第64話 死霊の町・旧リンネ(1)
翌日、ボク達はかつてのアルストロメリア大帝国の首都、旧リンネに向かう場所の中にあった。
再度、ボク達が向かっている旧リンネについておさらいしておこう。
時を遡る事500年ほど前。
この大陸、ビエルカ大陸の大半を支配していたのはアルストロメリア大帝国であった。
建国されたのはそれよりも50年ほど前であるが、第3代皇帝・グラディウスの時代に最大版図を迎えた。
賢帝とも呼ばれたグラディウスは武力によって支配領域を拡大させていったが、彼は被支配地域の種族を虐げることをしなかった。
地方行政官にはそこに住む種族の者を任命し、各々の地の政治を任せた。
専制的な支配はせず、帝国を名乗って入るが実体は他種族による連合国家と言う色合いが強い。
強力な指導者の下、民の声をすくい上げる政治体制。
その姿勢は民衆に支持された。
それ故、アルストロメリア大帝国は広大な領土を維持することが出来たのである。
その賢帝により首都として建設された都市が旧リンネである。
帝国の力が増すに連れ街の領域も広がり、人口は数万を数えた。
この世界では有数の大都市である。
賢帝時代から3世代に渡る時代がアルストロメリア大帝国の隆盛時代と言われた。
だが4代後のウェルス帝の時代から、その隆盛にも陰りが見え始めた。
専制化する皇帝の下各地で叛乱が起き、その支配領域が減少していった。
そして100年前の事、マクシミリアン帝の時代に決定的な事件が起きた。
腹心であった筈のアダルベルト将軍が挙兵した叛乱軍に、首都旧リンネが攻撃された。
アダルベルト将軍が何故挙兵したのか、その理由は現代においても明らかになっていない。
その理由を語ることは禁忌とされたからだ。
だが名将と言われたアダルベルトの軍によって、旧リンネは徹底的に破壊された。
マクシミリアン帝は廃され、その従兄弟のオズヴァルドが後継ぎとされた。
しかしオズヴァルドは帝位を継ぐことは出来ず、その国家は現在まで続くアルストロメリア王国となったのである。
大帝国の象徴であった首都旧リンネが破壊されると帝国は瓦解し、支配地域にあった国々が次々と独立した。
これが歴史書に書かれている正史である。
道すがら、エリクがそれを解説してくれていた。
「あと2キロ程ですから、このペースですとあと30分程で旧リンネに到着しますね。」
昨日出会った人鬼のエリクが口を開いた。
エリクはボク達に“仕事”を頼んだ張本人である。
ボク達はその“仕事”の為に、旧リンネに向かっているのだ。
「それにしてもそのアダルベルト将軍と言う人物は、首都リンネを破壊する必要があったのだろうか? 愚帝を廃するだけであれば、街まで壊す必要は無かったのではないか? それが帝国崩壊の切っ掛けになってしまったのであれば尚更だ。」
リシャールが質問した。
「リシャール殿の仰る通りです。体制転覆を謀るだけでは必要の無い事だ。当時の国民の多くも犠牲になったでしょう。」
「それなら一層不可解だ。何故自らの国民にまで刃を向けるような事をしたのだ?」
「一説にはアダルベルト将軍は被支配地域の出身だからとも言われていますが、僕に言わせてみればそれは決定的な理由にはならないと思います。もちろん後世、調査団が組織され事件や旧リンネの調査が為されました。…それでも明らかにできなかった。」
「それは何故です?」
ボクが口を挟んだ。
「まず叛乱軍の頭目であったアダルベルト将軍はその戦で死亡してしまいました。彼の側近達も新国王に就いたオズヴァルドによって処刑されています。」
新国王は自分を王位に就けた、言わば味方の勢力だった者達を処刑したのか…?
「…それも不可解な事ですね。アダルベルト将軍の勢力は新国王にとっては味方では無かったのですか?」
「仰る通りです。しかし新王オズヴァルドによって、アダルベルト将軍叛乱について語ることが禁じられました。そして10年後オズヴァルド王も何者かに殺害され、即位した弟のユリアヌス王により事件の調査団が結成されました。ですが幾度も調査団が派遣されましたが、彼等は帰ってくることはありませんでした。」
「と言う事は、その調査団は命を落としたという事か? 今の町から僅か数キロにある町に行っただけなのにか?」
リシャールが驚きの声を上げた。
当然の感想である。
新リンネから旧リンネは肉眼でも見ることが出来るくらい近いのだ。
普段暮らしている分には何も起きることが無い場所に調査に行き、その者達が帰ってくることが無いなんて想像できるものでは無い。
「信じられないでしょうが、事実です。歴史の中で精鋭の調査団が行っても死した場所です。また、何人もの冒険者も調査に向かいましたが、同様でした。今から僕達が向かう場所はそう言う所だという事をお忘れなく。」
エリクが警告した。
そう、ボク達はこれからそこに行く。
ボク達がエリクから頼まれた仕事は、旧リンネの調査だったのだ。
旧リンネ…。
いったいそこでは何が起きていたのだろう…?




