第48話 港町カルナック(1)
“アハ・イシュケ”を退けた後、船は順調に海岸沿いを進んだ。
「あれはかつて使われていた港跡です。ウルク、と呼ばれ約30年ほど前まではベルゴロド大陸の南方の玄関口でしたが、この大陸の人族の勢力が及ばなくなり放棄されました。」
ローズが指さした方向にはかつての港湾跡が見えた。
規模としては中規模港湾と言ったところで、使用されていた頃はそれなりの賑わいがあったのだろう。
港の奥には集落であっただろう廃墟群も立ち並んでいた。
だがそれもかなりが朽ち果て、生活感は全く感じられない。
しかし港湾施設や桟橋のいくらかは朽ち果ててはいない。
管理の手が入っているのだろうか?
「でもあの辺は壊れていなそうですね。船1隻くらいは停泊出来そうです。」
「その通りです。海が荒れた時などの緊急避難用ではありますが、船1隻が停泊できる程度の桟橋と、最低限の施設は維持管理されています。…それでも滅多に使われることはありませんが。」
なるほど。
あくまでも仮の施設という訳か。
「これより真っすぐ南に向かいます。この先の天気も荒れてなさそうですし、このまま参りましょう。南のビエルカ大陸とはそれ程距離もありませんから、順調に行けば1日半程度で到着できるでしょう。」
港跡を起点に、船は真南に針路を向けた。
そこからの航海は順調なもので、大きな問題が起きることも無かった。
そして翌日の夕刻。
「港が見えたぞー!」
船員の大きな声が響いた。
確かに遠くにそれなりの規模の港町が見えてきた。
船員達は慌ただしく入港の準備を進めている。
「リディさん。あと1時間程で港に入れると思います。その間は慌ただしくなりますので、お呼びするまで船室でお待ちください。」
船員の一人がボクに声を掛けてきた。
「分かりました。」
ボクは入港まで仲間と船室で待機することにした。
暫くして船はビエルカ大陸の港に入港した。
―――
ビエルカ大陸北方の玄関口、カルナック。
ベルゴロド大陸への唯一の航路の入口/出口であることから、それなりの経済規模を保っていた。
行政上ではエラム大公国の一部という事だ。
ボク達は荷造りを整え、甲板に上がった。
そこにはにこやかな表情のローズが待っていた。
「ご乗船お疲れ様でした。たった今、目的地のビエルカ大陸に到着いたしました。」
「ありがとうございました。」
ボクはペコっと頭を下げた。
「ローズさん、これを…」
ボクは小袋を取り出した。
ローズは袋を受け取ると、少し封を開け中を見た。
「い、いけません! リディさん!」
中身はお金だ。
ローズがそんな見返りを求めていないのは感じていたが、ボクにはそれくらいしか感謝の気持ちを表す術を持たない。
「遠慮せず、このお金で皆さんで美味しいものでも食べてください。」
「あ、ありがとうございます。」
ローズがボクの手を取った。
「あ、そうだ。使いをこの街にある私共の出先に走らせておきます。皆さんは本日は宿を取ってお休みになられますか?」
「そうですね。流石にもう遅い時間ですし…」
「分かりました。ではバルデレミー商会関係先の宿があります。ご案内いたしましょう。おい、リディさん達をご案内しろ。」
ローズの合図で船員の一人がボク達の前に来た。
「ローズのお姉ちゃんは、その出先とかお宿には行かないの?」
ヒスイがローズを見上げた。
「ああ…、ここは人族の町ですからね。こんなナリの私が行ったら町の住民を怖がらせてしまうでしょう。」
ローズが苦笑いしながら答えた。
「…ごめんなさい。」
ヒスイが申し訳なさそうな顔をした。
「いや、大丈夫ですよ。私は素直な子は大好きですからね。」
ローズは触手の1本でヒスイの頭を撫でた。
「それでは皆さんの旅の安全をお祈りしています。」
「ありがとうございます。」
ボクはもう一度ローズと握手を交わすと、案内人の後に続いてこの日の宿を目指した。
指定の宿は大きなものではないがよく管理されている様で、内外ともに綺麗なものだった。
「私はこのまま皆様の事を報告して参ります。明日改めてお迎えに上がりますので…」
「はい。ありがとうございました。」
ボクは案内人に一礼した。
案内人は頭を下げ、宿を出ていった。
「こりゃまあ、可愛らしいお客さんだね。」
豪快な感じのオバチャンが話し掛けてきた。
宿屋の女将さんだろうか。
「今晩お世話になります、リディと言います。こちらはボクの仲間です。」
「話は聞いているよ。部屋は二階の一番奧だ。晩御飯は一時間後で、風呂は…」
女将さんの説明が続いた。
元気のある人だ。
「分かりました。」
ボクはペコッとお辞儀した。
「あらあ、魔族って聞いてたけど礼儀正しい良い子じゃないか。あ、今のは魔族を悪く言いたいわけじゃないからね。」
「大丈夫ですよ。」
ボクは笑顔で応じた。
「それじゃお部屋に行こうか。」
「うん、そうだね!」
ボク達は荷物を持ち宿泊する部屋に向かった。
中は二部屋になっており、奥の部屋の窓からはカルナックの港が良く見える。
「あれ? コレなんだろー?」
クローゼットの中を見ていたヒスイが見慣れない異国の服の様なものを広げていた。
「見た事の無い服だね。レンタルの部屋着みたいなものかな? あ、ここに案内があるな。」
リシャールはテーブルの上にある髪を手に取った。
「どうやらユカタ、と言う服らしいな。宿内なら自由に着て良いらしいぞ。」
で、あれば着てみるしかない。
丁寧な事に、着方も書いてあった。
という事で、ボク達はユカタを着てみることにした。
ボクは淡いピンク、ヒスイは緑、リシャールは青のユカタだ。
「へぇ、結構良いじゃないか。」
リシャールの表情はとても嬉しそうだ。
何というかその、お山も必要以上に強調されているのだが。
ボクのは…控え目なので見なかったことにしよう。
ヒスイに目を向けると楽しそうに跳ね回っていた。
可愛い。
「ごはんまでまだ時間あるね。ちょっとボクは先に下に行ってるよ。」
暇なので、下の階に降りてみることにした。
階段を降りると、ロビーには何人かの人族を見ることが出来た。
恐らく宿泊客だろう。
チラチラとボクの方を見る者もいたが、今のボクは魔族の特徴がほとんど失われたので奇異の目で見られることは無かった。
ボクはロビーから宿の奥の方に向かった。
奥には食堂があり、その隣室は厨房の様だった。
厨房は晩御飯の準備中らしく、慌ただしく動いている様だった。
「あら、どうしたんだい? 晩御飯はまだだよ!」
先程の女将さんがニコニコしながら声を掛けてきた。
「あ、いえ。ちょっと暇だった降りて来ちゃいました。」
「そうかい? それにしてもユカタが良く似合ってるじゃないか。可愛いねぇ。」
「本当ですか? ありがとうございます。 そうだ、何かお手伝い出来ることはありますか?」
「うーん、お客さんに手伝わせる訳にもねぇ…」
女将さんが苦笑いで答えた。
「大丈夫ですよ! こう見えて、ボク料理が好きなんです!」
ボクは右腕が無いが、野菜の皮むきも出来るしそれなりにはこなせる。
「そうかい? じゃあお願いしようかね。」
「はーい!」
ボクはエプロンを借りて厨房に入った。
「その野菜を切ることは出来る?」
女将さんが指さしたところには何種類かの野菜が置かれていた。
「任せてください! 清潔な布巾はありますか?」
ボクは布巾を借りると、水で湿らせた。
切るものを固定するためだ。
そして野菜を固定し、野菜を切り始めた。
「へぇ、器用にやるもんだね。」
女将さんがにこやかな表情で感心したように言った。




