第44話 白い魔族
「な、何だ…その変化は…!?」
先程、ボクに相対するエクトルが呟いた言葉だ。
どうやらボクの見た目は何かが変化したらしい。
ボクはそれを確かめるように自らの左腕を見た。
…白い。
元々ボクの肌は魔族らしい青白いものだった。
それが雪のよう白い色に変わっていた。
また風に揺れて視界に入る髪の毛も、紫から真っ白に変わっていた。
鏡を見たわけじゃないから顔は分からないが、肌や髪の色はある異世界人が言っていた『雪女』のような感じと言って良いだろう。
そして変化していた箇所がもうひとつ。
それは右腕だ。
ボクは以前の戦いで右腕を失っていた。
しかし“それ”はあった。
でも“それ”は左腕とは違うものだった。
二の腕からは真っ黒な“それ”が伸び、左腕より筋肉の形が分かるような感じだ。
そして右手の爪は鋭いものだった。
まさにこの“黒い右腕”は獣化したようなものだったのだ。
この右腕はそれなりの攻撃力がありそうだ。
「・・・!」
エクトルが何かを叫んでいる。
恐らく部下の神殿魔術師達に何か指示を出しているのだろう。
それを受け、神殿魔術師達が魔法を発動させている。
放たれた魔法が次々とボクに襲いかかった。
スローモーションだ。
ボクにはその魔法の軌道が良く見えていた。
ボクの感覚は非常に研ぎ澄まされていた。
ボクは魔力を込めた剣圧で魔法を相殺した。
このタイミングで、エクトルは踏み込んでくるだろう。
目を向けると剣を振りかぶったエクトルが接近してきていた。
ボクはそれに対し、“黒い右腕”で対応することにした。
「ガフ…!」
ボクの“右腕”がエクトルの脇腹を捉えた。
エクトルは苦悶の表情を浮かべてその場に膝をついた。
「エクトル様。状況を分かっていますか? あなた方では今のボクには勝てません。降伏してください。」
「馬鹿にするなよ化け物め…。私とて、覚悟無く戦っているわけでは無いのだ!」
エクトルはボクの服を掴んだ。
何が彼を突き動かしてるかは分からないし、知ろうとも思わない。
ボクは冷酷にはなれない性格ではあるが、覚悟を決めた敵を野放しにするほど甘くは無い。
「ではテンプルソーサラーはどうしますか? あなたの覚悟は理解しましたが、彼等もそれに巻き込みますか?」
「ククク。貴様は化け物の癖に甘い奴だな…。これは私の戦いだ。始末は私がつける。」
その瞬間、エクトルから黒い魔力が噴き出してきた。
ボクはエクトルの手を振り払い距離を取ってその様子を見た。
「ウォォォォ!」
エクトルがまるで人族とも思えないような咆哮を上げた。
魔力の噴出と共に、前身の筋肉が盛り上がっていた。
彼の部下達も呆気に取られたような表情だ。
ボクは“これ”を見たことがあった。
そう、あれは以前戦った巨大な黒妖犬のようだ。
あの時の巨大な黒妖犬も、禍禍しい魔力と共に筋肉が肥大化していた。
「コロス…。絶対に…!」
エクトルはその肥大化した力に、精神が押され始めているようだ。
徐々に人としての意識は消えていきそうだ。
彼が人間の内にどうにかしてあげるのが慈悲と言うものだろう。
ダン!
ボクは一気に差を詰めた。
「グォォォォ!」
エクトルはそれに対応しようと、肥大化した右腕を前に出した。
バシュゥゥ!
ボクは“黒い右腕”で攻撃した。
エクトルの右腕が切断され宙に舞った。
「!!!」
エクトルはカッと目を見開いた。
だがそれに怯むことなく残った左腕で剣を拾い直し、ボクを攻撃しようとした。
ボクは素早く左側に回り込み、左手に握った剣を振り下ろした。
「グェェェェ!」
エクトルが断末魔の悲鳴を上げた。
傷口からどす黒い血が噴き出した。
エクトルから流れ出した血液は、人族のそれではない。
傷口はブクブクと音を立て、まるで血液が沸騰しているようだ。
このような血液を内包していたなんて…。
エクトルも辛かっただろう。
「エクトル様、お世話になりました。あなたは演技だったのかもしれませんが、エルヴェシウス教徒の多いこの大陸で、ボクや仲間達に偏見を持たず接して頂いた事に感謝します。」
ボクはそう言うと、切先をエクトルに向けた。
「フフフ…。貴女達に偏見などは…持っていませんでしたよ…。私は…力に目が眩んだ…。それだけです…」
エクトルが傷口を押さえながら膝をついた。
意識が戻ったのか。
「リディ殿。貴女は魔族だが、慈悲深い…。決着は…つきました。」
エクトルは目を瞑った。
止めを刺してほしい、と言う事だろう。
「分かりました。それでは…」
ボクは剣を振り下ろした。
城塞都市ロクロワ衛兵隊長、エクトルは絶命した。
ボクは剣を鞘に納め、エクトルに対して一礼した。
全力で挑んできた相手には敬意を表したかったのだ。
そしてその場にいた神殿魔術師達を見渡した。
「戦いは終わりました。皆さんを率いていたエクトル様は死にました。ここで手を引くなら見逃しましょう。でももし戦いを続けたいというのなら、最後までお相手しますよ。」
最後まで、と言うのは彼等の死まで、と言う意味だ。
彼等もそれなりに高位の魔術師ではあるが、彼等では今のボクには勝てない。
彼等はもう戦意は喪失していたようだ。
一人、また一人とその場を離れていった。
ボクのほうの戦いは終結した。
港の方はどうだろうか?
ボクは別働隊が港を襲撃するかもしれないと考えていた。
とりあえず港へ急ごう。
数分でボクは港に到着した。
やはり別働隊の襲撃はあったようで所々煙が上がっていたが、船は無事なようだ。
「リ、リディ!?」
ボクの姿を見たヒスイが駆け寄ってきたが、ボクの変化にビックリした様だ。
後に続いて来たリシャールも同じ表情だ。
「やっぱこっちにも敵が来た?」
ボクは二人に問いかけた。
「う、うん。魔術師が攻めてきたけど、皆と協力して撃退したよ。」
「味方に数名の死者は出てしまったが、敵の方により大きい被害を与えることが出来てな。」
「そうなんだ。ボクのほうは、エクトル様がいたよ。残念ながら…、彼は敵に与していたようだ。」
「エクトルのおじちゃんが…!?」
ヒスイが表情を変えた。
「それでエクトル殿はどうしたのだ…?」
「エクトル様は、ボクが殺した。ボクのこの変化は、その戦いの中で起きたものだよ。」
ボクは自分の両手を見た。
すると“黒い右腕”が僅かに光り、数秒後に消えてしまった。
戦いを終えて、魔力の流れを弱くしたからだろうか。
以前の部分的獣化の様に、時間切れで消えた感じではない。
白く変化した髪や肌は元に戻らないようだ。
「リディの“右腕”は魔力の塊の様だな。」
リシャールも同じように感じたみたいだ。
「ところで、ボクの顔ってどうなってる? 同じ感じ?」
「ああ…、鏡を見るか?」
リシャールが道具袋から手鏡を取り出した。
リシャールは美人な高位黒妖精族と言うのもあり、とても女性的だ。
彼女の持ち物は割と女性的なアイテムが豊富だ。
鏡に映されたのは左腕等と同様な雪のような白さの顔だった。
目の色は黒で変わらないようだ。
髪の毛はやはり艶やかな白髪に変わっていた。
今までより少し伸びただろうか、サラサラと風に靡いていた。
魔眼はどうだろう?
ボクは魔眼を発動させてみた。
前までは魔眼を発動させると目は金色に変化したが、今は赤く変化するようになったみたいだ。
この効果については検証する必要があるだろう。
「うーん。この肌とか髪の色って元に戻らないのかな? 何か今のボクって魔族っぽくないよねぇ。」
「そだねー。でもさ…」
ヒスイがボクの服の袖をギュッと掴んだ。
「今のリディ、すっごく可愛いよ! 前のリディも可愛かったけど、何か天使さんみたいですっごい可愛い。」
ヒスイが満面の笑みで言った。
「・・・!」
ボクは顔がカァーッと熱くなるのを感じた。
ちらっと鏡を見ると、頬がほんのりピンクになっているのが見えた。
前までは青白い顔で、顔色が変わることはほとんどなかったと言うのに…。
ヒスイは何の気になし凄いこと言うから気を付けないといけない。
色々とばれちゃうから…。




