第55話 襲撃者との戦闘
戦闘が始まった。
本当に唐突だが、戦闘が始まってしまったのだ。
スーサの町を出発して3時間ほど山道を登ったところだろうか?
ちょうど切通しの様になっていて道幅が狭くなっているところだった。
崖上から飛来するのは弓矢だ。
数人の弓兵が待ち伏せしていたのだろう。
「敵襲!!!」
警護兵のリーダー、騎兵のカイが盾で攻撃を防ぎながら大声を出した。
その他の兵士達も防御の陣形を取ろうとした。
だが2~3名の兵はこの攻撃でケガを負ってしまっている様だ。
「プロスペールさんは馬車の中で待ってて! ボク達は外に出てくる!」
「へ、へい。ご武運を!」
ボク達は外に飛び出した。
「ボクは崖上の弓兵を黙らせてくる。敵はこれだけじゃないはずだ。二人は警戒を!」
「りょうかい!」
「分かった。」
仲間にそう言うと、ボクは体の中に魔力を巡らせた。
“白い魔族”になってからは獣化を行っていたような時と同じ要領で局所的に魔力を高めることが出来るようになっていた。
両足に込めれば跳躍力やスピードを上げることが出来、腕に込めれば腕力を上げることが出来る。
これはディートリヒの試練で会得したものだが、それをよりスムーズに出来るようになったのはアンナマリーのお陰だ。
“教皇の加護”は本当に有難い。
ダン!!
ボクは両足に魔力を込めると、崖の出っ張った岩などを足場にして崖の上に上がった。
崖の上から切通しの方を見ると、敵の一団が迫ってきているのが見えた。
結構な人数だ。
夜盗のそれではない。
恐らくどこかの組織に属する者達であろう。
『ヒスイ、リシャール。前方から敵の一団だ。警護兵の人数名に後ろを警戒してもらって、二人が前に出てあげてくれ。それと、内通者の二人を絶対逃がさないように。』
ボクは仲間に念話でメッセージを送った。
二人は崖上のボクに向かって頷いた。
さて下は任せるとして、ボクは敵の一団が到着する前に崖上の伏兵を倒さなければいけないな。
リスクは最大限取り除いておかないと。
ボクは敵の死角からここまで登ったから、まだ気付かれていないはずだ。
そうだ、今日は剣を使わないで戦ってみよう。
いつもはボクの相棒たるこの通称“黒曜石の剣”を使った戦いをしていたが、いざという時の為に徒手空拳で戦う術を訓練しておいたほうがいいかもしれない。
と、なれば右腕は必要だな。
ボクは魔力の巡らせ方を変えた。
すると以前ロクロワ衛兵隊長・エクトルと戦った時と同じように、黒い右腕が生成された。
これはボクの魔力で形作られた右腕だ。
その為、ボク自身の左腕よりも攻撃力も防御力も遥かに高い。
それじゃ、行ってみようかな。
ボクは敵が弓を撃ってきたであろう場所まで一気に距離を詰めた。
「な、なに!? 何故敵がこんな所に!?」
敵兵の一人がボクに気が付いた様だ。
「あ、どうもこんにちは。」
ボクはそう言いながら一番手前の弓兵に殴り掛かった。
「ご…ふ!」
ボクの右拳はその弓兵の腹部にクリーンヒットだ。
一撃で意識を失った。
「お、応戦!」
他の兵達は弓を投げ捨て、腰の小刀を抜いた。
この距離では弓での攻撃は無理だと判断したのだろう。
その判断は正解だ。
だが普段近接戦闘などしない者達が、このボクにかなうはずがない。
「あああああああ!」
一人の兵が小刀を振りかざしながらボクに迫った。
おお、それなりに速いね!
ボクは右腕で攻撃を防いだ。
「な、なに!?」
彼の剣はボクの右腕には通らない。
彼はまるで剣で防がれたような感覚でいることだろう。
「それ!」
ボクは強引にその攻撃を振り払った。
「ば、化け物め…!?」
「女の子に向かって化け物は酷いんじゃない?」
ボクはそう言いながらその兵士の後ろを取った。
「な!」
その兵士は顔を青くした。
バシ!
ボクはすぐさま首元を叩いた。
兵士はその場に崩れ落ちた。
崖上にいた兵士の総数は全部で10名程であったが、ボクはその全てを無力化した。
全員気絶はしているし骨折くらいはしてるかもしれないが、まぁ命に別状は無いだろう。
下を見ると、押し寄せてきた敵の一団との戦闘が始まっていた。
最前線にいるのはヒスイだ。
その脇には警護隊長のカイ、少し後ろでリシャールが魔法による援護を行おうとしていた。
上は片付いたけど、あれは援護したほうが良いのかな?
ボクはヒスイに目を遣った。
「たぁぁぁ!」
ガキィィィン!
大きな音を立てて、ヒスイが敵の剣を叩き割るのが見えた。
「ば、馬鹿な!?」
その敵兵は自らの得物が使い物にならなくなったのが受け入れられない様子だ。
「そんな、人鬼ごときがここまで強いなど…あり得ぬ!」
うん、それは普通の感想ではある。
だがヒスイに対して持っていけない感想でもある。
今のところ、ヒスイはあのダマスカス鋼の剣を使いこなせている様だ。
「俺が小鬼だからって舐めるんじゃない!!」
そう言いながらヒスイはその兵士に迫った。
「く、来るなぁ!」
兵士はヒスイの斬撃を盾で防ごうとした。
カッ!
その盾はまるでバターの様に切断された。
それを見た兵士は戦意を喪失した様だ。
そしてヒスイの峰打ちを食らい、意識を失った。
うん、あの感じなら援護はいらなそうだ。
万が一危なくなったら援護に入ろう。
ボクは崖の上に腰を掛けながら、その後の戦況を見守った。
―――
崖上からの弓矢による攻撃が止んだ。
おそらく、リディが上にいた弓兵を無力化したのだろう。
目の前から迫りくる敵兵はそれを知る由も無い。
「ケ! 先頭にいるのは小鬼だぜ。」
「生意気にも高そうな剣を持ってやがる。奪い取ってやれ。」
こう言う反応はもう慣れっこだ。
彼等は俺が最上位人鬼だと分かるはずもない。
致し方の無い事だ。
「ヒスイ殿だったか、敵の数が多い様だが大丈夫か? 危なかったら私の後ろへ。」
警護兵隊長のカイは俺を気遣ってくれている様だ。
「大丈夫だよ。こんな所で躓いてたら、俺は一生強くなれない。」
そう言うと、俺はダマスカス鋼の剣を抜いた。
(剣よ、お前には名前はあるのか?)
俺は剣を握り締めながら、心の中で問い掛けた。
こいつは剣だ。
答えなど期待していない。
(俺の名前は、ヒスイ・クザンだ。俺は強くなりたい。)
敵は下品な笑いを浮かべながら尚も接近してくる。
(俺はお前に、力を貸してくれなんて言わない。)
敵は大剣を振りかぶっている。
(俺はお前を跪かせる。俺の成長の礎となれ!)
ガキィィ!
俺は敵の攻撃を受け止めた。
敵の斬撃は軽い、構うことは無い。
このまま剣を砕いてしまえ。
「ば、馬鹿な!?」
敵兵の表情が歪んだのが見えた。
(良いぞ。このまま俺の力となれ!)
俺は前に出ようとした。
≪フン、生意気な小僧よ。≫
俺の頭の中に声が響いた。
(お前はこの剣か?)
≪如何にも。小鬼風情が我を従えようなどと片腹痛いわ。≫
その言葉に俺はニヤッと笑った。
「俺が小鬼だからって舐めるんじゃない!!」
俺が大きな声で叫んだ。
「く、来るなぁ!」
兵士はおびえた表情で俺の斬撃を防ごうとした。
これはお前に言ったんじゃない。
そんなに怖がるなよ。
≪フン、面白い。では見せて貰うとしようか。小僧の実力をな。≫
(ああ、見てると良い。)
俺は剣を携え、敵に向かって突撃した。




