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おんりめもり-only the momery-  作者: Ppoi
only the momery
4/25

Only the memory 4

「何してるんだ!!!!!」


 めもりは叫んでいた。そこは、次の村を目指して歩く森の中。落ちないようバイクを降り崖沿いを歩いている時だった。


「え?」


 大きめの顔に合っていないサイズのメガネをかけた青年をめもりは必死につかんでいた。


「ああ、死ぬとこだったね。考え事をしながら歩いてたから」


 青年はそばかすだらけの顔をくしゃっとして笑った。めもりが彼の襟首を掴まなければ、崖の下に落ちてただでは済まなかっただろう。


「死ぬとこだったって笑いごとじゃないじゃないか!」


 青年は下を向いた。どんな表情をしているかわからない。苦しそうに言った。


「笑いごとだよ。今の僕は、死んでるも同じだからね。絶望の底にいて、生死なんてどうでもいいよ」


「なんで?! お前は生きてるだろう?!」


「生きていても、覚えていられないなら、死んでいるのと同じなんだ、僕は」


「どういうことだ?」


「君にはわかるかい? たぶん、僕は考えることが大好きなんだ。そう日記に書いてある。あれは、三日間徹夜した時の日記に書いてあった。考えられない、研究できないなんて、僕に生きている意味はあるのだろうか」


「三日徹夜すると何かあるのか?」


「君は知らないのかい? 記憶のリセットは1日というわけじゃないんだよ。記憶のリセットが起きるのは、眠った時。そして、千人に一人くらいは、何かしらの記憶を持ち続けられる人もいるんだ。全てを覚えていられなくても、たった一つだけを覚えていることができる。それに関連付けられれば、記憶を少しだけど保持できる。研究は進んでるよ……僕の中だけでだけど。あと、もう少し中央へ行くときちんと研究している女性もいるって噂だよ。今言ったことは、本になって配布されてる」


「中央? 女性? 本?」


「今日の僕もさっき読んだところだから、あんまり詳しくは知らない。けれど、中央っていうのは、まだ昔のテクノロジーが生きているところがあるらしいよ。そこにいる女性はこの病気、忘却病の研究をしているよ」


「忘却病?」


「そう、知らない? 今僕が罹患しているこの病気。忘れてしまう病気のことさ。君は地方から来たんだね」


「俺が住んでた村は、ここよりもっと原始的な生活をしていたよ」


「本当かい?! 興味がある。辺境の地で人々はどんな生活をしているんだい? いや、それより、君はそんな辺境からどうやってきたんだい?」


「俺は忘れないんだ。生まれてから覚えている限りの記憶がある」


「なんてことだ!!! 君は忘却病にかかっていないってことかい?!」


「そうなるね」


「そんな馬鹿な! そんなことがあるもんか! いや、どうして、ここに来たんだい?」


「行商人のリックのメモにあった。覚えている女性がいる、と」


「それは、中央で本を配布してる女性のことかな」


 その青年は、前髪の一房を掴み捻り考え出した。彼の頭の中で、何かと何かが結びついているようだ。そんな姿をめもりは、興味深そうに見ていた。


「……ああ、日が暮れるね。僕の家にくるかい? 話をしよう」


 その青年は夕日を背にして笑った。赤焼けの青年は、笑顔を浮かべた。この青年とのとの出会いは、めもりを確実に変えるだろう。


「言い忘れてたね、僕の名前はビット!」


「俺の名前はメモリ」


「メモリ。君はきっとこの世界を変える特別な人だ」


 ビットの頭の中で、何が結びついたかわからないが、彼の言葉には確信があるようだった。




 ビットの家に着き、めもりは一息ついた。彼の近くにあぷりが伏せて寝ていた。びっとの家は、本やノートなど乱雑に散らかっていた。だが、めもりはとても気に入ったようだ。


「なんか、落ち着くな。ビットらしいというか、なんだか安心する」


「それは、どうも。お茶飲む?」


「ビットが入れられるのか?」


「お茶くらいならね。あと、食料も貯めてあるんだ。食べるのに困らないから安心して」


 それから、めもりとビットは夜通し話しあかした。


「おかしいとは思わないかい? 僕たちは、基本的言語も、息の吸い方も歩き方もスプーンの使い方も忘れない。どんな病なんだろう、忘却病って。都合が良すぎるとはす思わないかい?」


「確かに」


「なぜ、思い出だけ失ってしまうんだろう……きっと原因があるはずさ、この病には」


「病にかかっていない俺には原因を追求することができないから……」

「君はそれでいいんだ。君は僕らの希望だよ! 原因がわかれば、治すことだってできるはず!」


「ビットは前向きだな」


「当たり前だよ。いつも日記に書いているけど、僕は生きているのに死にたくない。息をして考えている僕は世の中の役に立つことがしたい。生きている意味を見つけたいんだ。それは、眠るたびに何回忘れようとも変わらない」


 めもりは、ビットが笑う顔はとても尊いものに思えた。そこには、希望があった。ビットは今まで会った人たちのように諦めていなかった。自分がなんとかしたいというやる気に満ちていた。それは、めもりの背中を押してくれる。


「あ、そうそう。これが忘却病について書いてある本だよ」


「へー。カレン・フォーカス?」


「それが、この本の著者だね。『私の忘却病』ずいぶん詩的な題名だね。メモリ、冒頭を読んで」


「私は忘却病です。全ての記憶が一日しか持ちません。私は他の人と違い、十二時になると記憶が完全にリセットされます……って大変じゃないか」


「この人、すごいよね。一日というタイムリミットの中、ここまでの本を書ききって、印刷して配布している。天才だ」

「そんな人間もいるんだな」


「そうだね、きっと、僕より歯がゆいんじゃないのかな。それにしても、12時でリセットなんて、興味深い。寝なくても記憶がリセットされるなんてどういうメカニズムなんだろう……」


 考える時のビットの癖なのか、前髪の一房を二本の指でくるくる捻る。きっとこの本を手にして毎日初めて読んで何千回も考えたことだろう。


「ビットは、考えるのが本当に好きなんだね。どうやっても答えがでなさそうな問題なのに、それでも考えるんだ。途方もないと思わないの?」


 諦めなのか、当然といわんばかりなのか、ビットは曖昧な笑みを浮かべた。


「それが、僕のさがだからね」


「さが?」


「そういうものってことさ。例えば、僕が息を吸うことであったりとか、人間であることとか、足の下に地面があることだったりとか。そういうことさ」


「あって当たり前のことってこと?」


「そうだね。当たり前だよ。僕は僕以外の何者でもないからね。それに、考えれば、必ず答えが出ることがある。その時があるからやめられないんだ。そして、考えなければ、その瞬間が訪れることは絶対にないからね」


「俺には良くわからないけれど、たぶん、それがビットなんだね」


「うん、そうだよ、きっとね。ずいぶん難しい話になっちゃったね」


「ビットだから仕方ないね」


「どういう意味だよ」


「そのまんまだろ」


 二人は短い時間だが、打ち解けたようだった。


「父や母ともこんな話したことない。次の日には忘れてしまうからね」


「僕も寝たら忘れてしまうよ、君と出会ったこと。僕は一般的な忘却病患者だからね」


 めもりは傷ついた顔をした。


「慣れてるはずなのに、やっぱり自分だけが覚えているのは辛いね」


 ビットは、なんとも言えない顔になる。そして、真剣な顔でメモリに問うた。


「この病は、メモリ、君を傷つけているのかい?」


「もう慣れた。傷は癒えるものだ」


「治っても毎日新しい傷が付くんじゃないかい?」


「慣れたって言っただろ」


「わかっ、じゃあ、僕も連れてってよ!」


「はあ?! どこから繋がってじゃあなんだよ」


「そうしよう! 忘れちゃう僕だけど、めもりとはずっと友達だ! 毎日、新しい友達!」


「やめろよ! 冗談でもそういうこと言うの!冗談じゃなかったら、もっとタチ悪い!」


「僕は忘却病をなくしたい。そのために、カレン・フォーカスに会いたい。君は会いに行くんだろう?」


「そりゃ、その予定だけど」


「なら、連れて行ってよ。念願なんだよ。それをしないといけないんだよ。それに、僕の日記が役に立つかもしれない。僕自身もね」


「ビット自身が役に立つ?」


「僕が居ることは、必ず役に立つ。なぜかはその時にわかるよ」


「何を予見してるんだ?」


「それを言ったら、メモリは僕を連れて行ってはくれないだろうね。だから、その時でいい。けれど、忘却病の治癒には、必ず僕が必要だよ。それに、僕ほど治癒を強く願ってる人もいないだろうし。ほら、僕をバイクの後ろに乗せてくれ」


「アプリで限界。重量オーバーだ!」

「嘘つき!」


「なんでわかるんだ!」


「だとしても、僕は行きたい!」



「もう、忘れたくないんだ!」



 ビットの瞳には涙が浮かんでいた。めもりには、忘却病によって忘れるということがどうことなのかわからない。ビットの辛さはわからない。毎朝、日記を読むたびに絶望しているのだろう。



「忘れる人とは、一緒に行きたくない!」



 めもりの辛さも、ビットには理解できないだろう。忘れられるということがどれだけ残酷なことなのか。


「平行線だね。もうやめよう」


 ビットが諦めたように笑った。そして、みもりに耳打ちをした。めもりは、驚いたように目を見開いた。


「それと、僕はメモリと一緒に行きたい。友達になりたいんだ」


「……わかった。今言ったことが必要になるとは思えないけど、ビット、君を連れていく」


「メモリーーーー」


 ビットは、めもりに抱きついた。


「例え覚えていられなくとも、君は僕の一生の大親友さ! 君がこの言葉を覚えていてくれ!」


 うれしさのあまり泣きながら、めもりに抱きついた。


「痛いよ! 抱きつくっていうより、当たってきてるよね。前言撤回しようかな」


「それは、許さない! メモリの人間としての品格を疑うよ!」


「疑われてもいいけど」


「メモリ!」


「ウソだよ。それは、撤回しない。一緒に行こう」


「それでこそメモリ! 大丈夫、僕らの未来は明るいよ! 少なくとも僕はそう信じてる!」


 メモリは久しぶりに心の底から笑った。


「あと、日記を読んでいたら、見つけたことがある。ここから中央までは歩いて三日。とても近いみたいだ。そして、僕はどうらやら中央で育ったみたいだ。この辺境の村まで歩いてきたみたいだ。案外近いね」


「なんで三日もかけて歩いてきたんだい? 忘れてしまう君には、命取りじゃないか」


「そこまでしてしたいことがあったみたいだ。それは、思い出せないけど、これから日記を読み進めればわかるかもしれない」


「今はその時間がない。悪いけど、先を急ぎたい。早く目的地に着くことが一番だ。重要そうな日記以外は置いていこう。選別してくれ」


「わかった。起きていられる限り、僕は選別する。寝てしまいそうだったら、たたき起こしてくれ」


 二人は2日ほど徹夜して、一日寝て、旅立った。リセットされて起きた時のビットの喜びのテンションが高すぎたのでめもりは、明日からどうしよう、という不安を抱えながら、バイクで走り出した。背中向きにビットを乗せ、その膝にはあぷりが乗っていた。



これから、二人と一匹の旅が始まる。


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