第82話 翌朝、時計塔前へ
「貴殿等はバルデレミー商会の関係者では無いかね?」
「え…!?」
ボクは衛兵の言葉に思わず小さい声を上げてしまった。
「やはりそうか。」
衛兵はボクに近付いた。
(明朝8時に時計塔の下へ来て欲しい。バルデレミー商会の件で、大事な話がある。)
ボクに小声でそう言うと、衛兵はボク達から離れていった。
―――
「どう思う?」
ボクは仲間達に問い掛けた。
ペトラ市の関所を抜けた後、ボク達は馬車を停めておくことのできる宿を取ることが出来た。
「うーん、俺には分かんないな~」
寝間着姿のヒスイがベットの上で足をブラブラさせながら言った。
…この子に聞くだけ無駄かな。
寝間着姿のヒスイは可愛いけど。
「しかしあの衛兵は何故私達がバルデレミー商会に関係があると分かったのだろう?」
「それなんだよねぇ…」
ボク達はバルデレミー商会に関係があることは一言も発言していない。
なのに何故…?
「たぶんベルゴロド大陸から来た、と言うところからだと思います。」
「シルビア、どういうことだい?」
「ベルゴロド大陸とビエルカ大陸の航路に船を出せるのは、今やバルデレミー商会くらいです。危険な航路ですからね。」
なるほど。
それを知っている人物には分かってしまうわけか。
今後は気を付ける必要がありそうだな。
「しかしあの衛兵は明日朝の8時に時計塔の所に来てほしいと言っていたなあ。時計台ってあれだよね。」
宿の窓から外を見ると、少し離れた所に高い時計台が見えた。
「言われた通りに行くつもりか?」
「ああ。何かあるかもしれないけど、イルマさん達の情報が得られる可能性もあるからな。」
「危険ではないのか?」
「一人で行くつもりは無いよ。」
ボクは振り返って仲間達を見た。
ここは人族の町だ。エルヴェシウス教徒が多い町とはいえそれ程人外への偏見は大きく無いようだが、リスクは避ける必要があるな。
「明日はボクとシルビアで行く。相手が誰だか分からないが、出来るだけこの町の住民との諍いは避けたい。それにこの大陸の事情を知っている者が同行した方が良いだろう。」
「は、はい! 分かりました!」
ボクの言葉にシルビアが頷いた。
「リディ、ちょっと…」
リシャールがボクを手招きしてきた。
「ん? どうしたの、リシャール。」
「ちょっと来てくれないか。」
「う、うん。」
ボクはリシャールと共に部屋を出て階段の踊り場まで行った。
「明日の件だがな。近くに同行させる必要は無いが、周囲の警戒の為にヒスイを潜ませてほしい。」
「それは、どういうことかな? リシャール。」
「リディ。お前はアルストロメリアを出るときに私は言ったことを覚えているか?」
「…パトリック王が言っていた事かな?」
アルストロメリア王国のパトリック王。
そのパトリック王が別れ際にリシャールに言っていた言葉だ。
「ああ。シルビアに、死の匂いがすると…」
「しかし、子供が言っていた事だろう?」
「そうだ。一国の王とは言え、子供が言っていた事だ。しかし…」
人鬼のエリクに教わったことによると現在のアルストロメリア国王の家系は嘗ての皇帝の傍流だが、その始祖は占術の資質を持っていたらしい。
パトリック王がその資質を持っていたとすれば、その力によって何かを感じ取ったことも否定できない。
リシャールはその心配をしているのだ。
「ヒスイは私達の中で一番素早い。気配を潜めるのも上手いだろう。魔術師タイプの私では咄嗟の反応が難しいところがあるからな。」
「まぁ、警戒するに越した事は無いか。」
僕は頷きながら答えた。
―――
翌日、ボクはシルビアと共に時計塔に向かった。
歩いたら30分ほどの距離だ。初めての町ではあるが、ひと際高い時計塔まで行くのに迷うことは無いだろう。
尚、ヒスイは僕達の後ろに控えている。
いつもの外套を羽織っているが、それにも増して気配を消す技術が上がっていた。
ボクはだいたいの場所が分かっているから把握できるが、“眼”で見ても微かにしか気配を感じられない。
「リディさん達って私に出会う前にバルデレミー商会の隊商に参加していたんですよね。バルデレミー商会についての話って何なんでしょうね?」
「さぁね…。リンネの件で数日間の遅れになってしまっているから、順調に行ってればかなり先に行っているはずだ。」
「なるほど。ところで、ヒスイさんはどこに行ったんですか? 朝から姿が見えなかったけど…」
シルビアがボクの方を見た。
リシャールが、ヒスイについてはシルビアに伏せておけと言っていた。
その真意は分からない。
本来は仲間に隠し事するのは良い気持ちがしないものだが…。
「ああ…。ヒスイにはボクのおつかいを頼んだんだ。ちょっと急ぎの用事があったんだよ。」
「そうなんですね…。あ、待ち合わせの場所はあそこですね。」
ボク達は時計塔の下に到着した。




