第40話 荒療治
翌日、ボクは馬車の中にいた。
クリストハルトとディートリヒに会う為だ。
彼等はエルヴェシウス教の神殿にいるらしい。
この馬車はその神殿に向かっていた。
傍らには神殿騎士団が護衛に付き、先頭には騎乗のアリーナがいた。
魔の者であるボク達が神殿騎士団に護衛されるなど、数日前まであり得なかったことだ。
「うーん、クリストハルト様やディートリヒ様はボクに何の用事があるのかな。」
馬車の幌の隙間から見える街並を眺めながら、ボソッと呟いた。
「私には全く見当もつかんな。」
「もしかして、ご褒美でもくれるのかな? ごちそうとか?」
馬車にはヒスイとリシャールが同乗していた。
そうだ、二人にはボクの現状は話しておかなくてはならないだろう。
「二人とも聞いてほしいんだけど…」
ボクは仲間達を見た。
空気を感じ取ったのか、二人は真剣な表情に変わった。
「ボクはこの前のアンピプテラとの戦いで、力を失ったんだ。その力はかつての仲間で、ボクの能力を大幅に伸ばしてくれていたものだ。だけどそれは今ボクから消えてしまった。」
ボクはディートリヒの呪いについて話した。
「ボクは今までこの力に依存していた。ディートリヒ様はその甘さを指摘した。その通りだよ。ボクは君達仲間を大切に思っていたのに、もう存在しない昔の仲間の力で戦っていたんだからね。だからボクはそれを捨てる決断をしたんだ。」
二人は静かに話を聞いてくれた。
「今のボクは力を失ったから、はっきり言って弱くなってしまった。…君達はこんなボクと一緒にいてくれるかい?」
「リディ、それは聞くだけ野暮と言うものだよ。」
「何かあったら俺が守ってあげるからね!」
ヒスイがボクにギューッとしがみ付いた。
本当にこの二人の存在はありがたい。
そうしている内に、馬車は神殿に到着した。
ボク達は馬車を降りた。
周囲が少しざわついていた。
仕方のない事だ。
この国ではつい先日までボク達は忌み嫌われる存在だったのだから。
「リディ殿、お気になさらぬな。我等神殿騎士団がお守り致す故。」
アリーナが耳元で囁いた。
確かにこの国の最大戦力と言われている神殿騎士団が周囲を護衛していれば、面倒な事に巻き込まれることも無いだろう。
ボク達はアリーナに先導され、ディートリヒ達が待つ場所へ向かった。
てっきり神殿にある応接室みたいなところへ案内されるのかと思ったが、実際に案内されたのは神殿の地下にある一室だった。
そこにはディートリヒ、クリストハルト、そして教皇・アンナマリーがいた。
ボク達は中へ通された。
「お前達は外を固めろ。良いと言うまで誰も通すんじゃないぞ。」
アリーナが部下に命令を出した。
部下の騎士達は敬礼で答えると外へ出て行った。
「よく来たね、リディ。」
「体の具合はどうだ?」
ディートリヒとクリストハルトが出迎えた。
「あ、はい。体の方は何とか…。しかし、今日はこんなところでどのような用向きでしょうか?」
「ふむ、回りくどい説明は不要だな。」
クリストハルトがパチンと指を鳴らした。
すると周囲の風景が一変した。
周りは暗くなり、足元も透き通るようなものに変わった。
そして何だろう、そこにいる人物も何か見え方がおかしい。
うまく説明できないのだが、不思議なフィールドに転移させられた感じだ。
「クリストハルト様、これはいったい…!?」
「僕が代わりに答えるよ。リディ、君やそこにいる教皇達はエイブラハムに転移させられたんだろう。それを聞いて思いついたのさ。」
ディートリヒがニヤッと笑った。
「リディ。君にはこれから試練を課す。君は一つ目の試練として、僕の呪いで力を失った。そしてここからが二つ目の試練だ。あれを見るんだ。」
ディートリヒが指示した先で、小さな魔法陣が発光していた。
そしてそこから石で出来た人形のようなものが姿を現した。
「それは魔法で動く石人形さ。君はこれからそれと戦うんだ。」
「え、え…?」
ボクは困惑した。
いったい何のつもりなのだろう?
「その石人形は君とほとんど同じ強さだ。だが段々強くなる様に造られている。そしてそれは君を殺すつもりで攻撃してくるのさ。」
ディートリヒが勝ち誇ったような顔で言った。
それを聞いた僕は冷や汗を流した。
つまりボクは目の前の石人形との長い戦いが待ち受けているという事だ。
何と言う事だろう。
「ち、ちょっと! 今のリディは…!」
ヒスイがガタっと立ち上がった。
ボクの事を心配してくれているのだろう。
「助けようとしても無駄だぞヒスイ殿。リディ殿は儂等とは少し違う空間に転移させたからな。」
クリストハルトが冷たく言い放った。
「そ、そんな…!?」
ヒスイがボクに触ろうとした。
だがその手はボクを掴むことなく空を切った。
見えていながら触れない。
違う空間にいると言うのは本当の様だ。
「力を失ったリディがこれからどうなるかは、この試練をくぐり抜けられるかに掛かっている。まぁ、頑張る事だね。」
バキバキ、ゴキン!
石人形が鈍い音を立て始めた。
「なんだ…!?」
なんと石人形の右手が形を変え、鉞の様な形状になった。
そして石人形からは強い魔力が感じられた。
「戦闘準備完了、と言う訳か…」
ボクは剣に手を掛けた。
その瞬間、石人形が右腕を振り上げながら突進してきた。
「く…!」
ガキィィン!
何とか攻撃を剣で防いだ。
しかしそれも何とか、と言う感じだった。
“獣化”が出来た事は訳も無く躱せたであろう攻撃だが、今は簡単にはいかない。
だがあれは段々と強くなると言う。
ボクは剣を握りなおした。
光明が見いだせないまま、長い長い戦いが始まったのである。
そして数時間。
いや、正確な経過時間は分からないがそれくらい経ったのではないだろうか。
ボクは大の字になって横たわった。
「はぁはぁ…」
呼吸が苦しい。
そして全身がボロボロだ。
長い時間にわたって全力で戦い続けたのだから当然だ。
少し離れた所にはバラバラになって動きを止めた石人形が転がっていた。
動いていた時の様な魔力は感じられないから、完全に活動を停止したのだろう。
「全くもって、酷い扱い…だよ。」
ボクはチラッとディートリヒとクリストハルトを見た。
「ふふふ、良いものを見せて貰った。でも荒療治だが、良い経験になっただろう。」
ディートリヒが笑いながら答えた。
「見たところ、君の体の中の魔力の流れが良くなった様だな。」
クリストハルトが言った。
「そんな事よりもう終わったんでしょ! クリストハルトのおじさん、リディをこっちに戻してよ!」
ヒスイはクリストハルトの服を掴みながら言った。
「おっとそうだったな。」
クリストハルトが再び指を鳴らすと、再度周囲の様子が変化した。
そして元の部屋に戻ったようだ。
「リディ!」
ヒスイとリシャールが駆け寄って来た。
ボクは少し体を起こしたが、全身のダメージからうまく立ち上がれなかった。
ボクは仲間に体を預けた。
ヒスイがボクの体を支え、リシャールが回復魔法を掛けてくれていた。
ボクはクリストハルトとディートリヒが課して来た試練を乗り越えることが出来たわけだが…。
果たしてボクは強くなれたのだろうか?
目の前の石人形は倒すことが出来たが、自分が強くなった手ごたえはあまりない。
石人形が少しずつ強くなりそれに何とかついていこうと思って戦っていたから、最初に比べれば強くなっているんだろうけど…。
いずれにしても、強くなれたかはそのうち分かることだろう。




