第70話 皇帝マクシミリアン
ボク達はアダルベルトを先頭に城の中に入った。
城の中には窓や崩落した壁の隙間から差し込む光以外の光源は無く、辺りは非常に暗かった。
「これは暗いですね…」
シルビアが辺りをきょろきょろ見渡しながら言った。
「“明かり”を灯す魔法を使うか?」
「そうだね。お願いできる? リシャール。」
「私も使えますよ! お手伝いしましょうか?」
「んー、シルビアちゃんは良いよ。いざと言うときに戦闘態勢にすぐ移れる状態にしておいてほしい。」
「そうですかぁ? 分かりました。」
リシャールが魔法で明かりを灯した。
この光度であれば15メートル程まで見えるだろうか。
「アダルベルト様。皇帝…陛下の瘴気は当時、この辺りまで来ていましたか?」
『フム…。この一階層は被害は少なかったはずだ。陛下が発した瘴気は二階層から場外に漏れ出るように発生していた筈だからな。』
「それでも用心に越したことはない…か。皆さん、ボクは今から魔眼を発動させます。“視る”事に集中しますので、前にした説明通りお願いしますね。」
ボクは紅い魔眼を発動させた。
リシャールの明かりが届かない先まで視界が広がっていく。
『なるほど、それは先まで見通す事の出来る眼か。』
「はい。魔力の流れも見ることができますから、瘴気に少しでも魔力が含まれていれば見えるはずです。」
ボク達は前に進んだ。
アダルベルトの言った通り、この一階層には瘴気は無いようだ。
魔物の気配も特に感じない。
「城内には不死系の魔物はいないんですね。」
『瘴気の被害を色濃く受けた者は死体も残らなかったのだ。城を脱出した我々でさえ、場外で死してしまったほどだからな。』
なるほど。
瘴気はそれ程強力なものだったと言うことだ。
だがその反面、魔物の脅威は少ないとも言える。
「あれが二階層に上る階段の様だな。」
ボク達は魔物に出会うこと無く二階層に達した。
「ちょっと待って。まずはボクが先に見るよ。」
ボクは階段を上りきる前で仲間を制止した。
上った先に濃厚な瘴気があり、全滅! なんてことにはなりたくない。
ボクは二階層に上る直前で目を凝らした。
奥の方に僅かに黒い煙のようなものが見えた。
あれが瘴気であろう。
「奥の方に僅かに瘴気が出ているようだ。」
『ふむ。このまままっすぐの方向であるか?』
「ええ。あの向こうには何がありますか?」
『その方向には奥に階段があり、上ると玉座の間だ。皇帝陛下を封印した場所だ。』
なるほど。
瘴気が漏れ出てきていると言うことは、やはり皇帝マクシミリアンの封印が解けかかっていると見るべきだろうか。
「でもその瘴気には触れられないんですよね? どうやってそこまで行くんですかぁ?」
シルビアが問いかけた。
その質問はもっともだ。
アダルベルト曰く、瘴気に触れたものは高い確率で死に近付くらしい。
「うーん、見た限りあれは煙状に出ているみたい。風の魔法で吹き飛ばせないかな?」
「試してみるか?」
「いや、リシャールさん待ってください。私がやってみます!」
シルビアがリシャールを制した。
「お前がか? まぁお前もいっぱしの魔導士なのは分かるが…」
「とにかく私に任せてください。」
シルビアが自信ありげな表情で前に出た。
黒檀の杖を前に掲げ、呪文の詠唱を始めた。
すると杖の先で風が渦巻き始めた。
そして数秒後、旋風が前に向かって放たれた。
「ほう、中々の威力じゃないか。」
リシャールが感心したように言った。
シルビアの風魔法は期待通りの効果を上げ瘴気を吹き飛ばした。
これなら前進できそうだ。
「よし、じゃあ進もうか。ボクは継続して魔眼で瘴気を見るから、みんなついてきて。」
ボク達は注意深く瘴気を警戒しながら進んだ。
数分程歩くと、先程アダルベルトが言った玉座の間に続く階段の下までやってきた。
階段の先には重い扉があるようだ。
あの向こうが玉座の間だ。
『玉座の間は瘴気が濃い可能性が考えられる。あの扉は我が開けよう。』
「大丈夫なのですか?」
『我はもう死んでいる。瘴気の影響は受けん。我が扉を開けたら、その向こうに先程の風の魔法を打ち込んでくれるかね?』
「分かりましたぁ!」
シルビアが陽気に答えた。
この子、すぐ隣に骸骨戦士がいてもビビらないのかな。
『では行くぞ。』
アダルベルトが階段を上り、その先の扉を開けた。
「竜巻!」
すぐさまシルビアが風の魔法を発動した。
開いた扉から漏れ出そうだった瘴気が拡散していく。
ボクはそれを確認すると皆に合図を出した。
「…何者か?」
部屋の奥から低くしゃがれた声がした。
『お久しゅうございますな、陛下。』
そう言いながらアダルベルトが膝をついた。
視線の先には鎖に繋がれた筋張った男がいた。
この男がアルストロメリア帝国最後の皇帝・マクシミリアンだと思われる。
繋がれた鎖が皇帝を縛っていた封印だろうが…。
「貴様は…、アダルベルトか。随分見た目が変わったものだな。」
『あれから100年経っているそうですからな。陛下はお変わりなく。』
「アダルベルト。余は貴様を忠臣だと思っていたのだが…。良くも再び顔を出せたものだな。」
それを聞いたアダルベルトが立ち上がった。
『我は祖国を滅ぼした裏切り者です。…ですが、人が滅びるよりも良いでしょう。』
アダルベルトが大剣を構えた。




