第62話 再び山岳路へ
翌日ボク達は再び山岳路に突入した。
今回は徒歩で、である。
勿論馬車を手配しても良かったのだが、よくよく考えたらボク達の中に馬を扱える者がいなかったのだ。
馬車が通れる程度の広さは確保されているが、勾配がかなり急である。
「んーしょ、んーしょ!」
少し後ろでは杖で体を支えながら一生懸命登っているシルビアがいた。
彼女は体力的には一般的な人族とあまり変わらない様で、ボク達に比べれば少し遅れがちだ。
「大丈夫? シルビアのお姉ちゃん…」
一行の後ろを守っているヒスイが心配そうに見つめていた。
「す、すみません…。足引っ張ってしまって…」
シルビアが申し訳なさそうな顔で答えた。
「シルビアちゃん、この先の様子ってどうなってる?」
「そうですね。この先、一端平坦な場所もあるのですが、そこから更に先はまだまだつづら折りの坂が続いていますよ。」
「ふむ…」
ボクは腕を組んだ。
今はもう夕方だ。
この状態であれば、その一端平坦になっている場所で休息を取った方が良さそうだ。
「よし。ではその平坦になっている場所で今日はもう休息にしよう。」
「はい…。ありがとうございます。」
一時間程歩くと、その場所に到着した。
なるほど、確かに勾配がほぼ無く、また少し広い場所になっていた。
恐らくはこの街道を整備した際、道中の休息場として作った場所だろう。
その先に視線を向けると、シルビアが言ったようにつづら折りの道が続いていた。
「わー! 綺麗な夕日だね!」
ヒスイが感嘆の声を上げた。
この場所は見晴らしも良く、沈んでいく夕日がとても綺麗に見ることが出来た。
「ふ~~!」
傍らでシルビアが岩の上に腰を下ろしていた。
「シルビアちゃん、足とか痛めてない?」
ボクはその隣に座った。
「いえ、大丈夫です。その…」
シルビアが俯いた。
「どうしたの?」
「すみません。私がいなかったら、もっと先まで行けたかもしれないのに…」
シルビアは膝を抱え、体を縮こまらせた。
「んー、考えすぎだと思うけど。君はこの旅、楽しくないかい?」
ボクはにっこりと笑った。
「そんなことは…。でも私、迷惑を掛けて…」
「…しょうがないな。」
ボクは左腕でシルビアを引き寄せ、軽く抱きしめた。
「え…?」
シルビアがボクの顔を見た。
その時、淡い光がボク達を包んだ。
「あ、あれ? 何か少し疲れが取れた様な…?」
「見様見真似だけど、うまくいったかな。」
ボクはにっこりとほほ笑んだ。
「リディさん? 今のはいったい…?」
「ボクはね。実はエルヴェシウス教の教皇、アンナマリーの加護を受けてるんだよ。あの子の能力のひとつに、対象の体力を回復させるものがあった。ケガは治せないらしいけどね…」
「エルヴェシウス教皇の加護ですか…? 魔族の貴女が…!?」
「うん。ボクはあの子と友達なんだ。あの子の加護を受けたボクなら、もしかしたらあの子の何分の一でも同じ能力を使えないかなと思ったんだけどね。」
目論見通り、100%といかないまでも使用することが出来た。
アンナマリーには感謝だ。
「ありがとうございます。リディさん。」
シルビアの表情が明るくなった。
良かった。
「リディ、テントの設営が出来たぞ。」
リシャールが声を掛けてきた。
野宿に備え、簡易的にではあるがテントを所持していた。
大きなものであるが、性能の高い魔法袋を持っているから持ち運びの問題はない。
「今日の見張り当番は俺だね。皆はゆっくり休んでてよ。」
ヒスイが剣を持って立ち上がった。
ボク達はこういう時は交代で見張りに立つ事にしていた。
今日はヒスイの番だ。
「ああ、よろしく頼むよ。何かあったらすぐに呼んでね。」
「うん!」
ボクは見張りをヒスイに任せ、床に入る事にした。
―――
どれくらい時間が経っただろう。
シルビアは目を覚ました。
体を起こしテントのチャックを開け、外を見た。
外はまだ夜だ。
ここまでの登山で疲れているはずだが、目が覚めてしまった。
傍らではリディとリシャールが静かな寝息を立てていた。
つい最近知り合った筈の人族と一緒にいるのに無防備な事だ。
それほどシルビアの事を信用しているのだろうか。
少し外の空気を吸って来よう。
シルビアはテントの外に出た。
「綺麗…」
空は雲一つない、満天の星空だ。
「あれ? シルビアお姉ちゃん、どうしたの?」
剣を傍らに抱えたまま岩に座っていたヒスイが話しかけてきた。
「ああ、ヒスイさん。…どうも眠れなくて。」
「そうなんだ。じゃあこっちに来なよ。俺とお話しよう。」
ヒスイが横の岩をぽんぽんと叩いた。
「は、はい…!」
シルビアはとことこと歩いてヒスイの隣に座った。
「綺麗な星空ですね。」
少しの沈黙の後、シルビアから口を開いた。
「うん、そうだねー」
「最近は、こんな気持ちで星空を眺めることはありませんでした。」
「そうなの? 人族は文化的だから、俺なんかよりそう言う風に見てるのかと思ったよ。」
ヒスイの言葉に、シルビアは一瞬言葉に詰まった。
「…一人で冒険者として活動していた時は、そのような心の余裕がありませんでした。いや、人族は確かに文化的かもしれませんが、どれくらいの人がそんな余裕があるんでしょうか。」
「ふーん、そんなもんなのか…。まぁ俺だって人鬼だったことは夜空を見上げる事なんか無かったけどね。」
ヒスイが頭を掻きながら言った。
「ヒスイさんは、リディさんと出会ったことで最上位人鬼に進化したんでしたっけ?」
「そうだよ。リディは、俺の一族に力を与えるために契約をしてくれたんだ。」
「そうなんですね…」
小鬼は力が弱い種族だ。
その中にあっても進化する者もいるが、良くて人鬼止まりな筈だ。
それを全員でないにせよ、集団で最上位人鬼に進化をさせたリディの魔族としての力はさすがと言えるだろう。
「でもリディさんってそんなに凄い人なのに、全然奢りとか無いですよね。私も冒険者としての仕事上魔族に出会ったことはありますが、リディみたいな魔族に会ったことがありません。」
「そうだね。…だから俺はリディが好きなんだ。」
ヒスイが恥ずかしそうに言った。
なるほど、二人はそう言う関係なのか。
「と、ところでシルビアお姉ちゃんはなんで冒険者になったの?」
ヒスイが話題を変えた。
「私ですかぁ? 私は恩返しの為ですかね…」
「恩返し?」
「はい、実は…」
シルビアは自身の事を話した。
自分は孤児で、赤ん坊のころにスーサの町の、あの小料理屋に引き取られたこと。
その小料理屋で本当の家族の様に育てられた事。
「私は幸いに魔法の才がありました。私に出来るのはそれくらいですから、それで少しでもお金を稼げればと思ったんです。」
「そうなんだ。それでお姉ちゃん…」
「な、何ですか!?」
「Bランク冒険者と言えばそれなりにお金稼いでる筈なのにその…」
「みすぼらしい恰好をしてるって言いたいんですか?」
シルビアが少し頬を膨らませた。
「ま、でもそうですね。稼いだお金の大半は、“実家”に入れています。私は、自分が食べられていればそれで良い。私の本当の両親は、私にこの杖だけは残してくれました。こんな私を、誇らしく思ってくれてれば良いな…」
シルビアが黒檀の杖を握りしめた。
「ふぁ…。お話してたら気持ちが楽になって眠くなってきました。ヒスイさんは見張りで大変かと思いますが、私はもう一寝入りしてきますね。」
「うん。俺は当番だから気にしないで。ゆっくり休みなよ。明日も旅で大変だから。」
「はい、ありがとうございます。それじゃお休みなさい。」
シルビアはペコリと一礼すると、テントの中に戻った。
随分気持ちが楽になった。
この一行は、本当に心が温かい人達だ。




