第71話 絶対零度
「ククク…、もうすぐだ。もうすぐ貴様等が儂に掛けた封印も解ける…」
“皇帝”マクシミリアンが右腕を動かした。
右腕に繋がれていた鎖にヒビが入り始めた。
「ど、どうするの? あれじゃあの人、動き始めちゃうよ!?」
ヒスイがボクの方を見た。
確かにあの封印が解けない前に行動に移った方がいい。
だがどこから?
どこから攻めればいい?
マクシミリアンが纏う瘴気。
確かにあれは風で吹き飛ばすことが出来る。
だが常にあの周りに風を起こしている訳にもいかない。
風が渦巻いてる間は接近攻撃が困難だ。
では魔法?
「リシャール、魔法で攻撃してみよう。」
「そうだな。あれに接近戦を挑むのは危険そうだ。」
リシャールは直にボクの意図を読み取ってくれた。
『フム、魔法で攻撃をするか。賢明な判断だ。我が詠唱の時間を稼ごう。』
アダルベルトが大剣を手にした。
「お願いできますか?」
『うむ。我は陛下の瘴気の影響を受けん。任せておけ。』
そう言うとアダルベルトが身構えた。
『では陛下、参りますぞ!』
アダルベルトがマクシミリアンに向かって駆け出した。
「来るか、アダルベルト。」
マクシミリアンが一気に右腕を拘束していた鎖を引きちぎった。
ゴォォォッ!!
アダルベルトの大剣が空気を切り裂いた。
ガキィィィ!!!
…なんとマクシミリアンの右腕が剣撃を受け止めた。
『これを受け止めますか、陛下…』
「クク、稽古を思い出すな。マクシミリアンよ!」
マクシミリアンがアダルベルトを押し返した。
『チ…!』
アダルベルトが正眼に剣を構えなおした。
『時間と掛けるわけにはいかんか。』
アダルベルトは再び攻撃を加えた。
激しい攻撃だ。
だがマクシミリアンは右腕で攻撃をいなしていく。
「あ、あれ、何であんな凄いアダルベルトさんの攻撃を防げるんですか?」
シルビアが震えながら言った。
この疑問はもっともだ。
アダルベルトの斬撃は重く、かなりの威力があるはずだ。
あの大剣は斬る、と言うよりは力で破壊する感じだ。
「見たところ、あれはあの皇帝マクシミリアンの能力みたいだ。」
「身体硬化の能力か? 魔物が持つことの多い能力だぞ? まさか人間が持っているなんてな…」
「あれを人間と言えるかどうかは疑問だけどね。」
皇帝マクシミリアンは何らかの方法で体を作り替えた筈だ。
魔物が持つ能力を持っていても不思議ではない。
「…よし、行ける! 撃つぞ!」
リシャールが両手を前に構えた。
「光炎の濁流!!」
リシャールの両手から眩い程の閃光が放たれた。
それと共に炎が付加されていた。
光炎の濁流は光焔劫火の上位魔法だ。
もっとも魔法のレベルとしては中級のそれだが、光と炎属性の合成魔法の為この二つの属性に対する素養が必要だ。
「む…!」
マクシミリアンが魔法に気づいた様だ。
魔法をかわそうとする動きを見せたが、まだ足には封印の鎖が巻き付いていた。
『ハ…!』
アダルベルトは一気にマクシミリアンから離れた。
これは間違いなく命中する。
「グォォォォォ!!!」
マクシミリアンの咆哮が響いた。
「やったのか…?」
それまで様子を見ていたエリクが呟いた。
ボクは目を凝らした。
ボクの魔眼であれば、マクシミリアンの魔力の流れが見える筈だ。
ダメージを受けていればそれが分かる。
「…ダメだ。」
ボクの魔眼には、それが見えた。
マクシミリアンの魔力はそれ程減少していない。
ダメージがゼロというわけでは無いのだが。
「マクシミリアンは耐魔耐性が高いようだ。中級上位でも大ダメージを与えるのは難しいみたいだ。」
「ち…。それでは魔法だけで倒すのは難しいか。属性を変えてもダメか?」
「わ、私も何か使ってみましょうか?」
シルビアがボクの顔を見た。
「シルビアちゃんは風と氷系が使えるんだったかな?」
「そうですね。得意なのはそのあたりです。…他の属性もありますけど、まだ修行中なので。」
「それじゃ頼む。」
「はい!」
シルビアが頷き、魔法の詠唱を始めた。
前方ではアダルベルトがマクシミリアンとの戦闘を続けていた。
激しく攻撃を加えていたが、決定的なダメージを与えられていないようだ。
アダルベルトの強力な物理攻撃も駄目、魔法でも大してダメージを与えられない現状だ。
いったいどうすれば…?
いや、必ずどこかに糸口があるはず。
「絶対零度!」
その時、詠唱を終えたシルビアが氷系魔法を放った。
「い…!?」
ボクは目を見開いた。
シルビアが放った魔法はいわゆる“普通”のものではない。
“それ”が作り出したものは、この世に存在する分子活動を停止される温度。
“絶対零度”だ。
「アダルベルト将軍! 後ろに飛んで!」
ボクは叫んだ。
ボクの声に気づいたアダルベルトが跳躍した。
あの魔法に当たればアダルベルトでも無事では済まないだろう。
一方、マクシミリアンは今だ封印の足枷が外れていない。
あの状態なら先程のリシャールの魔法同様命中する。
ピキピキ!!!
マクシミリアンの体が音を立てながら氷結し始めた。
「ウオオ! 何なのだこれは…!?」
マクシミリアンが魔法に抗おうとした。
だがそれは敵わない。
そして、マクシミリアンの体が完全に凍結した。




