第57話 人質救出(2)
人質救出作戦が始まった。
その作戦は…
「強行突破だ!!!」
イルマが元気良く言った。
「あっしの叔母ちゃんにはあまり期待しないほうが良いですよ。」
甥のプロスペールがため息混じりに言っていった。
ほ、本当に大丈夫なの~?
まぁ、全力を尽くすとしよう。
―――
無数の火矢が空を舞った。
リシャールが放ったものだ。
「これって火神の降矢じゃないの?」
ボクはこの魔法を放ったリシャールに問いかけた。
「ああ。私にも出来るのでは無いかなと思ってな。」
え、ええ…
そんな簡単じゃないと思うんだけどな。
まぁ、この際何を言うまい。
放たれた火矢は集落の建物を避け、地面に突き刺さった。
これはあくまでも敵を混乱させるためのものだ。
「な、何だ!?」
「敵襲!?」
テスカーリ共和国の民兵達が突然の事に慌てふためいていた。
手筈ではこの隙を突いてイルマとヒスイが正面から突入すると言うことだ。
ボクも自分の役目を果たすとしよう。
「リシャール。手筈通り、爆発が起こったらボクを風の魔法で空に打ち上げてくれ。」
「分かっている。魔法を詠唱しておく。」
リシャールが頷いた。
「わ、我々は加わらなくて良いのですか?」
傍らにいた騎士が訪ねてきた。
「ああ、こういうのは少人数だから良いんですよ。ここはボク達に任せてください。」
さて、合図を待つばかりだ。
―――
「さて、あの火矢が全部弾着したら行くよ。ぼうや。」
「はーい。でも俺は頑張るけど、イルマさんは大丈夫なの?」
ヒスイが剣に手を掛けたまま答えた。
「心配はいらないよ。さてそろそろかな。」
火矢が全て地面に突き刺さった。
予定通り、集落にいた敵兵は大混乱に陥っているようだ。
「さて行くよ! ついてきな!」
イルマが坂を駆け下りた。
「あ、ああ!」
ヒスイも慌てて駆け出した。
「は、はや…!?」
ヒスイは息を呑んだ。
ヒスイも全力で走っている。
だが数メートル前を走るイルマには追いつけない。
「な、何者だ!?」
数名の敵兵がイルマの接近に気付いた。
敵兵達は迎え撃つべく腰に下げている剣を抜刀した。
「イ、イルマさん! 早すぎ!!」
ヒスイが慌ててダマスカス鋼の剣を抜いた。
「ヒスイ! 口を塞いで息を止めろ!」
突如イルマが叫んだ。
「え、え!?」
ヒスイは驚くも、イルマの言葉に従い口を塞いだ。
ボボゥ!!!
爆発音と共に辺りに霧のようなものが立ち込めた。
目を凝らすと、敵兵達がバタバタと倒れていく。
イルマはジェスチャーで後に続けと言ってきた。
イルマとヒスイが霧を抜けた。
「イルマさん、あれは…?」
「ああ、あれは催眠の霧だ。水蒸気爆発と催眠魔法を組み合わせたものさ。」
魔法の組み合わせ、それは簡単なものではない。
しかもイルマは魔法の詠唱をしているようには見えなかった。
(無詠唱での魔法組み合わせだって…?)
ヒスイは息を呑んだ。
この人は只者ではない。
「さて、あの水蒸気爆発を見てリディ達も動き出すだろう。…っと!?」
イルマが足を止めた。
目の前には弓矢が刺さっていた。
「あの建物の屋根の上に敵の弓兵だ。やれるか?」
「もちろんだよ。」
ヒスイが走り出した。
またたく間に該当の建物に近づいた。
そして一気に跳躍し、屋根の上に飛び乗った。
「わ、わ…!? 人鬼!?」
不意を突かれた弓兵がたじろいだ。
「ごめんね。殺しはしないから。」
ドス!!
強烈なみね打ちを食らわせた。
「さてさて、もうちょい暴れる必要があるかな。」
ヒスイは屋根の上から眼下を見た。
そこではイルマが3名の敵兵と戦っていた。
「あの人は…助ける必要がなさそうだ。俺は向こうの方で暴れよっと。」
ヒスイは屋根から飛び降り、集落の奥へ走り出した。
―――
その頃、集落の上空に風の魔法が渦巻いていた。
その風に乗り、ボクは上空へと舞い上がった。
着地の目標は一際大きい村長の館。
眼下ではイルマとヒスイが暴れているのが見えた。
高台からリシャールの援護魔法も届いているようではあるが…。
イルマさんってあんなに強かったのか…?
ボク達が隊商の護衛に付く必要はあったのだろうか?
まぁ、こういうことになったわけだから、結果的には良かったのかもしれないけど。
そんなことを考えてるうちに村長の館に迫っていた。
「よいしょっと。」
ボクは屋根の上に降り立った。
風の魔法が着地の衝撃・音を和らげてくれた。
リシャールの魔法は有能だ。
「さて、侵入できるところはっと…」
ボクは辺りを見た。
すると眼前に屋根裏部屋の窓が見えた。
あそこから入れそうだ。
ボクは窓に近付き、窓ガラスを割って中に侵入した。
侵入した部屋は人気がない部屋だった。
倉庫代わりに使われているようだ。
ボクは屋根裏部屋を出た。
「だ、誰だ!?」
部屋を出た先には敵の民兵がいた。
「あ、どうも~。襲撃者です。」
ボクはめんどくさそうな口調で答えた。
こんなところで油を売っている暇はない。
「く、くせも…」
そこまで言ったところで敵兵が崩れ落ちた。
“黒い右腕”のパンチをお見舞いしたのだ。
確か人質は館の一階中央の大広間に押し込められていると聞いた。
恐らく敵兵もいるだろうが、外で仲間達が陽動している今がチャンスだ。
…もっとも、あの感じでは陽動どころか館まで突破してしまいそうだけど。
ボクは迅速に行動した。
途中で遭遇した敵兵をなぎ倒しながら、大広間まで到達した。
「き、貴様は何者だ!?」
大広間には10名ほどの兵士がいた。
その近くには怯えた表情の人質達がいた。
女子供ばかりだ。
人質を取るなんて、まったくもって酷いものだ。
発言したのは他と装備が異なる敵兵だ。
彼はこの民兵達の指揮官だろうか?
こういう時はだいたい「何者か!?」って聞かれるものだ。
イチイチ答えているのもめんどくさい。
「えっと皆さん。悪いことは言いませんから、今すぐ人質を開放してください。痛い目を見たくないでしょ?」
ボクは敵兵たちに呼びかけた。
戦わずに住むに越したことはない。
ま、無理だろうけど。
「貴様は外で暴れている連中の仲間だな…! 貴様は自分の置かれている立場を分かっているのか?」
敵兵の一人が人質の子供に剣を向けた。
その子は恐怖に怯えた表情で首を振った。
…予想通りの展開だ。
このような手合はだいたいこうするものだ。
「そうですね。でも貴方がたこそ、自分の立場がお分かりじゃないようですね。」
ボクは一度目を瞑り、そしてまた目を見開いた。
赤眼の魔眼を発動させたのだ。
「く…、何だ…!?」
敵兵達は一様に驚愕の表情に変わった。
「動けないですか?」
ボクはニコッとしながら人質に剣を突きつけた敵兵に近づいた。
そして“黒い右手”の爪を鋭利なものに変化させた。
魔力で形状も変えられるのでとても便利だ。
鋭利な爪が敵兵の首筋に当てられた。
「ひ、ひい…!」
「尖ったものを突きつけられるのって、こういう感じなんですよ? 怖いでしょう?」
その敵はガクンとその場に座り込んだ。
「な、何なのだ! いったい貴様は…?!」
敵の指揮官が顔を歪めた。
「これは麻痺の魔眼です。あなたには石化もプラスしてあげましょうか?」
ボクは魔眼に込めた魔力を変質させた。
ピキピキ…
敵の指揮官の腕が音を立てながら石に変わり始めた。
「や、やめろ! やめてくれ!!!!」
「それでは降伏してください。外の仲間も、あなた方よりだいぶ強いようですから。人質を取れないあなた方にはもう勝ち目はないでしょう。」
ボクはふたたびニッコリと微笑んだ。
…ここに、人質救出作戦は終了したのである。




