番外編 僕はココロの鍵を開ける(7)
「フム、ここは怪しさ満点な場所だな。」
ロイが呟いた。
ここはドールニック辺境伯領の地下に広がる空間だ。
…その入り口は僕が発見した。
僕の能力である気配を消す力を発動し、ドーニックの館の周辺を探っている最中に見つけたのだ。
それは一見、地下水道施設への入り口に見えた。
確かに潜入してしばらくはそのような感じだった。
しかし次第にそれは不自然であることに気が付いた。
確かに傍らには水は流れているのだが、これは何か変だ。
ドールニック辺境伯領の家々を少し見たが、この国の各家庭には水道は無い様だ。
この街の民は共同の井戸から水を得ていた。
この水道施設はドーニック辺境伯の館専用のものと見ることもできるが、それにしては大掛かりすぎる。
「ロイさん、ここって…」
「ふむ、お前は感じているかは分からないが、奥からは魔力を感じる。この奥には魔物がいるようだ。」
「ま、魔物ですか!?」
「ああ。…ところであと何分だ?」
「ア…! あと1分ありません。」
僕の気配を消す能力は連続使用5分しかもたない。
そしてインターバルは3分必要だ。
「そうか、それではいったん休憩しよう。ちょうどそこに横穴があるな。」
「了解しました。」
僕達は水路の脇の通路から横に向かっている横穴に向かった。
横穴の奥には小部屋があった。
部屋の隅には資材置かれているから、この地下水路に設置された倉庫なのだろう。
「よし。一旦能力を解除していいぞ。」
「は、はい…」
僕は魔力の流れを解除し、小部屋の奥に腰を下ろした。
ふーっと息を吐くと漸くリラックスすることが出来た。
前述の通り、気配を消す能力は連続で5分しか使うことが出来ない。
ここまで5分おきに休憩しながらここまで進んできた。
「疲れたか?」
「え、ええ…。ロイさん、魔物が出るなんて言うから…」
「くくく。でもお前はナイザール王国の城に忍び込んだんだろ? そういう度胸があるのに、何をビビってるんだ?」
「ええ。でも…、相手が人間か魔物じゃ全然違いますよ。魔物は言葉が通じないじゃないですか。」
「はは、そりゃそうだ。」
ロイが豪快に笑った。
前世には魔物なんてものは存在すらしない。
言葉が通じない敵程恐ろしいものは無いのだ。
「…む。静かに…!」
ロイが僕を手で制した。
「し、喋ってるのはロイさんじゃないですか!」
「良いから静かにしろ。言葉が通じそうな輩が来ているようだぞ。」
ロイがそう言いながら剣を抜いた。
僕はそれを見て顔を強張らせた。
そういえば先日、僕達はドーニック辺境伯の手の者に襲われたのを思い出した。
言葉が通じたとしても、彼等は僕達を殺そうとした。
「落ち着け。幸いにも奴等は俺達に気付いているわけでは無さそうだ。おそらくは定時パトロールと言ったところか。」
「・・・」
僕は押し黙った。
その“奴等”は僕達に気付いていないとしても、すぐにここへ来るだろう。
僕の能力はまだ使えない。
だから気配を断ってやり過ごすことは出来ない。
いくら僕の能力が自分達の存在を認識の外へ持っていけるとしても、インターバルの間は何もすることが出来ないのだ。
「さて、どうする?」
「え…? どうって…?」
僕はロイの顔を見た。
「奴等はもうすぐここに来る。お前の能力が使えない状況であれば、敵は排除するしかない。」
至極真面な見解である。
このままでは僕達は見つかってしまう。
見つかるのが避けられないのであれば、その敵は倒すしかないのだ。
「俺ならば、敵は殺す。お前ならどうする?」
この人は酷い人だ。
恐らく、この人に比べれば迫りくる敵はそれ程脅威ではないのだろう。
だがこの人はその選択を僕に迫ってきたのだ。
恐らく僕の覚悟を試しているのだ。
「・・・」
僕は押し黙った。
僕の“前世”、日本では(突然の事故などは別として)命の遣り取りをすることは無い。
僕の様に育児放棄に遭う例もあるが、普通の生活を送っている人ではまずない事だ。
だがこの世界は違う。
命は簡単に失われる。
一つ選択を間違えば、手練れの戦士であっても死ぬかもしれない。
甘い選択は、身を滅ぼす。
ロイはそれを言いたいのだ。
「僕は…」
僕は俯いた。
「早くしろ、近づいてきたぞ。」
ロイがせかしてきた。
「僕は、できるなら、誰も殺したくない。」
僕は声を振り絞った。
「あ? てめえは何を言ってるんだ?」
ロイが明らかに不機嫌な声になった。
「ロイさんが怒るのも分かります。それでも僕は…」
無益な殺生などしたくない。
「フン…」
ロイは剣を構えながら小部屋から出た。
僕は後を追った。
そこには2名に敵兵がいた。
突然現れた僕達に対し敵は一瞬面くらったような表情になったが、すぐに戦闘態勢を取ろうとした。
「は…!」
ロイが一気に前に出た。
ガキィィン!
剣と剣がぶつかる音がした。
電光石火とも言える攻撃に、敵兵の一人は防ぐのがやっとだった。
「ぐふ…!」
そしてその敵兵は苦しそうな声を出しながらその場に崩れ落ちた。
いったい何が起きたのだろうか?
僕は倒れた敵兵を見たが、何が起きたのか全く分からなかった。
「な、なに…!?」
もう一人の敵兵は剣を構えながら後ろに下がろうとした。
「お前達は運が良いぜ。俺の仲間がお前達を殺したくないんだとよ。」
その言葉を聞いて僕はロイの背中を見た。
背中からは表情を伺い知ることが出来なかった。
そしてもう1名の敵兵もその場に倒れた。
血を流すことも無く。
「フン、俺も甘いねぇ。だが常にこうできる訳じゃねえってことは認識しておくことだな。」
ロイは剣を鞘に納めた。
その言葉は僕に言っている言葉であることは間違いない。
「すみません、ロイさん…。ありがとうございます。」
僕は少し頭を下げた。
「柄じゃねえって。だがさっき言ったとおりだ。いつもできる訳じゃない。やべぇ時に、敵に容赦するわけにはいかねえからな。」
「は、はい…!」
僕の声を聞いて、ロイはぼりぼりと頭を掻いた。
「さて、もう能力は使えるな? 準備出来たら縛ったら先に進むぞ。」
「は、はい! 分かりました。」
僕はもう一度頭を下げると、ロイに従い出発の準備を始めた。




