第43話 新たなるチカラ
襲撃者は突然やってきた。
いや、この時のボクにとっては予測できたことだった。
それは視線を感じていた方向からやって来たのだから。
攻撃は南西方向からやってきた。
無数の火矢がその方向から降り注いだ。
これは火神の降矢と言う火系上級魔法とのことだ。
広範囲に渡って強力な火の矢が降り注ぐ魔法だ。
恐らく数人の魔術師によって練られた魔法だろう。
「な、なんだ!?」
「敵襲!!!」
港の警護兵が慌てた様子で動き始めた。
しかしこのままでは体勢を整える前に大打撃を受ける事だろう。
「リシャール! 防げるか?」
ボクはリシャールを見た。
「やってみる…が、これほど広範囲への対応は出来んぞ。」
「分かった…。警護兵の皆さん、いったんボク達の後ろへ!」
ボクは声を張り上げた。
それに応じて警護兵達がボク達の方へ走って来た。
だが数人は間に合わないかもしれない。
「マジックバリア!」
リシャールが手を掲げながら防御魔法を発動させた。
バシュ! ジュワァァ!
マジックバリアに衝突した火矢が蒸発するように消滅していった。
だがこの防御魔法の有効範囲まで逃げ切れなかった数名の警護兵は火矢の攻撃を受けた。
ある者は一瞬で消滅し、またある者は火達磨になりながらもがき苦しんでいた。
あれは助けられない…!
「ヒスイ! リシャール! 敵の攻撃が止んだら無事な警護兵と共に船を守ってくれ!」
「し、しかし…!?」
リシャールが戸惑いの声を上げた。
「分かったよ。あの矢を撃って来たのと別な敵が、船の方に来るかもしれないんだね?」
ヒスイはボクの方を見ながら答えた。
「そう言う事。あの船が壊れたら大変なことになるからね。」
「はぁい! …リディ。そっちは任せて良いんだよね?」
「うん、大丈夫だ。」
ボクは頷いた。
“あれ”以降では初陣だが、きっと大丈夫だろう。
数分後、敵の大規模が収束した。
とは言え攻撃の“元”が消え去ったわけでは無いから、まずはそれを絶たなければならない。
「ヒスイ、リシャール! お願い。」
「ああ!」
「分かったよ!」
二人はそれぞれの役目を果たすためにこの場を離れていった。
「警護兵の皆さんはまずは怪我人を収容してあげてください。残りの方は先程の二人と船の警護をお願いします。」
ボクは近くにいた警護兵達に話し掛けた。
「あ、貴女はどうされるのですか?」
「魔法が飛んできた方はボクに任せてください。まずは怪我人の方を!」
「わ、分かりました。」
警護兵達が慌ただしく動き始めた。
だが攻撃を受けた数人の兵のうち、半数は既に命を落としているだろう。
ボクはその光景に胸を痛めながら、魔法攻撃が飛んできた方向を目指した。
これ程攻撃力のある範囲攻撃魔法を使用してくるのだから、上級の魔術師に違いない。
この地域でそれ程の実力がある魔術師集団と考えれば、攻撃をしてくる者達は数が絞られる。
更に攻撃対象が“ボク達”だとすれば、おのずとその正体は明らかになる。
そして数分後、ボクは彼等に接触した。
彼等はこれほど早く接近してくるとは思わなかったらしい。
一様に驚きの表情を浮かべていた。
ただ一人を除いては。
「これは…、意外な人がいるものですね。“半分までは”予想していたのですが…」
ボクは顔を隠していたスカーフを外した。
予想の半分、と言うのは攻撃してきたのは神殿魔術師達の事だ。
それは当たっていた。
確かにそこには神殿魔術師がいた。
だがそこにはもう一人。
「流石に早いですね、リディ殿。」
その人物が口を開いた。
その人物は、ロクロワ衛兵隊の鎧に身を包み…
「エクトル様、これはどう言う事ですか? 今の攻撃で、数人が命を落としたのですよ。」
ボクは左手を剣に掛けた。
「フフフ、見れば分かるでしょう?」
その通り、見れば分かる。
ロクロワ衛兵隊長のエクトルは元々神殿魔術師と繋がりがあったのだ。
あの時神殿魔術師のエイブラハムはボクの事を知っていた様な感じがあった。
このエクトルが情報を流していればそれは納得だ。
「しかし予定外でした。まさか貴女がアンピプテラの攻撃を凌ぎ続け、結果的に教皇猊下や神殿騎士団長の始末に失敗するとはね。油断していたわけではありませんが、少し貴女の実力を少なく見積もっていた様です。」
「あの事件は貴方が黒幕、と言う事ですか?」
「それについて答える舌を私は持ち合わせておりません。さて…」
エクトルが剣を抜いた。
「もうお話はお終いにしましょう。リディ殿、貴女には死んでいただきますよ。」
そう言うと、エクトルが大地を踏みしめ一気に跳躍した。
速い!
ボクは攻撃をすんでのところで躱した。
この男はかなりの実力を持っていそうだ。
「ほう、今のを躱しますか? 貴女は力を失ったと聞いていましたが…」
「・・・!」
ボクは距離を取って剣を構えた。
周囲には敵の神殿魔術師が数名。
普通に考えれば多勢に無勢である。
だが一つ僥倖とも言えるのは、エクトルはボクの最新情報を持っていない事だろう。
「エクトル様、ロクロワではとてもお世話になりました。でももし貴方がボクやボクの仲間、友人達の障害となるならば、それは取り除かなくてはなりません。」
ボクはエクトルに強く視線を送った。
「ほぅ…。今の私に勝てると言うのであれば、そのようにすれば良いでしょう。」
エクトルは余裕そうな表情を崩さない。
その余裕を裏打ちする様に、エクトルからは強い魔力が感じられた。
以前のとは違う、人為的に増幅されてものの様でもあるのだが。
“獣化”の力を失ったままのボクであれば彼には敵わない事だろう。
「では、そうさせて頂きます。ボクは魔族ですから、敵に対して力を抜くことは出来ませんよ。」
ボクはグッと力を込めた。
「む…!」
エクトルがボクの力の変化に気が付いたようだ。
そして周りの神殿魔術師達に命令を出した。
「皆の者! 奴を殺せ! 今すぐだ!」
「は、は…!」
バシュゥ!
神殿魔術師達が魔力を込め、速射魔法を放った。
しかしボクは周辺に魔力を展開することでそれを防いだ。
周囲には砂埃が立ち上った。
クリストハルトとディートリヒの試練の後、ボクは自身の魔力を流れを効率よくする術を見に付けた。
攻撃魔法を使用することは出来ないが、魔力を周囲に展開することである程度の障壁とすることが可能になった。
もっとも先程の火神の降矢程の上位魔法は防げない。
あくまでもそれは今の様な速射魔法を防ぐ程度の代物なのだ。
周囲の砂埃が収まりかけた頃、前方から強い殺気を感じた。
ボクはそれに対応した。
ギィィィン!
剣がぶつかり合う音が響いた。
砂埃に紛れて、エクトルが攻撃をしてきたのだ。
「ち…!」
目の前でエクトルが舌打ちした。
魔力で増幅されたエクトルの剣撃は強力なものだ。
だがボクはそれを押し返した。
「な、何だ…その変化は…!?」
エクトルが表情を変えた。
変化…?
どうやらボクは何か変化をしたらしい。
だがそんなことは関係ない。
ボクは目の前の“障害”を排除しなければならない。
「エクトル様。先程も言いましたが貴方がボクの障害になると言うのなら排除しなければいけません。今剣を引くのであれば…」
「フン…! 我が目的を遂行するためには、貴女こそ我が障害。ここで引くことはあり得ぬ!」
エクトルはあくまでも引く気は無さそうだ。
それにあの目はまだ勝利を諦めていない目だ。
それはそうだ。
まだ彼等は数の優位を保っているのだから。
致し方ない。
ボクは剣を下げ、今一度周りを確認した。
今度はボクから攻撃する番だ。




