第46話 種族
船は海岸線に近い所を順調に南に進んだ。
この付近は遠浅の海で、実に穏やかなものだった。
「ねぇねぇ! 船の人に聞いたんだけど、この船、お風呂あるらしいよ!」
ボクはヒスイとリシャールに話し掛けた。
実はボクはお風呂が好きだ。
「お風呂ー? 俺、おなかいっぱいでもう眠いから…むにゃ…」
ヒスイが目を擦りながら答えた。
「そう…? リシャールはどうする?」
「私は、そうだな、後で頂くとするよ。ヒスイがもう寝たいみたいだから、一人にする訳にもいかないだろ。」
リシャールは本当に良いお姉さんと言う感じだ。
面倒見も良いし、実に助かる。
「じゃあ、ボク、お風呂入って来るね。ヒスイ、寝る前にちゃんとハミガキするんだよ。」
ボクはヒスイの頭を撫でた。
「ふぁ~い。」
ヒスイはあくび交じりの返事をした。
「じゃ、行ってくるね。」
ボクは自室を出て、船のお風呂に向かった。
船のお風呂は本来なら船倉になっている部分にあった。
船倉後部のを改造し、魔法で湯を沸かしているという事だ。
「あ、ここかな。」
ボクはそれらしい部屋に入った。
手前が脱衣所になっており、奥の部屋に湯船があるようだ。
ボクは服を脱いで、タオルを手にした。
浴室に入る前、ボクは鏡に映った自分の姿を見た。
白い。
やはり、以前の自分とは随分違う。
以前はサキュバスの様な容姿であった。
特に意識していなかったが羽と尻尾は失われた様だ。
この姿は色白な人族に近い。
この変化は“教皇の加護”の影響だろうか?
ボクは浴室に入った。
湯煙の向こうに人影が見える。
誰か入っているようだ。
湯煙が落ち着くと、その人物の姿が見えてきた。
「ぇ、リディ…様?!」
声の主はこの船の船長のローズだった。
「あ、ローズさん。ボクもご一緒させて頂きますね。」
ボクはにこやかに答えた。
「わ、私、すぐに上がりますから!」
ローズが湯船から出ようとした。
「大丈夫ですよ! ボク、体洗ってますからゆっくり浸かっててください。」
「・・・」
湯船は温泉施設の様に数人入れるほどの大きさだから、別に二人で入っても問題無いだろう。
ボクは髪の毛と体を洗い終え、ローズが入っている湯船に入ろうとした。
「ん…?」
ローズがボクの方をじーっと見ていた。
「ローズさん、どうかしましたか?」
「リディ様、綺麗…」
「へ…?」
ボクは目を丸くした。
この人は何を言っているのだろう?
「リディ様、透き通る様に白くて、凄い綺麗です。」
「そ、そうですか…?」
ボクはそう言いながら湯船に入った。
ローズはだいぶ温まっていた様で、湯船の縁に腰を掛けていた。
ボクはローズを見た。
ローズの種族はマインドフレイアで、確かに海棲生物の特徴がある。
脚や髪の毛は触手の様になっている。
胸部はリシャール程自己主張が激しいものでは無いが、実に美しいお山だ。
…ボクの様に標高の低いものとは違う。
「ローズさんも綺麗だと思いますよ。スタイル凄く良いじゃないですか。」
「そ、そんなこと無いですよ!」
ローズが恥ずかしそうに両手で頬を触った。
「リ、リディ様にそんなこと言われるとユデダコ、ユデイカになっちゃいますぅ…!」
ユデダコ、ユデイカ。
笑えねぇ。
「ところで、そのリディ様って言うのどうにかなりません? 前に言ったように、ボクはローズさんより上だとか思ってないんですけど…」
「そんな! 私のような下賤な魔族が…」
そこまで言って、ローズは口を噤んだ。
そして上目遣いでボクの方を見た。
「ごめんなさい…。私の種族はその容姿から、同じ魔族に分類されていても差別される対象だったものですから…」
この世界には数多くの種族が存在する。
人間達、人族。
獣人族や妖精族の様な亜人。
ヒスイの様なゴブリンも亜人に分類される。
他にも天使や精霊族の様な者達もいる。
そして魔族だ。
人族による分類では、魔族よりも下位に魔物を置くことが多い。
魔物の中で知性を持ち進化し、形態を変えた種族を魔族に含めることがある。
ローズが属する、マインドフレイアの様な種族がそれだ。
だがその様な種族の物は魔物であった頃の特徴を残すことが多い。
“元々魔族であった者達”は彼等/彼女等を魔物と見なす事がある。
魔族は階級/身分を気にする者が多いからだ。
ローズはそのような経験をしてきたのだろう。
ボクはあまりそう言うのは気にしない。
ボクの体に流れる“ウイユヴェールの血”は上級魔族のそれのようだが、ボクの思考回路には影響しなかったらしい。
「ローズさんは、ボクが魔王の子孫で、人間魔王の娘だって知っているんですね。」
ボクはローズを見た。
「はい…。リディ様のご先祖様と言えば、かつて世界の半分を席巻した魔族の中の王。そしてお父様は元人族でありながらノワールコンティナンの大半を支配する人間魔王様…」
父親か…。
ボクの父親はローズの言う通り、元人族でノワールコンティナンを支配する魔王だ。
野心さえ持てば、世界を席巻出来る力を持つ男。
そして、母さんを殺した男だ。
そんな父は、ボクのこの姿を見たらどう思うだろう。
「ローズさん。ボク自身は魔王じゃないし、階級なんてどうでも良いと思っている。それに…」
ボクは言葉を止めた。
それ以上はローズには関係の無い事だからだ。
「分かりました。リディ…さん。同じ魔族で、そんな風に言ってくれた方は、リディ…さんが初めてです。それじゃ私は先に上がりますね。」
ローズが顔を赤らめながら笑った。
「うん、明日からもよろしくお願いしますね。」
「はい…!」
ボクは浴室から出て行くローズの姿を見送った。
「うーん、良い天気だー。」
翌朝、ボクは甲板に出て大きく背伸びをした。
空は快晴で、穏やかな水面はキラキラを輝いていた。
「あ、リディさん。おはようございます。」
声を掛けてきたのはローズだった。
近くには数人の船員がキビキビと動いていた。
何かの作業をしているようだ。
「ローズさん、おはようございます。朝早くから何か動いているみたいですね。」
「はい。実はこの先4カイリ程先からになりますが、海流が速くなり、海棲魔獣が出ることもあります。それに備えての準備と警戒態勢を取っている所ですよ。」
なるほど、それほど警戒すべき状況が待ち受けているんだな。
「そうだ、ローズさん。ボクにも何か手伝えることはありますか? 何でも手伝いますよ!」
ボクはニコっと笑った。
「そ、そんな! リディさんに私達の仕事を手伝わせるなんて…」
「良いから良いから!」
「そうですか…?」
ローズはそう言いながら、顎に手を当てた。
「リディさんは目は良いですか?」
「目ですか?」
ボクは魔眼を持つから、目の良さには自信がある。
「それなりに良いとは思いますよ。」
「分かりました。この上に見張り台があります。そこから前方海域を見張っていただけますか? 部下をそこに立たせるつもりでしたが、目が良いのであればお願いします。」
「分かりました。念の為装備を整えてきますから少し待っていてください。」
「はい。お願いします。」
ボクは装備を取りに自室に向かった。
見張りか!
ボクの目の良さを活かせる役割かもしれないな!




