第63話 人鬼のエリク
「峠につきましたよ!」
シルビアが声を上げた。
「ようやくここから下り坂か。」
リシャールは汗を拭きながら傍らの木に寄りかかった。
スーサの町を出発して3日、山岳路の中間地点までやって来たわけだ。
「少し休憩しようか。」
「そうだね。あ、俺お茶の支度するね。」
ヒスイが鼻歌を歌いながら、荷物袋から茶葉や水筒を取り出した。
「私も手伝おう。」
リシャールもそれに加わった。
「シルビアちゃん。この先の道ってどうなってるの?」
ボクはヒスイ達を眺めながらシルビアに問い掛けた。
「この先ですかぁ? この先は多少のアップダウンはありますけど、基本的には下り坂ですね。」
ふむふむ、下り坂か。
そう言う事であれば多少はスピードアップするかもしれないな。
「あ、でもこの山道を下りきった先は平原がありますが、そこからは魔獣が出るんですよ。」
「へぇ~。」
魔獣か。
そう言えばイルマさんが言っていたな。
バルデレミー商会の隊商もこの先に進んでいる筈だが、大丈夫だろうか?
ボクはそう考えながら、襲撃者の一件を思い出した。
イルマはかなりの戦闘能力を持っていた。
余程強大な魔獣でも出ない限り大丈夫な気もするが。
1時間ほどの休息を終え、ボク達は山道を下り始めた。
そして翌日、麓の町に到着した。
麓の町・リンネ。
かつてはビエルカ大陸の大半を支配したアルストロメリア大帝国の都と同じ名前を持ち、現在のアルストロメリア王国の首都になっている場所である。
もっともアルストロメリア王国は旧大帝国と同じ名前・血統の王族が統治しているが、かつての最大版図とは比べ物にならない程の小国である。
それでも今まで永らえて来たのはその伝統からであろう。
また旧大帝国の首都であったリンネは現在の町より5キロ程西方にあった為、旧リンネ・新リンネと区別されていた。
「へー、この国はそんなに凄い国だったんだ。」
「そうなんです。まぁ昔の話ですけどね。」
ヒスイとシルビアがわいわいと話をしていた。
「あ、そうだ。町の城壁の方に展望台があるんですけど、そこから旧リンネが見えるんです。見ていきますか?」
シルビアがボクの方を見た。
んー、まぁもう夕刻だしこの町で休息を取ろうと思っていたから、少し観光気分でも良いかな。
「そうだね。折角だし見学してみようか。」
ボク達は町を守る城壁に上った。
城壁の上には数名の警備兵が巡回をしていたが観光客も歩いていた。
この場所は歴史に触れられる観光地と言ったところか。
少し歩くと城壁が高くなっている場所が見えてきた。
これがシルビアが言っていた展望台か。
階段を登ると、外の風景が一望出来た。
「あそこに見えるがアルストロメリア大帝国の首都だった旧リンネの遺跡です。」
シルビアが指さした方向には巨大な廃墟群が見えた。
「なるほど、凄い…」
あの町は在りし日はかなりの大都会だったのだろう。
所々朽ち果て崩れてしまっているが、この“新リンネ”の数倍の規模に見えた。
塔の半分は崩れているが都城を中心に数万人以上の人が住み、そして交易の中心であったことが伺える。
「それ程の大帝国が何故滅びてしまったんだろうか。」
リシャールが呟いた。
「おや? 君達はビエルカ大陸の外から来たのかい?」
後ろから誰かに話し掛けられた。
振り向くと、そこには眼鏡を掛けた人鬼が立っていた。
「あ、エリクさん! お久しぶりです!」
シルビアがその人鬼に駆け寄った。
「やぁ、シルビアさん。お久しぶりだね。」
エリクと呼ばれた人鬼とシルビアが握手を交わした。
「そちらの方々は君のお知り合いかい?」
「ええ。最近仲間にして頂いた方々で…」
「ふぅむ…」
エリクが眼鏡を触った。
「シルビアのお仲間の皆さん。僕は人鬼のエリクと申します。人族のシルビアのお仲間にしては実に種族が多様な気がしますが…、よろしければ僕の屋敷に来ませんか? もし宿が決まってないのなら宿泊して頂いても結構です。」
エリクが丁寧な口調で話し掛けて来た。
「エリクさんはとても良い人…、人鬼ですよ! 安心して良いです!」
シルビアが目をキラキラさせながら言った。
うーん、宿を提供してくれるのは確かにありがたい。
リンネも人族の町だから、ボク達が歓迎されるか分からないし。
「分かりました。是非お邪魔させてください。」
ボクはそう言いながらペコリと頭を下げた。
「…!?」
魔族が人鬼に頭を下げたのを意外に思ったのだろうか。
エリクは少しキョトンとしたような表情になった。
「…では参りましょうか。僕の屋敷はこちらです。ここから近いですよ。」
エリクはボク達を案内するように前になった。
城壁から徒歩10分程で、エリクの屋敷に到着した。
屋敷はかなり立派なものだった。
同じ人鬼の土鬼族の村を想像してしまっただけにその差は意外に感じた。
「お帰りなさいませ、旦那様。」
使用人が出迎えて来た。
「うむ。今日は客人が見えている。急で済まないが、歓迎の支度をしてくれるかな。」
「畏まりました。」
エリクの指示を受け使用人達が慌ただしく動き始めた。
「えっと、エリクさん? あまり気を使ってもらわなくても大丈夫なんですが…」
それを見たボクはエリクに話し掛けた。
「いやいや、お気になさらず。とりあえず居間にご案内しますから、僕についてきてください。」
エリクは意に介さない。
ボク達は仕方なく後に続いた。
「そちらにお掛けになってください。」
エリクに促され、ボク達は居間のソファに腰掛けた。
「うわー、ふっかふかだねー。」
ヒスイはソファの上で飛び跳ねていた。
「こら! バタバタしないの!」
「はぁーい。」
ヒスイは飛び跳ねるのをやめると、ボクの肩にもたれ掛かって来た。
「失礼します。」
少しして使用人が温かい飲み物を運んできた。
「ありがとうございます。」
ボクは一礼し、飲み物を受け取った。
「さて、改めて自己紹介させて頂きましょう。僕はエリク・スラーデクと申します。種族は人鬼ですが、この国の代議員を務めています。」
エリクがにこやかに自己紹介をした。
なんとこの人鬼はアルストロメリア王国の代議員だそうだ。
「人鬼が人族の国で代議員をやってるなんて、意外に思うでしょう?」
本当に意外である。
この国は人外の種族にも理解がある国なのだろうか?
「アルストロメリア王国の前身、アルストロメリア大帝国はかつてこの大陸の大半を支配していました。ですがただ単に武力で支配するだけでは国の統治は上手くいかないものです。支配地域にいた様々な種族の声に耳を傾けていたそうです。」
なるほど。
つまりその名残で、この国は人族以外にも理解があるという訳だ。
「その様な善政を敷いていた国が何故滅びたのだ?」
リシャールがエリクに質問した。
「良い質問です。…如何にその当時の支配者が名君であったとしても、それが常に続くとは限らない。己の野心、そして他種族を良く思わない者も時折現れるものなのですよ。」
「その結果として、国が崩壊したわけか。」
「その通りです。その反省の下、王朝は他種族に寛容な国として存続しました。もっとも時既に遅く、小国に成り果ててしまいましたがね。さて…」
エリクが眼鏡を外した。
「貴女方に少しお願いがあります。話させて頂いてよろしいでしょうか?」
お、お願い?
いったい何なのだろう!?




