第72話 力の移譲
『陛下…、やったのか…?』
凍り付いたマクシミリアンの傍にいたアダルベルトが呟いた。
シルビアが放った絶対零度によって完全に凍り付いた“皇帝”に動く気配は見えない。
「お、お前。あんな凄い魔法を使えたのか?」
リシャールが呆気にとられた表情でシルビアを見た。
「はぁはぁ…。あ、ありがとうございます。」
シルビアは息を切らしながら答えた。
シルビアが放ったのは本当に凄い魔法だ。
氷系魔法の上位に位置する魔法かと思われるが、通常の魔法形態からは外れたものだろう。
この世界における氷系魔法は二種類に大別される。
ひとつは氷の矢や槍などによる“物理攻撃”に分類されるもの。
ふたつめは吹雪の様なものを発生させる“天候”を操るもの。
絶対零度は後者に分類されそうな気がするが、厳密にいえば少し違う。
魔法が当たった対象を内からも外からも凍結させ、分子の動きを止めてしまうのだ。
『動きを見せぬようだが油断できぬ。…止めを刺さねばなるまい。』
アダルベルトが大剣を構えた。
このままマクシミリアンを両断してしまいたいのだろう。
その判断は正解だ。
「・・・」
ボクは魔眼でマクシミリアンを見た。
絶対零度をくらったものが動き出せるとは思えない。
だが…。
ボクの魔眼はそれを見逃さなかった。
急激な魔力の励起。
この勢いはマズイ。
「アダルベルトさん!」
ボクは大声でアダルベルトを呼んだ。
だがそれが精いっぱいだった。
『ぬ…!?』
アダルベルトが顔を上げた。
だがその時…!
ゴワァァァ!
辺りに轟音が鳴り響いた。
そして次の瞬間。
「な、馬鹿な…!? 何が起こった??」
ボクは目の前で起きたことが信じられなかった。
絶対零度で完全に動きを停止させていたはずのマクシミリアンが動いただけでは無い。
アダルベルトの上半身が完全に消滅していたのである。
「嘘だろ…?」
レオン達王国兵の声にならない声を上げていた。
Aランクの不死系魔物のアダルベルトが一撃でやられてしまったのだ。
「ククク、今の魔法は流石に肝を冷やしたが…」
マクシミリアンがそう言いながら自らの足元を見た。
封印の鎖は外れていた。
「これで我が封印も完全に…。さて…」
マクシミリアンはこちらを見た。
そしてゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。
体からはユラユラと瘴気を上げながら。
「や、やばいよ…。リディ…!」
ヒスイがボクの服を引っ張った。
「う…」
ボクはマクシミリアンの姿を凝視した。
シルビアの魔法は間違いなくダメージを与えていただろう。
だがそれでも倒すことが出来なかった。
何も打つ手は無いのだろうか?
「リシャール、シルビア。さっきの様な魔法を撃つことは出来るか?」
「何だって?」
「あれはここで止めなければだめだ。放っておいたら近くの街がどうなるか…」
「そうだな。私はまだ魔力の余裕はある。シルビアはどうだ?」
「わ、私もあと一発くらいなら…」
二人が答えた。
「よし。では何でもいい。何か高威力の魔法を放ってくれ。」
「だが詠唱時間はどうやって稼ぐ? アダルベルトはもういないんだぞ。」
リシャールが不安そうな表情でボクを見た。
「…その時間はボクが稼ぐ。」
ボクはそう言うと目を閉じた。
全身の魔力を巡らせ、“もうひとりの従者”を呼び出した。
ユラユラと立ち上った煙は透き通った幽霊の様な形状の魔物を形作った。
「久しぶりネェ、リディ。アンタ、アタシの事を忘れたのかと思ったわ。」
「スペクトル。ボクの魔眼の力を君に共有する。代わりにあの瘴気を見てくれるか?」
この魔物はスペクトル、ボクの従者だ。
生まれたころからずっとボクに付き従ってくれていた魔物でもある。
その為ボク達の魂は強く結びついており、一時的な能力の受け渡しが可能だ。
「…受け取ったわ。ただし時間制限があるわよ。そうね、もって1時間といったところかしら?」
「十分だ。」
スペクトルに魔眼を“移譲”したボクは全身の魔力を増幅させた。
右腕の欠損部分に黒い腕が形作られた。
「ほぅ…。貴様もなかなかやるようだな。」
マクシミリアンは余裕の表情を崩さない。
随分なめられたものだ。
だが、こいつはここで止めなければならないだろう。
ボクは全身に力を籠め剣を構えた。




