第60話 ギルドでの一騒動
スーサの街で邂逅した魔術師の女の子。
それはボク達が襲撃した一団にいた子だった。
シルビア・マリエール。
それがこの子の名だ。
「それでですねぇ…」
ボクの横で歩くシルビアは実におしゃべりだった。
ニコニコと笑顔で可愛らしいのだが、矢継ぎ早にしゃべり続けていた。
「ちょっとぉ! 聞いてるんですかぁ?」
ボクの適当なあいづちに気付いたのか、少しむくれ顔になった。
「あ、ああ。お金無くて、あの仕事を引き受けたんだろ?」
リシャールが代わりに答えてくれた。
良かった。
ボクは全く聞いてなかったのだ。
食事を終えたボク達はスーサの冒険者ギルドに向かっていた。
シルビアが依頼の報告をすると言うことで一緒についてきたのだ。
まぁボク達は冒険者ギルドに寄る必要は無いのだが…。
「はぁ…、でも依頼失敗の報告なんかしたくないなぁ…。でもしないと罰金支払わないと…」
「え? 依頼失敗ってお金取られるの?」
「そぉですよー! 知らないんですか?」
ボクは少し上を見た。
うーん、実に初耳な話だ。
「実際には紹介料を預けていまして成功すれば報酬とその紹介料が返ってくるんですけど、失敗するとその紹介料相当額を更に支払うんですよ。この街のギルドは国依頼の仕事が多くて報酬も良いんですが、その辺がシビアなんです。」
なるほど、そういう事情なのか。
ボクが受けたことのある依頼もそういう条項があったのかもしれないが、今までよく読んだことも無かったな。
「そもそも依頼を失敗したことが無かったから知らなかったんだよ。」
「えええ? 失敗したことないって…。リディさん、冒険者ランクは何なんですか?」
「ボクかい? ボクはA-ランクだよ。」
ボクは冒険者カードを見せた。
「え、Aランク…。お仲間のお二人は?」
「ヒスイ達はCランクだよ。そもそも二人は冒険者になったばかりだからね。」
ヒスイ達は冒険者になって間もないがそれなりにランクの高い依頼をこなした為、ランクアップが早いのだ。
「えええ…。お二人がCランクなんて信じられない…」
シルビアがため息をついた。
「え、そうかな?」
ヒスイがシルビアの方を見た。
「はい。ヒスイさんは最上位人鬼ですよね? そもそも最上位人鬼なんて中々会えるものじゃないくらいレアなんですよ。」
それはそうだ。
そもそも子鬼は魔物としては弱い存在だ。
進化したとしても人鬼が良いところだろう。
それがヒスイ達土鬼族の多くが最上位人鬼になったのだ。
ヒスイはその中でも高い実力を持っている。
「リシャールさんだってそうです。黒妖精族だって強いんですよ! それなのにそれよりも強い存在じゃないですかぁ…」
「そういう君は何ランクなんだい?」
リシャールがシルビアの言葉を遮るようにして問い掛けた。
「私はこれでもBランクなんですけど、何か自信無くしちゃいます…」
うーむ、何と言うか励ますべきか分からない感じだな。
そうこうしているうち、ボク達は冒険者ギルドに到着した。
シルビアは受付に向かってトボトボと歩いて行った。
ボクは壁に貼られている依頼の紙を見た。
この冒険者ギルドではCランクのものが多いらしい。
ちなみにボク達が襲撃した護衛任務はCランクだった様だ。
Cランクにしては報酬が良い様だが、そもそもボク達のような襲撃者は想定していなかったのだろう。
「えええ、違約金アップですか…!?」
シルビアの悲鳴が聞こえた。
「ええ。この依頼は発動後Bランクにランクアップしました。その為失敗の違約金もBランク相当になっています。」
「そ、そんな…。どうしよう…」
シルビアが肩を落としていた。
どうもお金が足りないらしい。
何と言うか、気の毒だ。
仕方ない。
ボクはシルビアの隣へと向かった。
「違約金はボクが立て替えましょう。お幾らですか?」
ボクは受付の女性に質問した。
「貴女が…ですか? しかし規約より他人の立て替えは禁止されています。」
「え、そうなの?」
ボクはシルビアを見た。
シュンとした感じで下を向いていた。
とんがり帽子もへにゃっと曲がってしまっている。
実に気の毒である。
「…シルビアはボクの仲間だ。まだ登録はしていないけどね。それにしても酷いのでは無いですか?」
「は…!?」
受付の女性が表情を変えた。
「契約により違約金が発生するのは仕方がありません。だが契約時はCランクだったのに、その後からBに変わるなんて酷い話です。変わるのなら契約した冒険者には知らせるべきでは無いですか?」
「そ、それは…」
「ボクだったら怒りに任せて、冒険者ギルドを攻撃してしまうかもしれません。」
ボクはそう言ってから紅い魔眼を発動させた。
「こ、これは…」
受付の女性は体を硬直させた。
戦闘員では無い彼女が抵抗出来るはずがない。
「リ、リディさん…!?」
シルビアがボクの肩に手を掛けた。
「何か?」
ボクはチラっとシルビアの顔を見た。
「い、いえ…」
シルビアがビクッと体を震わせた。
「いったい何の騒ぎだ!?」
奥の部屋から一人の男が出てきた。
この騒ぎを聞きつけたのだろう。
「おや、これは実力のありそうな方が出てきましたね。」
ボクは魔眼を発動させたままその男を見た。
「む、麻痺凝視か…」
その男は一瞬顔をしかめたが、ボクの魔眼を抵抗したようだ。
「貴殿は我等がスーサ冒険者ギルドに来て、騒ぎを起こしに来られたのかな?」
「いえ、そんなつもりはありません。ボクの友人から最初に約束以上に違約金を取ろうとしてるのが我慢ならないだけですよ。」
「左様か…。貴殿、名を何と言う?」
「名前を聞くのなら、まずは名乗るのが先だと思いますが?」
こう言う交渉は舐められたら負けだ。
「…これは失礼した。俺はスーサ冒険者ギルドのギルドマスター、ジルベスターと言う。Aランク冒険者だ。」
「ボクはリディ・ベルナデット・ウイユヴェール、A-ランクです。こちらは仲間のヒスイとリシャールです。」
「ほう、貴殿はAランクでいらしたか。」
「ええ。それでもう一度言います。シルビアの違約金はボクが立て替えます。異論はありませんね?」
「フム…」
ギルドマスターのジルベスターが腕を組んだ。
「認めよう。金額は最初の契約通りで良い。…おい、そのように処理しろ。」
ジルベスターが受付の女性を見た。
「は、はい…。しかし…」
女性は身動きが取れないままだ。
「リディ殿。部下は貴殿の魔眼で身動きが取れないようだ。解放してくれぬか。」
あ、そう言えば術を掛けたままだった。
「これは失礼しました。」
ボクは魔眼を解除した。
受付の女性は汗を流しながら指示された業務を行っていく。
ボクはシルビアの代わりに示された金額を支払った。
「あ、あの。リディさん。ありがとうございました。」
シルビアがボクに頭を下げた。
「気にしないで…」
ボクは笑顔で答えた。
「さて、リディ殿。折角だから奥で話でもしないかね?」
ジルベスターがボクの方を見ながら言った。
「ボクと、ですか?」
「ああ。我がギルドにAランク冒険者が来るのは久々でな。それに貴殿にも興味があるのでな。」
「うーん…」
本当はバルデレミー商会の隊商を追い掛けなければいけないんだけどな…。
「貴殿のお仲間も一緒で構わん。」
んー、ギルドマスターの話を無下に断る訳にもいかないか。
「分かりました。お付き合いしましょう。」
致し方なく、ジルベスターの招きを受けることにした。
ボクは仲間と共にギルドの奥の部屋に向かった。




