第59話 魔術師の女の子
テスカーリ共和国の民兵達を“解放”したボク達はバルデレミー商会の隊商を追い掛けた。
彼等はボク達が抜け出したのに関係なく、予定通りの行動をしているはずだ。
つまりボク達をとは1日半分の距離が開いている筈である。
「勝手に抜け出したわけだけど、イルマさんに怒られないかな?」
「さあ、どうだろうな?」
後ろがヒスイとリシャールが話していた。
うーん、護衛を頼まれながら勝手に抜け出して、しかも敵だった連中を解放したわけだからな…。
もしかしたら怒られるかもしれないな。
あ、一応解放した民兵達にはある種の隷属契約を施して来た。
それはただ一つ。
“人の道に外れることをしない事”
守られなければ彼等はその呪いにより、命を刈り取られることになる。
「ところでさー、お腹すいたんだけど…」
ヒスイがボクの服をきゅっと引っ張った。
「ん、あーそうだね。確かに朝早く出発して何も食べて無いからな…」
ボクは少し上を見た。
この先は山道だ。
途中に集落は点在している様だが、ボク達は地理に明るくないから簡単にたどり着けない事だろう。
「それじゃスーサの町でご飯食べていこうか。それとその先用に、念の為食べ物も買っていこう。」
今まで稼いだお金がまだ残っている。
問題無いだろう。
「わーい、そうしようそうしよう!」
ヒスイがにこっと笑った。
可愛い。
一時間程歩いて、ボク達はスーサの町に到着した。
まずはご飯屋さんに直行だ。
「ヒスイ、何か食べたいものある?」
「んー、お米のお料理かなー。」
商店街を少し歩くと、おあつらえ向きの飲食店が見つかった。
ガランガラン!
お店の扉を開け、ボク達は中に入った。
「いらっしゃいませー!」
店員の女性が元気な声で出迎えた。
こじんまりとしたお店ではあるが、雰囲気が良いお店だ。
「3人で、それとボク達人族じゃありませんけど大丈夫ですか?」
ボクは念の為聞いてみた。
人族は人外を恐れる者がいるからだ。
「大丈夫ですよー。でも特殊な食べ物は無いですからね。」
店員が笑いながら答えた。
特殊な食べ物と言うのが何を指し示すのか、それは想像にお任せしよう。
「お冷失礼しまーす。それとこちらメニューです。」
目の前にメニューが置かれた。
「今日のおすすめってどんなの?」
ヒスイが店員に問い掛けた。
「今日ですか~? ちょっと待ってくださいねぇ。」
店員が店の奥に入って行った。
そして少しするとまた戻って来た。
「今日のおすすめは、“蛇の唐揚げ定食”です!」
「へ、ヘビぃ!? 蛇ってあのくねくねしてて毒があったりするやつ?」
ボクは口をあんぐりとさせた。
「そですよー。結構おいしくて力尽くんですよぉ!」
どうやらかなりのオススメらしい。
でも蛇って…。
「じゃあ俺それで…!」
何とヒスイが注文してしまった。
「ボク達は普通ので…」
「そ、そうだな…」
ボク達は普通の定食を注文した。
「おまちどうさまですぅ!」
少しして料理が運ばれてきた。
「こちらが蛇の唐揚げ定食です!」
ボクはヒスイの前に置かれた料理を覗き込んだ。
揚げられているだけに、見た目じゃ蛇とは分からない。
大きさは鶏軟骨の唐揚げくらいだ。
「いただきまーす!」
ヒスイが手を合わせていただきますの挨拶をした。
そして蛇の唐揚げをぱくり。
「ヒスイ。お、美味しい?」
「んー。」
ヒスイは味を確かめる様にゆっくり噛んでいた。
「結構こりこりしてるけど、味は結構おいしいよ。」
ヒスイがにっこりしながら答えた。
「試しに食べてみる?」
「え、遠慮しておくよ。」
「そう? おいしいのに。」
ヒスイはパクパクと口に運んでいた。
どうやら美味しいらしい。
でも蛇だからなぁ…。
そんな事も思いながらも、ボク達は食事を楽しんだ。
粗方食べ終わり食休みをしていると、店の入り口が開く音がした。
新しいお客さんかな。
そう思って入り口を見ると、見た事のある人物が入って来た。
とんがり帽子を被った、少しよれよれのローブを着た女の子。
「あ~、とんでもない目に遭った…」
女の子はトボトボとした足取りで店の中へ歩を進めた。
そう。この子は何時間か前に、ボク達が襲撃した護衛隊にいた魔術師である。
「お帰り、シルビア。あなたどうしたの? 今日は町の兵隊さんと一緒に仕事じゃなかったっけ?」
「ちょっと聞いてよ、お姉ちゃん。実はね…」
シルビアと呼ばれた女の子は、この店員と姉妹のようだ。
この店はシルビアの実家なのだろうか?
「冒険者ギルドでおいしい仕事だって引き受けたんだけど、途中で3人組の襲撃に遭っちゃって…」
「へ、へぇ…。でも怪我は無いみたいで良かったわ。」
「それはそうだけど…。兵隊さん達は襲撃者の眼を見て倒れちゃうし、凄く怖かったんだから。」
うん。どこかで聞いたことがありすぎる話だ。
何しろその襲撃者はボク達なわけだから。
「どんな襲撃者だったの?」
「んとね。背の高い人と、私くらいの背の人がふたり…。でもあの魔力の感じは人間じゃなかったな。多分あれは魔族とかだと思うけど…」
シルビアがそこまで言ってボクの方を見た。
ボクはそっと視線を逸らした。
「え、え…?」
ボクを見たシルビアが目を丸くした。
もしかして気付いた?
顔は隠していたんだけど…。
「き、きゃーーー!」
シルビアが大きくのけぞり、その場にぺたんと座り込んだ。
やっぱり気付いたみたいだ。
「ど、どうしたの!? 大丈夫?」
店員がシルビアに手を差し伸べようとした。
「あ、どこかで見たと思ったら冒険者ギルドで見た子だ!」
ボクは大げさな感じで言いながら、店員の前に出てしゃがみ込んだ。
そしてシルビアに顔を近づけた。
「…落ち着いて。騒ぎにならない方が良いでしょ。」
ボクはあえて一瞬だけ紅い眼を見せた。
「は、はぃぃ。」
シルビアがこくこくと頷いた。
「店員さん! シルビアちゃん…だっけ。冒険者仲間のよしみで一緒に食事したいんですけど良いですか?」
「あら、妹と知り合いなのね。すぐ料理を用意してきますね。」
店員は嬉しそうに店の奥に入って行った。
その姿を見送ると、ボクはシルビアに手を差し伸べた。
シルビアは最初躊躇したが、ボクの手を取って立ち上がった。
「え、えっと…」
「ま、まぁ座りなよ。」
「はい…」
シルビアがボクの前の席に座った。
「あなた達、あの時の襲撃者ですよね。こんな所で何をしているんですか?」
シルビアが小さく縮こまりながらボク達を見渡した。
「何って、ご飯食べてたんだよ! 魔法使いのお姉ちゃん。」
ヒスイがにっこりと笑いながら答えた。
「あなた達は上級魔族に、高位黒妖精族。それに人鬼、いや、最上位人鬼ですか?」
「…分かるのか?」
リシャールがシルビアを見た。
「魔力検知を使わせてもらいました。そんな凄い人たちが現れちゃ、私が敵う訳が無いですよね…」
シルビアはがっくりと肩を落とした。
とは言え、この子は中々的確な魔力検知を使えるようだ。
「でも君はボクの魔眼を抵抗してみせた。そんな気弱になることは無いと思うけどな。」
「い、いや! 私なんてそんな…!」
シルビアが顔を赤らめた。
「おまちどうさま! シルビア、料理持って来たわよぉ!」
店員がニコニコしながら料理を持って来た。
あの蛇の唐揚げ定食だ。
「えーっと、シルビア。それはボクが奢るよ。」
「本当ですかぁ!? それじゃ遠慮なくいただきます!」
シルビアが顔を輝かせた。
ま、まぁボク達が襲撃者だと騒がれたら面倒だしな。
それにこの子は何だか面白そうだし、ここは仲良くしておこう。




