第51話 信頼の証
ビエルカ大陸に来てから5日。
今日は港町カルナックからの出発の日だ。
「ヒスイ、準備良い? あ~あ、紐が解けてるよ。ちゃんとしないと~。」
「あう~、ごめんなさ~い。」
ボクはヒスイの服の紐を縛りなおした。
「私の方は大丈夫だ。集合場所は町の南西側の門だったな。」
リシャールが荷物を背負いながら言った。
この荷物袋はエルヴェシウス教国で買い求めたものだが、魔法により多くの荷物を詰め込める優れモノだ。
「ああ、そうだね。…じゃ行こうか。」
ボク達は宿の従業員に礼を言うと、集合場所に指定されている町の南西を目指した。
その門からはビエルカ大陸を南方ルートで西に向かう街道が伸びている。
ちなみに北西側から延びているのは、今回回避した北ルートの街道だ。
15分程で、ボク達は南西の門に到着した。
そこには既に数台の馬車が停車していた。
周りには武具に身を固めた20名程の兵士がいた。
その内の3名程は重装の騎兵の様だ。
彼等は恐らく隊商の警護兵だろう。
「おお、リディさん達じゃないですか。」
声を掛けてきたのはプロスペールだった。
「ああ、プロスペールさん。ここにいるってことは一緒に行けるようになったの?」
ボクは顔をしかめながら答えた。
「え、ええ。そうなんですけどね…」
あれ? この前の様なにやけた感じじゃないな。
何か歯切れが悪いし。
「おはよう諸君! 準備は出来ているかい?」
豪快な女性の声が響いた。
この声はまさか…
ボクは声がした方を振り向いた。
「あ、あれ? イルマさん?」
「おはようリディ。今日も可愛いね!」
イルマは満面の笑みだ。
「そして相変わらずアンタはやる気が感じられないねぇ。プロスペール。」
イルマがプロスペールの背中をバンバンと叩いた。
「い、痛えよ。叔母ちゃん…」
お、叔母!?
この人達、身内だったの?
「この子はねぇ、あたしの甥っ子でね。冒険者になったとか言っても、いつまで経ってもプラプラしてるから心配してたのさ。でもまさか、リディと知り合いとは思わなかったけどね。」
「うーん、知り合いと言うか、ベルゴロド大陸で1回会ったことあるだけだったんですけどね。」
ボクは目を丸くして答えた。
「あっしも叔母ちゃんがこの町のバルデレミー商会にいるとは思いませんでしたよ…」
プロスペールがため息をついた。
「オバオバオバうるさいねぇ! あたしはまだそこまでトシ取ってないつもりだよ!」
後で聞いたのだが、イルマさんは36歳だという事だ。
「続柄は叔母でしょうが…」
「あはは、そうだねぇ。」
イルマが再び豪快に笑った。
それを見たプロスペールが再びため息をついた。
どうやらイルマに頭が上がらないらしい。
「で…」
イルマがボクとプロスペールの方に手を回して顔を近づけた。
「どうだった? プロスペール。」
どう…?
ボクはキョトンとした。
「ええ、いますね。警護兵の中に。」
プロスペールが答えた。
いる? いったい何がいると言うのだろう。
「やっぱりそうか…。あんたがそう言うのならそうなんだろうねぇ。」
「え、えっと何の話ですか?」
ボクはイルマに問い掛けた。
「あ、すまないね。あたしはプロスペールの能力を良く知っている。こいつに隊商の警護兵にいるかどうか調べさせたのさ。…内通者がね。」
内通者だって!?
あの兵隊さん達の中に内通者がいるのか。
「あっしは自己紹介を兼ねて、警護兵の全員と握手したんでさぁ。そうしたら2名いました。あそこの騎兵と、その横にいる歩兵がそうですね。」
プロスペールがチラッと後方を見た。
なるほど、透視・分析の能力か。
「詳しくは後で話しましょう。叔母ちゃん、あっしはどこにいればいいので?」
「リディ、あの馬車はあんた達の為に用意したんだけど、うちの甥っ子も一緒させてくれるかい? イヤかもしれないけどね。」
うーん、一緒かぁ。
でもボク達も連れてってもらう立場だし、断る訳にもいかないか。
「分かりました。大丈夫ですよ。」
「本当かい? 悪いね。」
イルマがにこっと笑った。
「すいやせん。よろしくお願いします。」
プロスペールも頭を下げた。
「ところでイルマさんも一緒に行かれるんですか?」
「ああ。今回の積荷はウチにとっちゃ重要なモンだからね。あたし自ら運送の指揮を執るのさ。」
積荷は魔鉱物化したミスリル銀だったか。
高価なものらしいし、それも納得だな。
「それじゃあたしは準備してくるからね。あんた達は馬車に乗ってておくれ。」
イルマはそう言うと警護兵達の方に向かって行った。
「もうすぐ出発みたいだし、ボク達も馬車に乗って待機してようか。」
ボク達は馬車に乗り込むことにした。
―――
30分程の後、馬車が動き始めた。
車窓から外を見ると、当り前だがまったく知らない景色だ。
この隊商には内通者がいるらしいし、注意しないと。
「ええと、お三方?」
プロスペールが口を開いた。
「何かな? プロスペールさん。」
「何であっしの側は一人なんですかねえ?」
それは座っている位置だ。
この馬車は2人ずつゆったり座ることが出来る、向かい合わせに椅子があるものだ。
プロスペール1人に対して、ボクのほうは3人座っている。
リシャールの体躯は長身の女性のそれだが、ボクやヒスイは小柄だからそんなに狭くは感じない。
まあ確かにバランスは良くないけれども。
「それは…ねぇ?」
ボクは仲間を見た。
「うんうん、そうだよね!」
「うむ、その通りだ。」
仲間達はボクの問いに頷いた。
「はぁ…、そうですか…」
プロスペールは残念そうな表情になった。
「・・・」
ボクはプロスペールの顔を見た。
この人は本当は悪い人では無さそうだ。
ただその能力が能力だけに、信用されにくいのかもしれない。
ボクは中腰で立ち上がると、プロスペールの隣に座った。
「え、リディさん?」
プロスペールが少し呆気にとられたような顔になった。
ボクはそんなプロスペールに手を差し出した。
そして同時に紅い魔眼を発動させた。
「ボクのこの眼は色々な状態異常の効果がある。そしてある程度の魔力の流れを見ることも出来るんだ。」
「は、はぁ…」
「ボクと握手しなよ。…そしてボクを分析すると良い。これはボクの、貴方に対する信頼の証だ。」
「・・・」
プロスペールは無言でボクの手を取った。
しかし、この前感じた様な悪寒を伴うような魔力の流れは感じなかった。
プロスペールは首を振ってから手を離した。
「いえ、あんたに対してそのような事は出来ません。あっしを信頼してくれた人に対して、弱みを握るような事は…。あんたは本当に良い人、いえ、魔族ですね。」
プロスペールは表情を明るくした。
「あんたは今一緒にいるお仲間だけでは無く、色々なものに守られている様だ。それはあんたの心が為せるものだ。教皇の加護に守られている魔族なんて初めて見ましたよ。」
「そ、そうかな…?」
ボクはそこまで言うとあれっと感じた。
ボクはこの人に教皇の加護については言及していない。
「貴方、分析しないって言いながら実はしたな…?」
「ああ、つい癖で…! でも表層だけですよ! 深く分析すればあんたの眼に引っかかるはずです!」
プロスペールは慌てた様子で答えた。
まぁこれは真実だろう。
「ふふふ、それなら良いよ。プロスペールさん、一緒に旅している間だけは、ボク達が貴方を守ってあげるよ。ねぇ、みんな?」
ボクは改めて仲間を見た。
「うん、俺は良いよ。」
「ああ、リディがそう言うのならな。」
仲間が頷きながら答えた。
「あ、ありがとうございます。」
プロスペールが頭を下げた。
プロスペールの拳が少し震えているように感じた。
まぁ、気のせいという事にしておくか。




