をアルタの皿とさりげなく変えているエリオットに一言言ってやりたいが咄嗟の言葉がでない。そういう話をする時はアルタにも許可を取るべきじゃないだろうか。そのドヤ顔はなんだ。
「あら、じゃあ今日中に手紙を書きなさい。わたくしの手紙と一緒に出すわ。アルタちゃんも心配しなくてもいいのよ。わたくしに全て任せてちょうだい」
「おめでとうアルタさん。いや、義姉上」
アルタは、満面の笑みを浮かべエリオットと同じ翡翠色の瞳で見つめる2人に、結局礼を述べるだけで精一杯だった。
それから半年後マーテス領に1通の手紙が届いた。
“愚息と愛しいアルタちゃんへ
アルタちゃんのお母様とお父様は快く結婚を認めてくれました。
なので愚息に任せているときっと何年も後になるだろうからわたくしがアルタちゃんの籍を入れときました。
さらに愚息に任せているときっと一生手を出せないでしょうからマーテス領の屋敷の部屋も同じ部屋にしとくよう旦那様に伝えました。
指輪ぐらいは自分達で選びたいだろうと思っていたのだけれど愚息の部屋からやたら細かく描き込まれた結婚指輪の注文書が出てきたので一応その通りに発注して作って貰ったのを一緒に送るわね。あとおそらく何年も渡せなかった外箱がすり減った婚約指輪も引き出しから出てきたから同封します。気に入らなかったらエリオットにきちんと文句を言ってくださいね。
驚かせてごめんなさい。アルタちゃんが娘になる日を心待ちにしていたので本当に嬉しく思います。ちょっと気持ち悪い息子だけれどこれからもエリオットをよろしくね。
王都に戻ってきたら盛大な結婚式をやりましょう。
どうかご無事で”
気になるとこは多数あれど手紙を呼んでじんわりと胸が温かくなっているアルタの横でエリオットが顔を真っ赤にして震えている。
「違うんだ!これはプロポーズしてから考えたデザインで別に前からアルタとの結婚式を妄想して考えてたとかじゃなくてうわー!」
同封された箱を抱えたまま1人でぶつぶつと何か言い訳を始めたエリオットは叫びながら1人で部屋を飛び出して行った。その背中を見送りながら気にする所はそこじゃないだろうと呟いたアルタの声は誰に聞かれることはなかった。
本人達が知らない所ですでに結婚していた2人であったが、さすが母親というべきか邸宅の部屋を同じ部屋にしたにもかかわらずヘタレエリオットがアルタに手を出したのはその一年以上後であった。けじめだとかなんとかいいながら騎士団の帰還命令が出るまで同じ部屋で過ごそうが同じベットで寝ようが何もしないエリオットにそういう人もいるんだなと納得しかけていたアルタには逆に手を出されたことに衝撃を受けたほどだった。
そして妊娠がわかってからというものマーテス夫人からは安定期に入ったらエリオットを置いても王都へ帰ってきて王都の我が家で出産したらどうかと手紙を貰っていた。
どうやら実の母もそれに合わせて王都へ来る予定らしく頻繁に手紙のやり取りをしていた。
それに異議を申し立てたのがエリオットだ。なかなか休みもとれず、なんとか自分だけが置いていかれる状況にならぬよう上司であるマーテス家長男オルガランへ毎日のように手紙を書き、ついに入れ替わりで帰れることが決定したのである。エリオットについてマーテス領に残って仕事をしていたアルタも後任が決まりようやく帰路についたのだ。
けれど王都についた後の長期休みの許可は降りず、アルタの故郷へ挨拶にいくのももっと後になりそうだ。おそらく産まれる前には難しいだろう。それが大変不満なエリオットは貴重な2人だけの時間をなんとか引き延ばそうとあがいているところであった。
「アルタ、腰は痛くないか?ついたら少し歩くか?それとも宿で横になるか?料理を持ち帰れるかきいてこよう」
もちろんアルタの身体が心配なのは大前提ではあるが、どうやらアルタの世話をやくのが自分だけのこの状況が嬉しいのか何から何までしようとする夫に少し落ち着いてくれと手を重ねた。
「今日は調子もいいから一緒に店まで食べに行きましょう。私は初めていく町だからエリーが案内してくれると嬉しいわ」
いわくつきのお揃いの結婚指輪がついた左手を握ると宝石みたいにキラキラと目が輝く。
「あぁ、任せてくれ!アルタが好きそうな本屋もあるんだ」
そう言ってにこにこと幸せそうに笑うエリオットを見ながらまぁもう少しゆっくりでもいいかと、アルタも見えてきた町へと視線を向けた。