第81話 ペトラ市へ
ボク達の馬車は街道を西に往く。
数日前までボク達は、かつてのアルストロメリア帝国の亡霊と戦っていた。
かなり脅威な敵だったがボク達は何とか勝利できた。
しかしそれは薄氷の上だったのは間違いない。
「見て見て! みずうみが見えるよ!!」
馬車の幌を捲って外を見ていたヒスイが前方を指さした。
「あれは“ペトラ”と言う湖です。この大陸最大の湖で、湖畔には同名のペトラ市があります。」
シルビアが解説してくれた。
確かに湖畔には港が建設され、その周りには町が広がっていた。
「なるほど。それじゃ今日はそのペトラ市まで行って一泊しようか。」
ボクは仲間を見渡した。
「あの町はこの大陸には珍しくエルヴェシウス教が広く信じられているところです。その…、大丈夫でしょうか?」
シルビアが不安そうな顔でボクの方を見た。
大丈夫…?
ああ、そうだ。
エルヴェシウス教は元来、魔の者に対して排他的な教義を持っていた。
シルビアはそれを心配しているのだろう。
「あー、それね。でもボク達は教皇のアンナマリーとは知り合いだし…」
「それにリディは“教皇の加護”を受けているからな。余程の裏がある輩じゃなければ大丈夫じゃないか?」
そうそう、僕はアンナマリーの加護を受けているし、アンナマリーの名で発行された鑑札も持っている。
さすがにぞんざいな扱いを受けることは無いだろう。
「それにエリク殿に貰ったこの先の地図によると、ペトラ市の向こうはしばらく町が無いらしい。数日間は野宿になるだろうから、いろいろと準備を整える必要があるだろう。」
リシャールが地図を見ながら言った。
「確かにそうですね…」
シルビアが頷いた。
「でもリディさんの、教皇の加護については大っぴらに話さない方が良いでしょう。もしかしたら逆に動きが制限されてしまうかもしれません。」
「ふぅん、そんなものなのかねえ。」
その後ボク達は2時間程でペトラ市に到着した。
―――
ペトラ市。
商業都市として知られるこの町は周辺の国からは独立した都市国家だ。
前述の通りこの町ではエルヴェシウス教が広く信仰され、領主が主教を務めているんだそうだ。
「なるほど、確かにこの町の衛兵の武具はエルヴェシウス教国のものに似ているな。」
エルヴェシウス教を信仰する国の兵士は同じような武具を身に着けているのだろう。
衛兵があの様子とだという事は、恐らくここにも聖騎士団もいるかもしれない。
あまり関わり合いを持たない方が良さそうだ。
「止まれ!」
衛兵がボク達の馬車を制止した。
うーん、この感じは城塞都市ロクロワを思い出すな。
「お前達は何をしにペトラ市に参った?」
「はい。私達は冒険者で、訪れる先で依頼をこなしながら西の端、コペル王国を目指しています。この町にもギルドがあれば訪問したいと思っています。」
衛兵にはシルビアが対応した。
恐らくそれが一番波風が立たずに済む可能性が高い。
「冒険者か。では馬車の中の人ならざる者も冒険者だと言うのかね?」
「ッ!?」
衛兵の言葉にシルビアがビクッと反応した。
まさかこの衛兵はボク達に気付いているのか?
これは変に隠し立てをしない方が良いのかもしれない。
「…リディ。」
「ああ、ボクが出よう。」
ボクは馬車の幌を開け、馬車を降りた。
「これはすみません。ボクがこの一行のリーダー、リディ・ベルナデット・ウイユヴェールと申します。」
ボクは名乗りながら身分証を兼ねるギルドカードを差し出した。
「ふうむ、Aランク冒険者か。」
「はい。他に2名の仲間がいます。」
「左様か…」
衛兵が馬車の中を覗き込み、ヒスイ達の姿を確認した。
「人族では無いのだな。」
「ええ、人鬼と黒妖精族です。」
「相分かった。通ってよい。」
「え、良いんですか?」
ボクは目をぱちくりさせた。
「ああ、貴殿等はペトラ市ではエルヴェシウス教徒が多いことを気にしていたのだな?」
「ボク達はベルゴロド大陸から来ましたからね。そこでエルヴェシウス教の人たちは人外が嫌いだと聞きました。」
「ほぅ…。ベルゴロド大陸からな。と言う事は貴殿等はバルデレミー商会の関係者では無いかね?」




