第52話 愛する男女
隊商は街道を進んだ。
周りはまだ開けた平原が続いており、時折他の隊商や旅人、冒険者とすれ違った。
「計画によるとあの町で丸一日休息を取って、明後日から山岳路に向かう予定になっているようですねえ。」
プロスペールが山の方を指差した。
なるほど、確かにその方向には高い山脈がそびえ立っていた。
中々に険しそうな山脈だ。
馬車が通れる様な街道が整備されてるとの事だが、恐らくかなり狭いだろう。
「この距離なら、夕方までには麓の町に入れそうだね。」
いつの間にかボクの膝の上に座っていたヒスイが言った。
「うん、そうだね。」
ボクはヒスイの頭を撫でた。
「うーん…」
プロスペールがボクの方を見てきた。
「な、何?」
ボクは視線を感じてビクッとした。
「あんた達、相変わらず仲良いですねぇ…」
「当たり前じゃん!俺、リディが大好きなんだもん!」
ヒスイが無邪気に答えた。
それを聞いたボクは(赤面したような気がしたので)俯いた。
赤面するのは注意しても無理みたいだ。
「へ、へぇ…そうなんですね。それじゃあんた達、いつ結婚するんですか?」
「け、けけけけ、けっこん!?」
ボクは思わず変な声を出した。
「ああ、それは私も疑問に思っていた。リディ達は私と仲間になる前から相思相愛なのだろう? 相思相愛な男女が結婚するのは自然な流れだと思うがな。」
リシャールがニヤニヤとしながら言った
あ、アナタまで何を言い出すの…!?
「わー面白そう! で、ケッコンってなぁに?」
ヒスイが無邪気に顔を輝かせながら言った。
「結婚というのはね、愛し合う男女が将来を誓い合う神聖な儀式の事ですよ。まさに、あんた達の為にあるものです。」
プロスペールが大げさに頷きながら答えた。
「わわわ、俺達の為にあるものなの!?」
そう言うとヒスイが膝から降りてボクの隣に座った。
「それで愛し合う二人は近いのキスを…」
「キ、キスゥ!!!???」
この人達は子供に何を教えているんだ?
いや、ヒスイは確かに子供っぽいが、種族としての子鬼は成熟が早いとも言われる。
もしかしたら大人の階段を上りつつあるのかも…等と考えていると、
ふにゅ。
唇に触れる柔らかい感触。
目の前にある、ヒスイの顔。
「む、むぐー!」
「お、おお…、攻めますねぇ」
「ぷ、ぷは!」
ようやくヒスイが離れた。
「ちょ、ヒスイ!?。いきなり何を…!?」
ボクはヒスイのほっぺたをむぎゅーっと掴んだ。
「えええ、だって好き同士の男女はちゅーするんでしょぉ?」
「そ、それはそれで…」
「もしかして、リディ、俺の事嫌い?」
ヒスイがいきなりしょんぼりとした表情になった。
「い、いや、そんなことない。」
「じゃあ好き?」
ヒスイが潤んだ目で見つめてきた。
「う、うん。好き…」
ボクは何を言わされているんだろう…。
いや、これは本心ではあるのだが、何故こんなところで…。
リシャールとプロスペールに目を遣ると、二人ともににやけた目でボクを見てくる。
いったい何故こんなことになったというのか。
持たれかかってくるヒスイのぬくもりを感じながら顔を背けた。
きっとボクの顔は、湯気が出るような程真っ赤に染まっている事だろう。
―――
その日の夕刻、概ね予定通り山脈の麓の町に到着した。
この町はスーサと呼ばれており、かつてはこの地域を統べる人族の国、エラム王国の首都だったこともあるらしい。
なるほど、確かに歴史を感じるような町並だ。
この町の向こう、山脈超えた先は隣国のアルストロメリア王国である。
隊商は衛兵による審査を終え、スーサの町に入った。
「ベルゴロド大陸と違って、詳しい審査は無い様だな。」
リシャールが車窓から町並を眺めながら言った。
「そうですね。同じ国内と言うのもありますが、バルデレミー商会がそれなりに力を持っている証拠でもあるでしょう。」
プロスペールが答えた。
「この大陸では私達の様な人族では無い者達への目はどうなのかな?」
「エルヴェシウス教徒が多いベルゴロド大陸と違ってそこまで敵意を持たれることは無いとは思いますが、人族は得てして排他的な者が多くいます。敵意と言うか畏怖、とでも言いますかね。リディさんの様な魔族や、あんたの様な高位黒妖精族なぞはそういう対象になり得るでしょう。えーっと、ヒスイさんの最上位人鬼ですが、そもそもそこまで進化する子鬼自体少ないですから…普通の人は見たことも無いでしょうね。」
当のヒスイはボクの横で寝息を立てていた。
まぁ、そうだろうな。
通常子鬼という種族は力が弱く簡単に討伐されてしまう。
ヒスイは奇特な存在と言えるのだ。
「お、到着したみたいですよ。」
馬車が停車した。
外を見ると、ボク達の一団は市場の横にある広場の様になっている所に止まっていた。
ここで物資などを補給するのだろう。
「ヒスイ、降りるよ。」
「う~ん…」
ヒスイが目をこすりながら、のそのそと身を起こした。
「リディ、お疲れ様。明日丸一日休息日にするから、ゆっくりしてて良いからね。」
声を掛けてきたのはイルマだった。
「あ、イルマさん。お疲れ様です。明日はこの後の山登りの準備ですか?」
「ああ。この後の山脈は街道はあれども、それなりに険しい。準備は万端にしないといけないからねぇ…」
イルマがそこまで言うと、ボクに顔を近付けた。
「この後、1時間後くらいかな。少し打ち合わせをしたい。あんた達とプロスペールで少しこの場所に来てくれるか?」
イルマはメモを差し出した。
メモに書いてあったのはこの裏手の小料理屋への地図だった。
1時間後、ボク達は指定された小料理屋を訪れた。
店の奥に入ると、そこにはイルマとその副官と思しき男が座っていた。
「やぁ、よく来てくれたね。ここはあたしらが懇意にしている料理屋でね。色々と安心していい。」
イルマが笑顔で迎えた。
「わー、おいしそー!」
ヒスイが目を輝かせた。
テーブルの上には数品の大皿料理が置かれていた。
「まぁ、座りな。たくさん食べるといいよ。」
「わーい、いただきまーす。」
席に座るなり、ヒスイが料理を頬張り始めた。
「まったくこの子は…」
ボクは小さく首を振った。
「まぁまぁいいじゃないか。子供はよく食べるものだよ。」
「あ、はい。そうですね…。それではボク達も頂きましょう。」
ボク達も席に座った。
「さて本題に入る前に、あたしの補佐に就いている者を紹介しよう。副官のカイだ。」
「紹介にあずかりました、カイと申します。警護兵のリーダーを務めております。よろしくお願いいたします。」
カイと呼ばれた男が頭を下げた。
この人は騎兵の内の一人ということだ。
「しかしまさかお仲間に魔族や妖精族や人鬼の方がおられるとは思いませんでした。」
まぁそれが普通の感想と言えるかな。
「…それでは本題に入ろう。あたし達はこの後の山岳路に入る。しかしプロスペールの透視で、警護兵の中に内通者がいることが判明した。」
「内通者とはどこの手の者なのだろうか?」
「そこまでは分かりませんでしたねぇ。握手した時間の範囲では、黒幕までは分かりませんでした。」
プロスペールが首を振った。
「黒幕が誰か、そんな事は今は重要なことではない。しかし内通者が情報を流しあたし等を襲撃するなら、この山岳路だと睨んでいる。」
確かにその見立ては間違いではないだろう。
狭路は襲撃者の方に利がありそうだ。
「だがそう分かっていれば対策は立てられる。そこであたしはあえて敵に襲撃させることにした。」
イルマがにやりと笑った。
何と言うことだろう。
この人はなかなか大胆なことをいう人だ。




