第45話 マインドフレイア
襲撃から2時間後、ボク達を乗せた帆船が港を出港した。
予定より1時間程遅れての出向であったが、各部の点検が為されたのだから致し方ない。
ボク達は船室の一室を借り受け、先程までの戦いの疲れを癒していた。
「ふぁ~~。」
ヒスイが大きなあくびをしていた。
「眠そうだな、ヒスイ。」
「だってー、さっき頑張って戦ったじゃん~。」
「それもそうだな。」
そう言えばヒスイ達の戦いの様子は知らないな。
一応聞いておくか。
「ねぇ、港のほうの戦いはどんな感じだったの?」
ボクは二人に問いかけた。
「ああ…、港の方には32、3名くらいの魔術師が襲撃を掛けてきた。あれは神殿魔術師と見て間違い無いだろう。」
なるほど、総勢で40名程の襲撃だったのか。
元々この港に駐留していた警護兵は30名程。
そして最初の火神の降矢で3分の1程度が戦闘不能になったから、通常で考えれば十分な戦力差での襲撃だったわけだ。
ん、待てよ…?
つまりヒスイとリシャールは港の警護兵を含めても1.5倍の敵を相手にしていたという事である。
しかも船を守りながらの戦闘だったわけだから戦いにくかったはずだが…。
「んー、そうなの。だから船の守りは兵隊さん達にお願いして、俺とリシャールで敵の魔術師を叩こうと思ってさ。」
「船の守りの心配が無ければ、安心して敵と戦えると言うものだ。」
んぇ?
いったいそれはどうやってやったの?
「火神の降矢の時思ったんだが、私の防御魔法ではあれ程の広範囲は防げない。だが範囲を狭めればかなり防御力の高い対魔法防御効果を得ることが出来る。」
リシャールは右手を前に出した。
淡い光と共に、右手の前に小さな防御魔法が展開された。
「あれ? それって…」
ボクはリシャールの防御魔法に近付いた。
この魔法の構造は…。
「気付いたか? 私は枢機卿・クリストハルト様の魔法を見て、自分も真似できないかずっと考えていたんだ。」
枢機卿・クリストハルトの防御魔法は、魔力を六角形に平面充填させたものだった。
所謂、ハニカム構造と言うものだ。
この構造は受けた力を多くの方向に分散させることが出来る。
力が分散されるということは、つまり、それぞれの面が受ける衝撃力が小さくなるという事だ。
柔軟性のある防御構造を何層か組み合わせることによって、高い防御力を得ることが出来るのだ。
「私でも人ひとりを守る程度なら展開することができたんだ。これをこの魔石に封入することで、ヒスイにも魔法障壁を渡す事が出来たのさ。ま、効果時間は10分程しかもたないがね。」
リシャールが魔石をテーブルに置いた。
この魔石は核に魔法を封入することで、使い捨てではあるが魔法効果を発することが出来るアイテムだ。
呪文書よりは安価だが魔石に魔法を封入できる魔術師が必要なため、使い勝手はあまり良くない。
前に述べた様に、神殿魔術師は近接戦闘は不得手だ。
10分間と言う時間限定とは言え魔法が効きにくい前衛と、的確な援護を行う後衛がいたとしたら、彼等にとってはかなりの脅威だっただろう。
「港の警護兵にも魔石を渡せれば良かったが、さすがにそこまでは数を揃えてなかったからな。後ろで船を守ってもらったが、どうしても数の差があって被害が出てしまったのが残念だったが…」
リシャールが少し表情を曇らせた。
だがそれも致し方ない事だろう。
残念ながら警護兵まで守るのは困難だ。
コンコン!
扉を叩く音がした。
「はい、どうぞ。」
ボクは大きな声で返事をした。
「失礼致します。」
船員の一人が船室に入って来た。
「お寛ぎの所申し訳ありません。出航後の慌ただしい作業が終了致しましたので、本船の船長がご挨拶を致したいと…」
「そうですか…、分かりました。仲間も連れて行ってよろしいですか?」
「もちろんです。」
ボク達はこの船の船長に会うことになった。
船員に連れられ、ボク達は船長室を訪れた。
「船長、お客様をお連れしました。」
「お通ししてくれ。」
ボク達は船長室に入った。
「ようこそ我が船にいらっしゃいました。私がこの船の船長を務めております、ローズと申します。」
淡い紫色の肌の女性が席に座っていた。
髪の毛はそれよりも濃い紫色だった。
いや、髪の毛は時折うねうねと動いていた。
あれは髪の毛なのか?
「む…? どうかされましたか?」
「あ、いや…。ボクはリディ・ベルナデット・ウイユヴェールと申します。こちらはボクの仲間のヒスイとリシャールです。この度は乗せて頂きありがとうございました。」
「いや…、こちらこそ船を守って頂き…」
ローズが席を立ち、ボクの目の前に出てきた。
ローズの足は人族の様なものではなく、蛸の様な海洋生物のそれであった。
ローズは恭しく一礼した。
「私の姿を見て驚かれましたか? 私の種族、マインドフレイアは高い知性を持ち魔族に分類されますが、魔物の特徴を多く残す私達は下級魔族に当たります。」
何が言いたいんだろうか?
魔族の等級なんかは考えたことなかったのだが。
「下級魔族の私のしては上級魔族のウイユヴェール様をお招きすることが出来、真に光栄で…」
「ち、ちょっと待ってください!」
ボクはローズの言葉を遮った。
ローズは面食らった様な顔をした。
「ボクは魔族としての等級とか興味が無いんです。仮に貴女が下級魔族だとしてもボクには関係ないし、貴女を蔑むこともしません。逆にボクに協力してくれてる事に恩を感じているくらいです。」
「そ、そうですか? しかし…」
ローズがオロオロと困惑したような表情に変わった。
本人が言うように魔物の部分が多いがその顔は若干幼さを残しているし、先程のうねっていた髪の毛のような部分(触手?)がしょぼーんとへたっていて可愛らしい。
「それより今のボク、こんな真っ白な見た目だけど本当に魔族なのか疑問には思わなかったですか?」
ボクの問いに、ローズは目を丸くした。
「は、はあ…。確かに貴女様のような見た目の魔族は見たことありませんが、私の様に魔力知覚が高い者には分かります故…」
そんなもんなのか?
ボクはリシャールをチラ見した。
「そうだな。潜在魔力とかを探れば掴める情報もあるだろう。」
リシャールが頷いた。
確かにボクも魔力検知の能力を使えばある程度の情報を知ることはできる。
だがローズがそれを使った感じはなかった。
魔力検知無しでそれを出来るのは凄いことだ。
「ところで私はひとつ気になる事があるのだが…」
リシャールが一歩前に出た。
「何でしょう、リシャール様。秘密以外は答えますわ。」
ローズがそれに応じた。
「私が見るに、貴殿は中々の実力者と見える。自分は下級魔族だと卑下しておられたが、魔力量は中々のものだとお見受けする。なのに、何故自らの船が襲撃されたとき船から出てこなかったのかな?」
「ああ…、すみません。私は見ての通り、元々海棲魔族なのですよ。陸の上でも生きることは出来ますが、戦闘力を十分に発揮することが出来ません。この脚では、素早く動くことも出来ないものですから…」
ローズは自らの脚を触った。
「それに私は攻撃系の能力や魔法を持ちません。攻撃は脚や触手を用いた直接攻撃しか無いのですが、陸上では鈍重なもので…。代わりに毒や精神攻撃系の能力を持ちます。ですが襲撃して来たような遠距離攻撃に対しては、陸上では対処することが出来ないのです。」
なるほど。
ローズはとにかく陸上の戦闘には適性を持たないという事が分かった。
「もちろん、私より位が上であるウイユヴェール様が死んでも突撃せよと言うのであれば、私は一命を賭してでも…」
ローズが自分の胸元に手を当て、目を輝かせながら語り始めたので…
「あーあー! ボクは君より上じゃないですから! それとボクの事はリディって呼んで! ウイユヴェール様禁止!」
ボクはすぐ近くでひらひらしていたローズの脚の一本をギュッと掴んだ。
「ひゃぁう!」
ローズはヘンな声を出しながら顔を赤らめた。




