幼馴染-エリオットの場合-
俺には幼馴染がいる。
俺の話を始めるにはまずこの話をしなくてはならない。
いや、もっと語ることもあるだろう。だが俺はあえて幼馴染の話をしよう。
産まれは王家の覚えもめでたい侯爵家の次男だとか、兄と弟がいるだとか、父は十数年前まで騎士団長だったとか、母は侯爵夫人とは思えないぐらい気まぐれののんびり屋だとか。
けれど幼馴染と出会って20年間、俺の原動力の中心にはほとんどと言っていいほど幼馴染がいる。
本当に小さい頃少しだけ体調を崩しやすかった俺は周りに甘やかされて育った。そのせいか自分が1番賢いと信じて疑っていなかった5歳の俺にアルタは木登りや鬼ごっこ、釣りや川遊びなど今まで体験したことのない色々な遊びを教えてくれた。最初はそんな庶民のやるようなものやりたくないと駄々を捏ねていたが、その町で他に頼れる人間もおらず渋々ながら後について歩いていた。当時友達という友達もいなかったので同年代に対する接し方もわからず素直になれない俺の多少の暴言なんてアルタはまったく意に介さず、なんでも親切に教えてくれた。やってみるとそれらはとても楽しく同い年とは思えないぐらい博識であったアルタを姉のように慕うのにそう長くはかからなかったと思う。
高くなった鼻っ柱を折られて以来12歳まで一年に一度夏頃になると母が子爵家の領地に避暑と称して1ヶ月間訪れるのに毎年欠かさずついて行った。
俺が12歳になり貴族の子供が集まる学園へと入学する頃になると夏以外にもたびたび母が子爵夫人やアルタを王都に呼ぶようになる。どうやらアルタも一度王都に来てからというもの王立図書館がいたく気に入ったらしく王都に来ては図書館に入り浸っている事が多く、もしくは俺たち兄弟と乗馬をしていたりと本人も楽しそうに過ごしていた。
領地にいた時は外で駆け回っていたイメージが強かったのだが、彼女の父であるスウェーグ子爵と一緒に頻繁に書庫に籠っていると彼女の母から世間話を聞いたし、よく外で本を読んでもいた気もする。
当時、夏以外でも会えるのを楽しみにしていたというのに俺には目もくれず本を読み漁り、俺がいなければ兄や弟を誘ってふらりと遠乗りに出掛けるのを見ると苛立ちさえ覚えたりもしたがそれもいい思い出といえなくもない。
いつから彼女を意識しだしたのかはっきりと覚えていない。気づいたら彼女は特別な存在になっていた。
見た目がタイプだとかそういった異性を意識する前にすでに唯一無二であった為、自分のタイプの女性が彼女に似たのは仕方のないことだと思う。
赤毛に癖のある髪はいつもふわふわと風に揺れているようだ。その髪とは対照的にどちらかと言うと気の強そうな顔は、笑うと眉が下がり優しい顔つきになる。女性にしては高めの身長も健康的に焼けた肌も俺からしたら魅力のひとつでしかない。
学園を卒業すると16の年から騎士団に入団した。父親が元騎士団長であったのも、その頃9歳上の兄がすでに現騎士団の副団長であったのも大きい。あいにくうちは長兄が家を継がなくても弟が領地経営に興味を持っていた。だからこそ自分も好きに進路を選んだのだ。
16から18まで2年間見習いである自分達は寮からそうそう出ることは許されない。その間アルタとは手紙でのやり取りはあったものの直接会えることはなく、その2年間で今までとは違うあらゆる悪さや遊びを覚えた。
騎士団では貴族も平民も関係がない。夜は先輩騎士に引きずられ貴族じゃ寄りつかない、悪く言えば粗悪な、良く言えば賑やかな店に連れていかれ酒の飲み方や夜の店まで寮の近くの限定された地区ではあったが今まで足を踏み入れたことのない様々な所に連れていかれたのだ。
それまで1年以上アルタに会わないことはなかったが、丸2年合わず、もしやこうして一向に身を結びそうになかった初恋を終わらせることが出来るのかと思った矢先、アルタが王宮で働き出したという知らせが届いた。
しかも本人からではなく、自分の母親からである。
そのことが想像以上にショックを受けた自分がいた。昔から彼女は淡々としていた部分があったがこの2年間で、その報告さえされないほど彼女との関係に距離が出来ていたとは思わなかったのだ。考えてみれば当たり前である。自分は騎士団のことや先輩に教わる新しいことが新鮮でアルタとの手紙のやりとりすら最近ではめっきり減っていた。
そして手紙が届いたその日に彼女が入ったと母からの手紙に書いてあった部署に行って見ると2年ぶりの18歳になったアルタがそこにいた。
16歳の時にはまだ幼かった顔立ちがすっきりとし、もともと女性としては高めの背もまた少し伸びたのかスラリとした足、姿勢のいい背中にあの頃よりだいぶ伸びた髪がふわふわと揺れている。その姿はもう子供とは言えないほど女のそれであった。
"久しぶりね、エリー"
そう言って笑ったアルタの態度は2年間まったく会わなかったことなどなかったかのように今まで通りだった。
自分だって背が15センチは伸びていたし、顔つきだって変わったはずだ。
これでもそこらへんの男より全然モテるはずなのに何事もなかったかのように声をかけられ、2年間ちやほやされてアルタに会わない間またも伸びた鼻をへし折られた。剣の腕を褒められ、頭の良さを褒められ、容姿を褒められ幼少期のようにすっかり調子に乗っていたことにその時始めて気づいたのだ。
きっとアルタだって今の自分を見たら顔でも赤らめるかもしれないと、どこか期待していた自分がいた。それなのに、それどころか自分の方が心を持っていかれたのだ。
綺麗になっていた。別にいきなり誰もが振り返る美人になっていたとかそんなことではないけれど、一瞬で初恋が戻ってきた、そんな感覚を覚えた。この感情は一種のすり込みのようなものだと自分に言い聞かせてきたが、すり込みだろうがなんだろうがアルタだけが自分の中で特別であることは明白だった。
それからというもの、必死で努力した。
剣の腕も、身の振り方もアルタの気を引きたいが為にやっているんじゃないかと自分で思うくらいひたすら努力した。
努力の甲斐あって23歳の時小隊長に任命され、王宮内での自身の評判も上々であった。
それなのにかかわらず、アルタの前でだけはいつまでも10代の頃のような態度をとってしまう。
他の男が下心を持って(いるかはわからないが)アルタに声をかけるたびにすかさず蹴散らしにいき、呑気なアルタに八つ当たりする。
絶世の美女ではないがスタイルも良く、愛想のいいアルタは割とよく声をかけられていた。
「なんでおまえはそんなぽわぽわ歩いてるんだ。警戒心が足りない」
「ぽわぽわって何よ。ただ普通に廊下歩いてただけでしょうが。いったい何に警戒しろっていうのよ」
「すべてにだ!」
呆れた視線を寄越さずとも自分がいかに理不尽なことを言っているかは理解している。他の女性に対しては紳士な振る舞いが出来るのになぜこうも彼女を前にすると自分はこんなにも頭が悪そうなのか。自分でも全くもって不可解である。
「男はみんな下心しかないんだ」
「あんたと一緒にするんじゃないわよ」
「男だらけの騎士団で過ごした俺が言うんだから間違いない!」
「仮にそうだとしても、いちいち気にしてたら生きていけないわ。それに子供じゃないんだから自分で対処できるもの」
「そういう問題じゃない。そもそも隙を与えなければ声もかけられないだろ」
「私は筋肉隆々の騎士じゃなくて一般市民なのよ。同じ王宮内で働いてる同僚に声をかけられたら世間話もすればお世辞も言うわ。わけわかんないことでつっかかってないでさっさと仕事に戻りなさい」
そういってしっしっと手で追い払われて、ぐうっと喉をつまらせる。
「…心配してるんだ」
「あんたは私の父親か」
そう言って笑うアルタに結局は惚れた弱みで何も言えなくなってしまうのだ。
「ほらさっさと戻りなさいよ。今日もお昼楽しみにしてるから」
背中を押されて渋々建物の中に戻ると後ろでアルタがひらひらと手を振っている。自分でも訳の分からないことを言ってる自覚があるだけに大人な対応をするアルタを見て、また自分が情けなくなってくる。小さく手を振り返すとアルタがまた笑った。
きっとこの恋は終わらせられないのだと18歳の時に観念している。
この先もし、この想いが届かなくてもずっと自分はアルタを好きでいるんだろうなと思うからこんな粘着質な男に好かれた彼女を気の毒に思っても自分から手を離すことは、きっともう出来ないのだ。




