第61話 新しい仲間
「さて、飲み物は何を飲むかね? 俺は世界中の茶葉を集めるのが趣味でな。」
ジルベスターが得意げな顔で言った。
「そ、その様で…」
ボクは部屋を見渡した。
確かにジルベスター言うように茶葉が入れられた瓶がいくつも置かれていた。
しかし部屋に飾られていたのはそれだけでは無い。
魔獣の剥製や毛皮等がいくつも飾られていた。
あくまでも美的感覚のせいかもしれないが、お世辞にも趣味が良いとは思えなかった。
「な、何か凄いですね…。その、剥製とか…」
シルビアが少し声を震わせながら言った。
「ああ。これらは俺が冒険者として世界を回っていた頃に狩った魔獣共でな。」
ジルベスターがそう言った時、ヒスイがボクの服をギュっと握って少し震えているのに気が付いた。
視線の先を見ると、小鬼の剥製があった。
「ジルベスターさん、でしたね。ボク達はあなたの趣味に付き合う気はありません。ところでご用件は何ですか?」
「ふむ…」
ジルベスターが肩を竦めた。
「まぁ、そこに掛けたまえ。」
「いぇ、このままで構いませんよ。」
仲間が不快に感じている相手と馴れ合う気は無い。
「ふむ。俺はどうも君達に嫌われている様だな。」
ジルベスターがそう言いながら横を見た。
「ああ、剥製のことか。小鬼のものがあったな。」
「・・・」
ヒスイはボクの服を掴んだままジルベスターを睨み付けた。
「これは俺が冒険者になった時に最初に狩ったものだ。勘違いしないでほしいのは、俺は種族なんかで差別したりしない。如何なる種族であれ、強い者は尊敬する。ここにあるのは俺より弱かったモノだけだ。」
まぁこの男の言う事には一理ある。
この世界は実力無きものは狩られてしまう。
「君達は違うだろう。さて…」
ジルベスターは椅子に深く腰掛けた。
「俺は君達に興味があってな。」
「興味…ですか?」
何を急に気持ち悪いこと言ってるんだ、このおっさんは。
「俺も各地を回っていた頃、何人も魔族に出会ったことがある。敵としても、味方としてもな。だが君のようなのは初めてだ。」
んー、見た目の話かな?
真っ白けな魔族はそうはいないとは思うけど。
「あんた、魔族の癖に聖なる何者かの加護を受けているな?」
「へぇ、分かるんですか?」
なんと、この男、洞察力があるようだ。
加えて魔力検知能力が高ければプロスペールまでとはいかないまでも、相手を見極める事が可能だ。
「ああ。相手を見極める力が乏しかったら、冒険者としてここまで生き残る事は出来んよ。」
「ん、まぁ、そうですね。」
「いったいあんたは何なんだ? その容姿は聖なる加護のお陰か?」
ボクの容姿ね…。
背が低かったり貧しいお山なのは、まぁ昔からだ。
全身真っ白けなのは教皇の加護の影響だな。
白い魔族は恐らく他に存在しないことだろう。
「うーん、加護を受けていることは認めますけど詳しく話す気はありませんね。」
ボクはぷいっと顔を背けた。
後ろでシルビアが“あわわ”と言うような顔をしているが、見なかったことにしよう。
「はっはっは、俺に対して物怖じしない所はさすがだな!」
ジルベスターが豪快に笑った。
「シルビア、この人何言ってるの?」
ボクはシルビアに小声で問い掛けた。
「ジルベスターさんは、実は処刑人の一族の出身なのです。この国、エラム大公国が専制色が強かった頃叛逆者や気に入らぬ者を処刑していました。」
シルビアがジルベスターを見ない様にしながら答えた。
「そしてこの町は処刑人の一族である俺の祖が作った町なのだ。エラム大公家が穏健になった今も、この町の住民は俺の一族を恐れている様でな。」
なるほどね。
強い者を敬い、弱い者を見下す気質はその一族の血が為せるものなのかもしれない。
「ふーん。でもボクにとっては貴方がどこの一族の出とか興味がありませんからね。重要なのはボク達に牙を向くか向かないかでしてね。」
「くくく、なるほどな。そいつは重要だ。」
「…さて、ボク達はそろそろお暇しますね。」
「お、そうか? 俺はもっと話をしたかったのだがな。」
「ボクはそれほどしたくありませんからね。」
ボクは一礼して後ろを向いた。
「ククク、また会いたいのだがな。」
「さぁ? それは神のみぞ知る、ですね。」
「魔族から神の話が出るとはな。エルヴェシウス神にでも祈っているのか?」
この人、やっぱ嫌いだ。
「さてね。それではごきげんよう。」
ボク達は冒険者ギルドを後にした。
―――
「何か嫌な奴だったな。」
リシャールが吐き捨てる様に言った。
「そうだね。ヒスイ、大丈夫かい?」
ボクはぴったりと横に貼りついているヒスイを見た。
「う、うん。ちょっとイライラした。昔の俺だったら斬りかかってたところだ。」
ヒスイも成長したんだな。
ボクはヒスイの頭を優しく撫でた。
「そ、それにしても本当にリディさん達は凄いですよね。」
シルビアが口を挟んできた。
「ん? あのジルベスターにビビらなかったっていうところ? ボクはさ、処刑人の一族とか知らないし。」
「ええ。でもあの人は冒険者としても実力が高いんですよ。リディさんもそう感じたでしょ?」
「まぁそうだね。Aランク相応なチカラがありそうだ。でも仮にあの場でボク達に敵対行動をしたとしても、ボク達ならば脱出は可能だし。」
この見立ては間違いでは無いだろう。
確かにジルベスターは高い実力を持つだろうが向こうは一人だ。
戦闘を継続せず逃げの一手を打つならば、それは容易だ。
脅威のレベルで言えば、同じAランクでもディートリヒの方が恐ろしい。
「ところでシルビアちゃんはこの後どうするの? ボク達はこのまま町を出るつもりだよ。本来の目的があるからね。」
「私ですかぁ? う~ん、お金も無いしまたギルドでお仕事探すつもりですけど…」
シルビアが顎に人差し指を当てながら答えた。
「シルビアちゃん。ボクは町を出て山岳路を行くつもりだ。でもこの先の地理に明るくない。君はこの大陸の地理に明るいかい?」
ボクはシルビアに問い掛けた。
バルデレミー商会の隊商とはだいぶ距離が開いてしまっただろう。
もしかしたら合流できない可能性がある。
であれば、地理に明るい人を仲間にしたいところだ。
「え、まあ、地元ですからそれなりには…」
「ならボクは君に道案内を依頼する。目的地に着くまでで良いから。」
「ほ、本当ですかぁ!?」
シルビアの表情が明るくなった。
「ああ。お礼のお金はいくらくらいあればいいかな?」
「い、いえ! お礼なんていらないです!」
「ええ…、そういう訳には…」
「いえ!」
シルビアが首をブンブンと振った。
「私、もう違約金を立て替えて貰っちゃってます! それなのに、更にお金をもらうなんてできませんよ!」
「そ、そう?」
この子、なかなか律儀な子なのね。
「あ、でも、ご飯とかは食べたいです。…良いですか?」
シルビアが困り眉の顔でボクを見てきた。
この子、そんなにお金持っていないのか…?
まぁボクは今までの仕事で稼いだお金があるから問題は無いな。
「それはもちろん大丈夫だよ! ねぇ、みんな!」
「ああ、問題ない。」
「うん! このお姉ちゃん、何か面白そうだし!」
仲間も問題なく受け入れられそうだ。
「やったぁ! 嬉しい!」
シルビアがとんがり帽子をずり落ちそうにしながら喜んでいた。
この日、新しい仲間が加わったのである。




