第78話 おさんぽ(2)(side ヒスイ)
俺は剣を構えた。
眼前の冒険者は先程の男よりも小柄で細身だ。
だがレイピアを持つ構えには隙が見えない。
「ククク。貴様、名は何と言う?」
男が口を開いた。
「悪いけど、俺は人族じゃないから名前を名乗りあっての決闘とかそう言うの興味ないんだよね。」
俺は答えた。
この問答も恐らく駆け引きなのだろう。
「フン、左様か。魔物と言うものは真、情緒に掛けるものだな。」
眼前の男はニヤリと笑った。
だが俺はこんな挑発には乗らない。
…もっとも以前の俺であればそれに乗っていたかもしれない。
相手が隙を見せないのであれば、こちらもそうすれば良いだけだ。
「チ、気に入らんな。」
そう言うと男が行動に出た。
男は腰からナイフを取り出すと、そのナイフを近くでしゃがみこんでいた犬人族に投げつけた。
「う、うわぁぁ!」
ナイフが犬人族の右手に突き刺さった。
「お、お前何てことを…!?」
「貴様が自身の流儀なら、俺は俺の流儀で戦うだけだ。」
冒険者の男が下品な笑いを浮かべながら言った。
この男は想像以上にろくでもない男らしい。
こちらをしては挑発には乗りたくないが、他の人も巻き込まれてしまうかもしれない。
「仕方ないから挑発に乗ってやるよ!」
俺は冒険者へ斬りかかった。
チリ…!
これは直感だ。
実に嫌な感じがした。
俺は自分の体の軌道を変え、体を反らした。
敵のレイピアが俺の顔のすぐ横を通過した。
…危なかった。
敵は的確なカウンター攻撃を繰り出してきたのだ。
「ほう、今のを躱すのか…?」
敵は突きの形から構えを戻した。
俺は一度距離を取った。
奴の突きは鋭く、思いのほか遠くへと届くものだった。
俺は所謂“普通の剣技”、即ち突きでは無く“斬撃”で攻撃してくる相手なら何度も戦ったことがあった。
だが“刺突”で攻撃してくる敵とは交戦した経験は少ない。
どうやら普通の戦い方をしてしまっては駄目そうだ。
「フム、ではこれならどうかな?」
今度は敵から攻撃してきた。
鋭い刺突だ。
俺は身を屈めながら回避の行動をとる。
だがなんと、敵の剣の軌道が変化した。
「ち…!」
俺は剣で防御した。
ギギギギギ…!
金属が擦れる音がした。
俺は攻撃を剣で防ぎながら、敵の姿勢を見た。
今、奴は鋭い刺突を繰り出しながら、その剣の軌道を変えた。
奴の腕は伸びきっている。
これはチャンスだ。
「うおおお!」
俺は左手を自分の剣の腹に当て、強引に前に押し出した。
「な、なにを…!?」
敵にとっては思いもよらない行動だったのだろう。
グラグラと態勢を崩した。
俺は自らの剣を離し、敵の腕を掴んだ。
俺には人族に無いもう一つの“武器”がある。
それは牙だ。
俺は敵の腕に牙を突き立てた。
「うがぁぁぁぁ!」
敵が痛みのあまり大声を上げた。
握っていたレイピアが地面に落下した。
「こ、この魔物風情がああああ!」
敵は怒りをあらわにした。
「自分の流儀でやると言ったのはそっちだろ。」
俺は敵の腕から口を離した。
そして続け様に敵の襟元を掴み、背負い投げを繰り出した。
「ガフ…!」
敵は有効な受け身を取れなかったようだ。
痛みに悶えていた。
「そこまでだ…!」
「静まれ! 静まれ!」
漸くリンネの警備兵が駆け付けてきたようだ。
「一体何があったんだ!?」
警備兵が辺りの群衆に事情聴取を始めようとしていた。
「け、警備兵殿! そいつだ! そいつが、その魔物が俺達を攻撃してきたんだ。」
先程まで俺と戦っていた男が、必死の形相で警備兵に叫んだ。
「そこを見てくれ! そこで気絶しているのは俺の仲間だ。見ればわかるだろう!」
「な、何だと? 本当か?」
警備兵が俺を見てきた。
「ち、違うんです! その人鬼さんは僕を助けてくれたんです。そこにいる冒険者は僕に言いがかりをつけて、僕にナイフを投げつけてきて…」
犬人族がケガした手を押さえながら言った。
「そうだ! そっちの冒険者が悪いんだ!」
「犬人族の言うとおりだ!」
周りの群衆が口々に叫んだ。
その発言の全てが俺に味方するものだった。
「そ、そんな馬鹿な…」
冒険者の男がガクッと肩を落とした。
「立て! 武器は預からせてもらうぞ。」
警備兵が男を拘束した。
最早、抵抗する気力も無い様だ。
気絶しているもう一人の冒険者は、担架でどこかへ運ばれていった。
「…さて、そこの人鬼。体裁上、貴殿にも事情は聞かせて貰わなければならない。同道願えるかな?」
警備兵の一人が傍らに落ちていた俺の剣を拾いながら言った。
「はい。必要があるなら一緒に行きます。」
俺は素直に頷いた。
ここで街の官憲に逆らっても仕方無いことだ。
「感謝する。帯剣を認めよう。」
「え、良いの…?」
「貴殿の事はレオンから聞いている。」
「そうか、あなたはレオンさんの知り合いだったんだね。あ、そこの犬人族さんはちゃんと手当てしてあげてくださいね。」
「勿論だ。」
警備兵が笑いながら答えてくれた。
その後形式的な事情聴取をされたが、すぐに解放された。
犬人族は適切な手当てをされたそうだ。
久々の一人散歩で少し面倒な騒動に巻き込まれてしまったが、結果的には面白かったからまあ良しとしよう。




