第77話 おさんぽ(side ヒスイ)
「リディー! 俺ちょっと出かけてくるー!」
俺は少し離れた所にいる、白髪の少女に話しかけた。
「出かけるってどこへ行くの?」
「ちょっと散歩してきたいだけだよ。」
「そう。 それなら早めに帰ってくるんだよ? 明日には出発するから、また旅の準備をするんだからね。」
「はーい!」
俺が話している少女はリディ、大切な仲間だ。
…俺は仲間以上だと勝手に思っている。
リディは魔族で、契約の力で俺の事を人鬼から最上位人鬼に進化させてくれた。
俺が今ここにいるのは、全てリディのお陰だ。
「…一応武器は持っていくか。」
俺は傍らの“魔鉱ダマスカス剣”を手に取った。
この剣は持った瞬間魔力を吸い取る。
この感覚ももう慣れたものだった。
「それじゃ行ってきます!」
俺はリンネの町で宿としていた人鬼のエリクの館を出た。
さてどこに行こうかな。
俺は気の向くままに歩き始めた。
リンネはアルストロメリア王国の都だ。
この国自体は小さな国であるが、この町は人口3万程を数えそれなりに活気のある場所だ。
俺はきょろきょろとあたりを見渡しながら商店街を歩いた。
「あ、おいしそ…!」
俺はその中のひとつの店の前で足を止めた。
その店では肉の串焼きが売られていた。
「あらお嬢ちゃん、欲しいのかい?」
店員のおばちゃんがにこにこしながら話しかけてきた。
「お、お嬢ちゃん…!? 俺のこと…?」
「あ、あれ? 違うのかい?」
おばちゃんは目を丸くした。
うーん、まぁ、いつものメイド服だからそう見えても仕方ないのか。
この服を着るのを慣れてしまったのは恐ろしい。
「い、一応俺、男なの。…まぁそれはそれとして、一本ください!」
「そうかい? ありがとね。」
俺はおばちゃんに代金を渡し、串焼きを受け取った。
「そこで食べってて良いからねぇ。」
「ありがとー。」
傍らのベンチに腰掛け、串焼きを食べ始めた。
「んー、おいし~。」
この串焼きは実に美味しい。
肉の種類に関してはよくわからないが、この肉はかなり柔らかい。
串焼きに舌鼓を打ちながら、俺は町の広場の方を眺めた。
道行く人々は実に多種多様だ。
この国の支配層は人族の様だがエリクの様に代議員になっている亜人もいるし、住民や旅人にも人族以外がいた。
「何だてめぇ! 魔物の分際で偉そうにするんじゃねえ!」
俺は声のする方をみた。
視線の先、噴水の傍で冒険者風の者達が怒号を上げていた。
その対象は小柄な人物が蹲っていた。
その人物は犬人族の様だった。
頭を抱え、カタカタを震えていた。
「ケ! 犬っころが俺達と対等な商売をしようってのが間違いなんだよ。」
どうやらあの犬人族は商人のようだ。
あの冒険者風の者達と商売上のトラブルを起こしてしまったらしい。
だがあの感じは冒険者風の者達が一方的に言いがかりを付けているように見える。
俺はその周りを見渡した。
周囲の人たちはその様子を遠巻きに見ているだけで、仲裁に入ろうとする者はいなそうだ。
…確かにその気持ちは分からなくもない。
冒険者が町の住民よりも強いのは当然だ。
そしてあの荒くれ者のような感じなのだから、変に口を出すとどんな目に合うか分からない。
「んー、面倒なことに巻き込まれるのは…と思うけど。」
俺は頭を掻いた。
今でこそ俺はそれなりに強くなった。
だけどもし俺達土鬼族が、小鬼のままだったら俺があの犬人族の立場にあったかもしれない。
「誰も助けないのなら、力のある者がやらないと。だよね。」
俺は椅子から立ち上がった。
「あんた、何をする気なんだい? あの冒険者は最近この町に現れるようになった奴らなんだよ。何でもBランク冒険者とか言って威張り腐ってさ。」
「ふーん、あの人たち強いんだね。」
俺は食べ終わった串をゴミ箱に捨てた。
「でもそれって、いじめられている人を見捨てて良いって事にはならないでしょ? 俺、ああ言う人達嫌いなんだ。」
「え…?」
おばちゃんが再び目を丸くした。
「おばちゃん、美味しかったよ。ありがとう。」
俺はそう言うと冒険者達がいる噴水の方へと歩を進めた。
そして近くまで行き、口を開いた。
「ねえ、おじさん達!」
「なんだぁ?」
冒険者の一人が俺の方を見た。
「もうやめなよ。嫌がってるじゃない!」
「なんだこのガキ…」
「人鬼風情が!」
他の冒険者もこちらに注意を向け始めた。
「おじさん達、Bランク冒険者何だってね? そんな強いのに他の人をいじめて楽しいの?」
「んだと!? てめぇ!」
激高した一人が俺に殴りかかってきた。
俺はひょいっとジャンプした。
そして前に繰り出された冒険者の腕を踏み台にさらに飛び上がり、頭の上に乗った。
「何だコイツ…!?」
「馬鹿にしやがって!」
巨漢の冒険者が戦斧を抜いた。
「抜いたね! これで正当防衛だ!」
俺は歓喜した。
こちらから絡んだような動きは回避したかったからだ。
「…お?」
戦斧が俺のすぐ傍を通過した。
意外と素早い攻撃だ。
すぐに巨漢の冒険者が第2撃を繰り出そうとしていた。
攻撃が速いと言っても目に追えないものでも無いし、大振りだ。
それならば逆に距離を詰めてしまおう。
「ち!!」
巨漢の冒険者が舌打ちする音が聞こえた。
すぐ真上だ。
「えーい!」
俺は腹部に一撃を加えた。
「うごォォ!」
巨漢の冒険者はうめき声を上げた。
単純に一撃を加えただけでは倒すことは出来ないだろう。
この男はそれなりに防御力がありそうだから、俺の腕力だけではダメだ。
よし、前に習ったあれをやってみようか。
「む~!」
俺は掌に魔力を巡らせた。
そして目の前の男に魔力を送るように魔力を発散させる。
俺の掌が発光した。
「ぬ、ぬぉぉ!」
巨漢の冒険者が大きな声を上げた。
恐らく腹部には猛烈な痺れのようなものを感じているはずだ。
これは“短剄”と言う体術だ。
この技はそれほど威力が高いものでは無いが、対象の防御力を無視したダメージを与えることが可能だ。
「それ~!」
俺は再度全身に力を込めた。
巨漢の冒険者の体が吹き飛ばされ、動かなくなった。
どうやら気絶したようだ。
ざわざわ…
その様子を見た群衆が騒めき始めた。
それもそうだ。
巨漢の、いかにも強そうな冒険者を打ち倒したのだから。
「貴様…、出来るな。」
片割れの冒険者が俺に視線を向けてきた。
うーん、どうやらまだやるつもりみたいだ。
相方が倒されて戦意を喪失してくれたらと思ったいたのだけれど、そうもいかないらしい。
「…抜け!」
その男が細身の剣を抜いた。
これはレイピアと言うやつだ。
俺は腰の魔鉱ダマスカス剣を抜いた。
この男はなかなか強そうだ。




