第65話 死霊の町・旧リンネ(2)
ボク達一行は旧リンネに到着した。
「ふぇぇ、大きな町だったんだねぇ…!」
ヒスイが感嘆の声を上げた。
その通りである。
巨大かつ長く続く城壁は間近で見ると町の規模の大きさを物語っていた。
所々崩落してしまってはいるが、ここには間違いなく大都市が存在していたのだ。
「これだけの規模の都市を攻略するのは並大抵のものでは無いな。アダルベルト将軍と言う人物は、余程の名将だったのだろうか?」
リシャールも素直な感想を口にした。
「陣立てが完了次第中へ参りましょう。あの崩落個所から入ることが出来ます。」
エリクがボクに話し掛けて来た。
傍らでは数名のアルストロメリア王国兵がテントを設営していた。
彼等の役目はボク達の補佐だ。
この場所を拠点として使用する為、その為の準備をしてくれているのだ。
「内部に入るのは皆さんと僕、そして王国兵5名です。町の規模もありますから、数日に渡る調査になるかもしれませんね。」
「そんな少人数で大丈夫なの?」
ヒスイがエリクに問い掛けた。
「ええ。僕達は戦争に来たわけではありませんからね。調査の場合、少人数の方が逆に小回りが利いて良いものなのですよ。」
エリクが答えた。
「エリク議員。出発の準備が整いました。」
王国兵が一人駆け寄って来た。
口髭を蓄えたこの兵士はボク達と共に旧リンネの調査を行う小隊の指揮官、レオン・イグレシアスとの事だ。
「よろしい、レオン殿。打ち合わせ通り、貴官は小隊を率い、僕達と行動してください。残りはこの拠点を維持するように。」
「は! 畏まりました!」
レオンは敬礼すると、部下に命令すべく駆け出していった。
人鬼が人族の兵に命令を下すのはある意味異様な光景ではあるが、エリクはそれ程の権力があるのだろう。
王国兵の指揮官レオンが部下達に命令し終えるのを見届けると、エリクがまた口を開いた。
「ではそろそろ出発しましょう。この町にはもう半世紀以上人が踏み入れておりません。用心して参りましょう。」
ボク達は旧リンネの町に足を踏み入れた。
―――
崩落個所から通りを町の中心部へ伸びる道を進んだ。
「ここは旧市街ですね。旧リンネは初めは小さい町でしたが帝国が領土を拡大していくにつれ、東に向かって町を拡大したと言われています。」
なるほど。
確かにこの辺りの廃墟は崩壊が酷い。
まっすぐ伸びる道の先には門が見えた。
あそこが旧市街と新市街の境界線だったのだろう。
「…魔物の気配がするな。」
リシャールが何かを感じ取ったようだ。
「あの門の向こうか?」
「ああ、その様だな。」
ボクは前方に意識を集中させた。
確かにそのような気配を感じた。
最大限、警戒する必要があるだろう。
ボクはその事をエリクや随行の王国兵に伝えた。
40分程歩くと、ボク達は境界の門に到着した。
門は固く閉じられている様だ。
「この門は最後に訪れた調査団が封印したそうです。それも向こう側からね。」
「向こう側から? それはどういうことです?」
ボクはエリクの方を見た。
「その者達が戻ることが無かったので想像でしかありませんが、恐らく後から同胞が立ち入ることの無い様に閉ざしたのでしょう。この地は危険である、だから誰も入るな。とね。」
その者達は、門の向こうで何者かに襲われたのだろうか?
そして自らを犠牲にして、この門を閉ざしたのかもしれない。
「でも向こうから封印されているんじゃ、この先にどうやって入るの?」
ヒスイの問いはもっともだ。
「良い質問です。そのあたりは僕にお任せください。」
エリクが背負っていた袋から呪文書を数枚取り出した。
「長年の研究で、この門を封印していた術式を解明できましてな。この呪文書を使えば…」
エリクが持っていた数枚の呪文書を発動させた。
呪文書の光が門の隙間に吸い込まれていった。
ガチィィ!!
鈍い音と共に、門の錠が外れた様だ。
「ご覧の通り、これで門を開けることが出来ます。」
エリクがドヤ顔で振り向いた。
「失礼、我々が門を開けましょう。」
レオンとその部下達がエリクの前に割り込んだ。
「よし、開けるぞ!」
号令を共に、兵達が門を押した。
重い門が少しずつ開いていった。
「開いた…うぉ!」
兵士の一人が何かを避ける様に後ろにのけぞった。
「魔物か!?」
「構えろ!」
兵士達が抜刀し、戦闘態勢に移行した。
彼等は中々に訓練された者達の様だ。
その視線の先には生ける屍の様だった。
それは朽ち果てた、アルストロメリア王国兵の鎧を纏っていた。
恐らく彼等はかつての調査団として派遣された兵であろう。
「小隊各位! 彼等はかつての同胞である。無念の内に死した先達に敬意を表し、我等の手によって葬るのだ!」
レオンが号令を掛けた。
兵達が生ける屍の群れに突入していった。
ガァァン!
ギィィィィン!
辺りに剣戟の音が響いた。
「リディ。俺達は加勢しなくて良いの?」
ヒスイがボクの服を引っ張った。
「ああ…。今は大丈夫じゃないかな。」
ボクは答えた。
レオン達王国兵の戦いは優勢の様に見える。
「彼等の剣には聖属性が付与されている様だな。」
リシャールが口を挟んだ。
「分かりますか? …旧リンネには過去の経緯から不死系の魔物が蔓延っていると考えました。故に、ここを調査するにはそれに対する策が必要かと思いましてね。…もっとも、僕の力では国王陛下から借り受けた精兵である彼等5名に装備を与えるのが限界でしたけどね。」
エリクが頷きながら答えた。
なるほど、実に準備が良い事だ。
その場にありそうなことが予測できているのであれば、対策は立てやすい。
「敵が不死系魔物であれば、彼等がいればある程度は何とかなりましょう。しかしそれだけでは無いかもしれない。」
「エリク殿は、他に強い“何か”がいると考えておいでか?」
「…ええ。不死系魔物だけであれば過去の調査団でも対処出来た筈です。ですが彼等は帰らなかった。」
エリクが前方で起きている戦いを見つめた。
目の前で討伐されていくのは、その“彼等”だ。
「彼等の身に当時なにがあったのか、それは今は分かりません。それが分かった時は、貴女達の出番です。期待していますよ。」
エリクがにこっと笑いながら言った。




