第53話 お買い物デート
「うーん!」
ボクはぐーっと背伸びをした。
「おはよう! リディ!」
後ろからヒスイが話しかけてきた。
「おはよう、今日は起きるの早いね。」
ヒスイは何もない日は起こさなければいつまでも寝ている。
寝る子は育つ…と言うが、それ程育っているようには見えないのだが。
「あー俺もね、明日からの山道の為に装備の確認をしていたんだけど…」
ヒスイが左手に持った剣を鞘から抜いた。
「見てよ。俺の剣、だいぶガタガタになっちゃってさ…」
ボクはヒスイから剣を受け取った。
ところどころに刃こぼれが見られ、かなりガタが来ているようだ。
「うーん、確かにこれは結構ガタが来ているね…」
「そーでしょー? リディに会う前から使ってたからねぇ…」
この後の旅の事を考えるとこの剣は持たなそうだ。
ボクは剣をヒスイに返した。
「そういえば、リディの剣って全然刃こぼれしないよね。」
「ボクの? ボクの剣は“生きている”からね。」
ボクは傍らに立てかけておいた剣を手に取った。
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「うん、良いよ。」
ボクは剣をヒスイに渡した。
ヒスイは剣を少し鞘から抜いた。
「吸い込まれるような黒で、綺麗だよね。うっ…!?」
ヒスイが表情をしかめた。
そして剣を鞘に納めた。
「なに、今の感覚…? 剣を少し抜いただけで力が抜けるような…」
「その剣はボクの以前の仲間が造り出したものなんだけど、生きていて使用者の魔力を吸い取るんだ。使用者によって攻撃力は変わるし、刃こぼれ等も修復されるんだよ。」
この剣の以前の使用者は無限に近い魔力量だったから、高い攻撃力を常にキープ出来ただろう。
幸いにもボクも基礎魔力量がそれなりに高く、更に教皇の加護受けてからこの剣に対する親和性が上昇した。
さすがに以前の使用者程の性能ではないだろうが。
「そうなんだぁ。それじゃこれは俺じゃ使えないね。ちょっと使ってみたかったんだけど…」
ヒスイは残念そうだ。
ヒスイの最上位人鬼に進化したときに魔力も上がったのだが、戦闘能力特化の進化の為魔力制御能力が低い。
訓練すれば別だが、今はボクの剣を使えないだろう。
「じゃあ今日は時間もあるし、この町の商店街にでも行ってみようか? 武器屋もあるかもしれないよ。」
「わー、お買い物だね! 楽しそう!」
ヒスイの表情はウキウキだ。
「じゃ、朝ごはん食べたら出かけようか。」
「うん!」
ヒスイが元気よく返事した。
―――
朝食の後、ボクとヒスイは宿泊施設のロビーに降りてきた。
「おや、どこかに出掛けるのか?」
ロビーではリシャールがこの町の新聞を読んでいた。
「うん。ちょっと商店街に、ヒスイの武器として良いものが売ってないか見に行こうと思ってね。」
「フム、そうか。」
「リシャールも一緒に行くかい?」
「そうだな…」
リシャールがボクとヒスイを交互に見た。
「行きたいのはヤマヤマだが、お前達のデートを邪魔するほど野暮じゃないさ。」
リシャールはニヤッと笑った。
「デ、デートって…!?」
ボクは顔が熱くなるのを感じた。
まぁでもボクの腕に楽しそうにしがみ付いてるヒスイを見ればそれは否定できないか。
「と、とにかく出掛けてくるから! また後でね。」
「はいはい、ごゆっくり。」
ボクは冷やかし顔のリシャールには構わず、宿泊施設を出た。
「えーっと、商店街はあっちかな。」
ボクは宿でもらった地図を見た。
これによると商店街はそれほど遠くなく、歩いても20分程度だろう。
「じゃ、行こうか。」
「うん!」
ボクの左側からは、ヒスイの元気な声が聞こえた。
「・・・」
ボクは無言で前を見た。
そしてボクは左手でヒスイの手を取った。
ヒスイは一瞬ボクの方を見た。
そしてヒスイもこれに応じ、ボク達は指を絡めるようにして手を繋いだ。
心地よい。
少し汗ばんだ、そしてボクよりも少し体温の高いヒスイの手。
ヒスイのぬくもりを感じ、ボクの心は高鳴りながらも満たされていく。
20分などあっという間に過ぎ、商店街が見えてきた。
「あ、商店街に着いたね。」
ヒスイが口を開いた。
カルナックのそれとまではいかないが流石は元首都、商店街はそれなりの規模だ。
いくつもの店が軒を連ね、かなりの賑わいを見せていた。
「あの、武器屋さんはこの先にありますか?」
ボクはその内のひとつに道を尋ねた。
「武器屋かい? この先300メートル程行ったところに何店舗かあるねぇ。」
この店はお菓子屋さんの様だ。
「あんた達、人間じゃ無さそうねぇ。そっちの子は子鬼かい?」
「ええ、まぁ…」
ボクはそう言いながらヒスイを少し後ろに下げさせた。
「ああ、気を悪くさせたなら謝るよ。別に子鬼だからどうってことは無いさ。この辺りじゃたまに人族以外も来るからね。」
「そうですか。」
「あんたは…、ちょっと種族は分からないね。人族っぽく見えなくもないが、違う気もするけど。」
「ボクは魔族です。訳あってこの様な見た目になりましたが…」
「そうかい? 私も今まで何回か魔族を見たことはあるが、随分違うんだねぇ。」
「たぶんそう感じるでしょうね。…さて、そろそろボク達は行きますね。あ、そうだ。そこのお菓子の詰め合わせを一つください。」
「毎度あり! ありがとうね!」
お金を渡すと、女性店員が笑顔でお菓子の袋を渡してくれた。
ボクは一礼するとその場を後にした。
この町の住民はベルゴロド大陸の人族程のボク達への嫌悪感は持ってい無い様だ。
さて先程教えてもらったところに行くと、5店舗ほどの武器屋があるのが見えてきた。
流石にどの店もしっかりとした店構え…かと思ったが、一番外れの方の店はどうにもあまり儲かっているようには見えない。
店の看板は傾き、入口のガラスも少しひび割れていた。
店の中の電気が点いていることから営業はしているようだ。
「うーん…」
ボクは入るのを躊躇した。
どうせなら良い武器を買いたい。
「何してるのリディ! 入ってみようよ!」
ヒスイがボクを引っ張った。
「え、こ、ここ?」
「どこでもいいじゃん! 早く見よ!」
仕方なく、ボクはこのオンボロの店に入ることにした。
ギィ…
ドアは壊れそうな音を立てて開いた。
薄暗い店内には、一応武器が陳列されていた。
しかしどれも埃を被ったりして、しばらく商品が動いた形跡は無さそうだ。
「お、お客さん!? いっらしゃいま…ふご!」
変な声を立てて、店員と思しき男性が転んだ。
「え、あ…、大丈夫ですか?」
ボクは思わず声を掛けた。
「ああ、いや、これは失礼を…」
男性がお尻を擦りながら立ち上がった。
「いやあ、何週間かぶりのお客さんが来たもので、少し慌ててしまいましてね。」
「は、はぁ…」
ボクは店員の男性と会話を交わした。
男性はこの武器屋の主人で、カーライルと言うらしい。
この武器屋は一応何代も続く老舗であるようだが、カーライルの代になって客足はあまり無いそうだ。
もっともこの男、カーライルはそんな事は気にしていないとの事。
武具の研究が出来れば、それでいいらしい。
「それで、お客さんはどのような武器をお探しで? 既に性能が良さそうな武器をお持ちのようですが…」
カーライルが首を傾げた。
この男、武器を見る目はあるらしい。
「ああ、ボクでは無くて、この子に合う武器を探しているんです。」
「なるほど。さすがにその魔道具よりも性能が良い武器を見繕え言われたらどうしようかと思いました。えっとお坊ちゃん、今持ってるその武器を見せてくれますか?」
カーライルがヒスイを見た。
「これ? はい…!」
ヒスイが剣を手渡した。
「ふむ。確かにこいつぁ、もうじき寿命ですねえ。随分長く使われたのでしょう。」
カーライルは剣を一通り見ると、鞘に戻した。
「次に手を見せて貰えますか?」
ヒスイは手を差し出した。
「ふむふむ。剣の長さは、先程のものと同じくらいでよろしいでしょうか?」
「うん。俺そんなに背が大きくないから、あれくらいが一番丁度いいんだ。」
「分かりました。」
カーライルが少し考えるように上を見ると、再びボクとヒスイの顔を見た。
「良いでしょう。お坊ちゃんの様な最上位人鬼であれば、ピッタリの剣が一振りあります。奥へおいでください。」
カーライルは自信がありそうな口ぶりだ。
ヒスイにピッタリの武器…、それはいったいどういうものなのだろう?




