第41話 今後の方針
エルヴェシウス教国での騒動、そしてディートリヒ達からの試練から2週間ほど経過した。
何とか傷が癒えたボクはまだ枢機卿・クリストハルトの私邸にいた。
いつまでも厄介になるのも良くないの思ったのだが、
「なに、遠慮することは無い。リディ殿達は儂の娘・息子の様なものだからな。がっはっは。」
と余程聖職者とも思えない豪快な笑いと共に家主がそう言ったのだから、無下に断る事も無いだろう。
「リディ様、お客様がお見えです。」
屋敷の使用人がボクを呼びに部屋に入ってきた。
「あ、はい。どちら様でしょうか?」
「神殿騎士団のアリーナ様です。」
「アリーナさんか。今行きますね。」
ボクは使用人に案内され、アリーナの待つ応接間に向かった。
「やぁ、アリーナさん。」
「リディ殿! 元気になったようで何よりだ。」
「お陰様でね。で、何かボクに用かな?」
「ああ。これを見てくれ。」
アリーナがボクに封筒を差し出した。
「これは…?」
ボクは封筒を受け取り、封を開けた。
何かの書状の様だ。
「それはアニーからの書状だ。この国にあるバルデレミー商会の出先へ宛てられたものだ。」
アリーナは主筋である教皇・アンナマリーの事をアニーと呼んでいた。
もうだいぶ慣れたようだ。
「バルデレミー商会へ?」
「ああ。リディ殿は元々バルデレミー商会に用があってこの国を目指していたと聞いたものでな。それをアニーに話したら、進んでその書状を書いてくれたよ。」
ボクは書状に目を落とした。
確かに書状にはバルデレミー商会へ、ボク達に協力するよう求める様な内容の文が書かれていた。
この国のトップであるアンナマリーからのお墨付きがあれば、バルデレミー商会も協力してくれるだろう。
「うん…、これはありがたい。」
「それでどうする? もし今日にでもバルデレミー商会へ出向くのなら私が案内するが…」
「そうだね…」
ボクは考えた。
教皇・アンナマリーの意向で、ボク達の様な魔の者への差別・排斥行動の禁止の触れが出された。
それ故表立っての差別を受けることは無いだろうが、万が一と言う事があるかもしれない。
神殿騎士団団長のアリーナが傍にいればそのリスクはかなり無くなることだろう。
「それじゃ、お願いしようかな。準備してくるから少し待ってくれるかい?」
「ああ。急がなくても良いよ。私は玄関の方で待ってる。」
ボクは一度自室として割り当てられていた部屋に戻った。
ヒスイやリシャールにも声を掛け準備するように促し、ボクも外出用の装備に身を包んだ。
自分の件を腰に掛け、いつものフード付き外套を羽織った。
エルヴェシウス教国に来た時のように顔を隠す様なマスクは身に着けていない。
「アリーナさん、おまたせー。」
ボクはヒスイ達と共にアリーナの待つ屋敷の玄関に来た。
「よし、行こうか。安全を考えて私と2名の騎士を付かせてもらうよ。」
アリーナが合図すると、控えていた騎士がボク達の後ろに付いた。
前は先導役のアリーナだ。
ざわざわ…
ボク達が歩く先々でざわめきの声が聞こえた。
ここはエルヴェシウス教の都だ。
致し方ない。
彼等の目には自らの町を歩く魔の者達の姿は、奇異なものに見えたことだろう。
しかも教会の守護者たる神殿騎士団がその護衛をしているのだ。
そう言った目に囲まれながらも、十数分でバルデレミー商会の建物に到着した。
バルデレミー商会の本拠地であるグヴェナエル共和国のそれよりは規模が小さいが、それでも周りの建物よりも立派なものだ。
「失礼するよ。」
アリーナが先頭で建物の中に入った。
「これは、神殿騎士団のアリーナ様ではありませんか。」
店の人間が出迎えた。
「この店の支配人殿はいるかね?」
「支配人ですか…? それは一体…」
そこまで言いかけて、店員が口を噤んだ。
アリーナの後ろにいるボク達が見えたようだ。
「そう言う訳だ。支配人殿を頼む。」
「か、畏まりました。とりあえず中へお入りください。」
そうしてボク達は応接室へ通された。
そして5分程経っただろうか。
一人の男が小走りで入ってきた。
「お、お待たせいたしました。私は当店の支配人、マルコスと申します。」
マルコスと名乗った長髪の男、この男がここの支配人との事だ。
「急な訪問、申し訳ない。まずは書状を見て頂けるだろうか。」
そう言いながらアリーナがボクの方を見た。
あ、あの書状か。
ボクは鞄にしまっていたアンナマリーの書状を取り出し、マルコスに手渡した。
「拝見いたします。」
マルコスは丁寧に受け取ると、書状を読み始めた。
「ふむ、これは確かに教皇猊下の書状で間違いありませんな。」
マルコスは更に書状を読み進めた。
そして内容を理解したようだ。
「なるほど。教皇猊下は我等バルデレミー商会に、そちらの方々に最大限の協力をせよ。…と言われるのですな。」
そう言うとマルコスはボクの方を見た。
「改めまして、私はバルデレミー商会、エルヴェシウス教国支店を任されておりますマルコスと申します。まずは貴女方の事を聞かせてくださいますかな? 協力するかしないかはそれから判断します。」
国の支配者の書状を見ても盲目的に従わないところを見ると、この男はなかなか肝が据わっているようだ。
「分かりました。ボクは、ボク達は…」
ボクは自分の事や仲間の事などをマルコスに話し始めた。
協力を求める相手に対して、秘密主義と言う訳にはいかないだろう。
「なるほど。まだお若いのになかなかご苦労をされていると見える。」
「いえ、そんなことは…」
お若いのに?
見た目で判断しているのだろうか?
種族が違うと寿命も違うから見た目で年齢は計れないというのに。
ボクは怪訝そうな視線をマルコスに向けた。
「おっと失礼。実はバルデレミー商会三代前の会頭から仕えておりましてな。」
マルコスは自らの顔を手で覆った。
そして笑みを浮かべると鋭い犬歯が見えた。
この男は幻術で人間に化けていたようだ。
「貴殿は人間ではなかったのか…」
アリーナがつぶやいた。
「私は吸血鬼でしてな。既に150年は生きております。」
「それでボク達の様な魔の者を見ても、狼狽えるそぶりすら見せなかったんですね。」
「ええ。まぁバルデレミー商会は世界を股にかけておりますから、長く勤める者であればビビらんとは思いますがね。それはそうと当代会頭とも関係がおありとは…」
「そうですね。その縁で船に乗せてもらった訳なのですが…」
「フム…」
マルコスが腕を組んだ。
「事情は分かりました。協力致しましょう…、と言いたいところなのですが一つ問題がありましてね。」
「問題? それは一体…」
「はい。この大陸…ベルゴロド大陸は、ノワールコンティナンやエレノオール大陸の東方にあります。かつてはエレノオール大陸との定期航路がありましたが、航路途中の海流が複雑に変化してしまい、船での行き来が出来なくなりました。」
何と言う事だろう。
バルデレミー商会に来ればエレノオール大陸方面に戻ることが出来ると思ったのだが…。
「それではエレノオール大陸に戻ることは出来ないと…?」
「いや、手段が無いわけではありません。ただしこれはかなり時間が掛かるでしょう。」
マルコスがその手段の説明を始めた。
彼が語るところによると…、
先述の通りエレノオール大陸との航路は使えなくなってしまった。
その為現在ではまずは船で南にあるビエルカ大陸に向かい、陸路にて西を目指す。
そして西端にある町で再び船にてエレノオール大陸を目指すしかないという。
これには数か月を要するとの事だ。
「エレノオール大陸のバルデレミー商会とは遠距離念話魔法による通信は出来ますが、物理的な繋がりが乏しくなってしまいました。我々としては南のビエルカ大陸へ向かうまでの支援は出来ましょう。その先は申し訳ありませんが、現地の出先を頼っていただく事になりますな。」
なるほど。
しかし他に方法が無いのではそれに頼るしか無いだろう。
「他に手段が無いのではボク達はそれにすがるしかありません。よろしくお願いします。」
ボクは頭を下げた。
「畏まりました。当方にも準備もありますので…。出発は5日後でよろしいでしょうか?」
「分かりました。よろしくお願いします。」
ボク達の出発は5日後に決まった。




