番外編 僕はココロの鍵を開ける(5)
ナイザール王ベルクールの為の初仕事。
その日僕はナイザール王国王都、バイゼル城から北に数日行った町を訪れていた。
この町はナイザール王国北方の有力者であるドールニック辺境伯領の中心となる町である。
「うわぁ、大きな町ですね。」
小高い丘から見えるドールニックの町は大きなものだった。
人口は5万程で、ナイザール王国では第二の人口・経済規模を誇っていた。
「そりゃそうだろう! あの町は北部有数のモノだからな。」
僕の横にいる男が若干乱暴な調子で口を開いた。
この男はロイ・キャンベル。
冒険者でもあるベルクール王ことケヴィンの仲間で、自身もBランク上位の冒険者だという事だ。
僕はこのロイと二人で、ベルクール王の指令を受けてドールニックの町を訪れていたのだ。
「でも大丈夫なんですかね? あれだけの規模であれば官憲もしっかりしてるでしょうし、中枢に忍び込むなんてことは出来るのですか?」
「はっはっは、心配するなよ。俺達にはナイザール王国発行の鑑札があるんだぜ。」
ロイが自慢げに鑑札を見せびらかした。
ロイの言う通り、この鑑札は公式に発行されたものである。
王様のベルクールが味方にいるのだから当然だ。
この鑑札によると、僕達はナイザール王国の査察官と言う触れ込みだ。
先述の通り、ドールニック辺境伯は北方の有力者だ。
有力者ではあるが王国内で言えば“外様大名”にあたる。
王国北部にはそのような“外様”の諸侯が数多くおり、南部の諸侯に比べ王国中央への忠誠意識は薄い傾向にあった。
その王国北部の諸侯を纏め上げていたのがドールニック辺境伯家であった。
「北方の諸侯はドールニック辺境伯の下の纏まっている。当のドールニック辺境伯はかつての内戦後に一時ではあるが北方諸侯での独立を叫んだことがあるのさ。」
「つまりナイザール王国内にありながら、半分独立した状態にあるという事ですか?」
「そう言う事だ。本来であればナイザール王国の名の下、諸侯は一定の自治権が保証されている。だがこの辺りは違う。ドールニック辺境伯は強い力を持ち、独自の軍隊をも持っているのさ。」
辺境伯と言うのはそもそも国境付近の防衛する軍事地域の司令官に与えられる称号だ。
一般的に、重要な地点を防衛しているというのもあり、他の諸侯よりも大きな権限を与えられていた。
ドールニック辺境伯家も例外ではない。
小規模な官憲を除き、王国軍以外に独自の軍を保持しているのはナイザール王国ヘンドリクセン王家の分家であるマルゴワール伯爵家とドールニック辺境伯家しか無い。
さて、僕達が乗っていた馬車はドールニックの町の城門に到着した。
数名の衛兵が近づいてきた。
それなりに厳しい検査が行われている様だ。
「俺達はナイザール王国から公式に派遣されている立場だ。そんなに気にしなさんな。俺に任せておけばいい。」
ロイはそう言うものの、僕は緊張していた。
僕には戦闘技術が無い為だ。
「失礼、改めさせて頂きます。」
衛兵の指揮官らしき男が馬車を覗き込んできた。
「俺達はナイザール王国からの査察官だ。連絡は受けているだろう。」
「はっ…。しかし町の防衛に関わります故、ご容赦ください。」
「うむ、致し方ないな。」
衛兵が荷台の確認を始めた。
「鑑札を見せて頂けますか?」
先程の指揮官がロイの前に恭しく膝をついた。
「うむ。」
ロイは袋の中から2枚の鑑札を取り出し、指揮官に差し出した。
僕とロイのものだ。
「拝見いたします。」
指揮官は鑑札を受け取り確認を始めた。
まぁ公式なものであるから、何の心配もいらないのは確かだ。
「確かに、ナイザール王国発行の物で間違いありませんな。査察官のロイ・キャンベル殿と、助手のヒカル・アンドウ殿で間違いありませんか?」
「うむ、俺がロイだ。そしてそこにいるのがヒカルだ。」
僕は思わず指揮官に頭を下げた。
「指揮官殿! 異常はありません!」
僕達の馬車を調べていた衛兵が報告に来た。
「分かった。…査察官殿、大変失礼致しました。問題が無い事が確認できましたのでお通しできます。」
「うむ、職務ご苦労な事だな。」
「ご要望であれば我が手の者により町のご案内も可能です。ドールニック辺境伯にお会いするのは翌日でございましょう?」
「それには及ばぬ、俺達は自分で宿も取っているしな。」
「左様ですか。畏まりました。それでは…」
そう言うと指揮官は頭を下げ、詰め所に戻って行った。
「さて行くか。」
ロイは従者に命じ、再び馬車を走らせた。
宿として利用する洋館に向かう為だ。
「厳重な審査でしたね。」
「ふむ、まぁ待て。」
ロイは僕の言葉を遮ると、荷台の方を漁り始めた。
…?
僕は理解できず首を傾げた。
「ふむ、やはりな。」
そう言いながらロイが取り出したのは淡く光る小さな球だった。
パキィィン!
ロイはその球を強く握り破壊した。
「ロイさん、今のは…?」
「ああ。今のは“盗聴”の魔法が込められた魔法球だよ。さっきの衛兵共が仕掛けたんだろうよ。」
「盗聴…!?」
僕はあっけに取られていた。
まさか魔法が存在するような世界に、盗聴器のようなものが存在するとは…
「…そんなことまでするんですね。」
「そうだな。つまりここはそう言う事だ。」
ドールニック辺境伯領。
ここは別な国であると考えた方が良いらしい。
「僕達が泊まるところは大丈夫なんでしょうか?」
「そうだな。一応ナイザール王国の出先として管理されているからドールニックの力が及ばない筈だが、用心に越したことはないだろうな。」
15分程で、馬車は洋館に到着した。
館から使用人が出て来て、慌ただしく出迎えの作業を始めた。
「ロイ様、遠路はるばるお疲れ様でした。」
使用人の一人が頭を下げた。
「出迎えご苦労。荷物は運んでおいてくれ。俺はヒカルと明日以降の打ち合わせをするからな。客人が来ても誰も入れないでくれ。もちろんドールニック辺境伯の遣いもな。」
「畏まりました。」
僕はロイと共に洋館に入った。
「ドールニック辺境伯の遣いが来ても追い出すんですか? 大丈夫なんです?」
「俺達はドールニックの主筋の手の者だぞ? 何か問題があるのか?」
「それはそうですが…」
まぁ確かにそれはその通りであるが…。
僕達はある部屋に入った。
洋館の奥の部屋、ここは会議室として使用する部屋だ。
「この部屋は安全だ。特殊な魔法であらゆる間接効果の魔法を遮断する。」
「えっとそれは…?」
「つまり、盗聴等で探りを入れるのは不可能な部屋だってことだな。」
目の前には魔法陣があり、燭台には火が灯っていた。
これがその魔法を発動してるらしい。
「さて、明日からの事だが…」
ロイが話し始めた。




